第七十四話 ブラックでなければコーヒーにあらず~利根ちゃんポリシー~
今回のお話の中でコーヒーの飲み方について語っている部分がありますが、これについてはあくまでも登場人物のこだわりであって、その飲み方以外でコーヒーを飲む方を否定する意志は筆者には微塵もありません。コーヒー好きの皆さんは、それぞれがそれぞれに愛したコーヒーの飲み方で素敵なマイライフを送ってください。
to the happy few.
「うう~やっぱり十一月ともなるとちょっと寒いっすね。そろそろストーブが欲しいところですね」
「そうだな~。でもまだまだストーブには遠いぜ。十二月からってことになってるからな。というかお前はまだ若いのに寒い寒い言ってんじゃないよ」
夕方になって山岡と利根は交番に帰っていた。十一月に入ると昼はまだいいが、夕方になるとさすがに寒い。しかし、ストーブを出すのは十二月からというのが組織から出た御触れであった。彼らの属する巨大な警察組織でも、ストーブに用いる石油やら電気やらを節約しないといけない状況にあったのだ。
「ふぅ~このコーヒーだけが暖を取る手段ってわけですね」電気ポットで作ったお湯でコーヒーを飲むのが彼らのささやかな楽しみであった。「それにしても苦い。砂糖砂糖っと……」新人の山岡はまだまだ舌がお子ちゃまで苦いコーヒーに慣れていなかった。
「コーヒーはブラックに限る。ミルクはコクが増すからまあ許せるけど、砂糖なんて苦味と旨味を殺す邪魔な要素でしかないぜ」四十代に入った先輩の利根はコーヒーへのこだわりを語った。
「そうは言っても、ここに入るまでコーヒーなんて飲む習慣がなかったもので、これでも前よりは美味しく飲めるように舌が慣れたものですよ」
「それで、今日は何か問題があったか?」
「二人乗りをしている学生を注意したのが一件だけですね。あとは、問題はなかったのですが、あのダンボールで暮らしている方に話を聞いたくらいです」
「また二人乗りか、ちょっとは減ったような気もしたが、それも勘違いかもしれないな~。定期的に見かけるからな。とりあえず学生のチャリは荷台つきのは校則違反とかにしてくんないかな。二人乗りは想った以上に危険だし、あの荷台に荷物を載せて走る学生なんかもそうそういないだろう」
「確かに、荷台って使うことないですよね。まぁ必要な人には必要でしょうけどね」
二人が愚痴混じりに本日の業務報告をしているが、案外こういう場から世の中を良くしていく革新的なアイデアが生まれたりするのかもしれない。
「で、利根さん。今日の昼に会ったあのホームレスの男は何者ですか。利根さんとは知り合いみたいでしたけど」
「そうか、お前はまだ新人でここに来て浅いからあの人を知らないのか。良い機会だ。あの人、田代さんのことを話しておこうか。この街で、特に警官をやっていてあの人を知らないってなると、潜りと想われるかもしれんからな」
「そんなに有名人なんですか」
「ああ、あの人はすごい人なんだよ。とりあえずあの人がいなかったら、お前を何とか新米として現場に出られるようにまで教え導いた俺という先輩の警察官はこの世にいなかったことになるんだ。つまりあの人がいなければ、お前の今の就職先もなかったわけだ」
「え、なんですかそれは。仮に利根さんが警察官になっていなくても俺が自力で警察官になっていたかもしれないじゃないですか」
「はっは~それもそうだな、まぁそっちの場合だと警察になるまでに今の六倍は努力が必要だったろうがな。どっちにしろお前はラッキーで、それを運んだのはあの田代さんって訳よ」
「まったく失礼な話ですね。それで実は僕の恩人だったその田代さんについて教えてくださいよ」
「ああ、あれは俺がまだ小僧だった頃、お股にお毛毛も生えてなかった頃の話さ……」
利根はブラックコーヒーの苦味に酔いしれながら、お股にお毛毛が生えていなかったガキの頃を回顧する……