第六十九話 君が同志でなくなった日、僕が何を想ったか君は知らない
その日、こしのりは学校の教室の自分の席にだら~とした姿勢ですわっていた。頭は椅子の腰かけ部分に当たっていて、本来尻が設置するはずの部分に腰がついている。椅子を使ってブリッジしているみたいである。
見た目には無気力な体勢を取る彼の胸の中では、怒りと悲しみの念がこみ上げていた。
今日は何だか近づきにくいこしのりに堂島は声をかけた「おいこしのり、機嫌直せよ。ほら、新作クッキーだぜ。真ん中のそれが何か分かるか。お前の好きなアーモンドだぜ」
「どんな形で混入していようが、俺がアーモンドを目にして、それがアーモンドと分からないなんてことが起こるわけがない」魂のこもっていない声でこしのりが返した。
「サクサク…ガリガリ… げふっ、やっぱアーモンドはうまい。それからこの小麦粉を固めて焼いた部分もな」
「おいおい、なんか嫌な言い方でクッキー生地の説明をするなよ」
「はぁ……アーモンドって食うと鼻血が出るって話あるじゃん。あれって何なのかな。俺はアーモンド食って鼻血なんて出たことないんだけど、お前どう想う?」
「さぁ、よく分からないな。体質とかによるんじゃないのか」
「……」
「……」
二人とも沈黙する。
「その体勢、つらくないか?」堂島が言う。
「いや、意外と心地良い」
「ねぇあれ何?あいつら何してんの?」スミレが言った。それに丑光が答える「うん、それがね~、こしのりの面倒臭いスイッチが入ったところなんだよね」
こしのりが面倒臭い状態にあるため、丑光はこしのりからやや離れた根岸の席に逃げて来ていた。
「根岸君、これはどうしたものだろうか。これはこしのりにとって非常に繊細な問題だと想うんだけど」
「俺は知らない。こういうのは、時が傷を癒すのに任せるのみだ」
「君って奴は、ドライな物言いの中に文学に通ずる何かしらの教養を感じさせるね」
「で、あいつに何があったのよ」スミレはイライラして問う。
「ことは複雑なんだが、まぁ僕流にマルッとスッキリ簡単にをまとめて言うと、堂島君がスマホデビューして、こしのりがそれを裏切りだって言って拗ねてるんだよね」
「どこが複雑?全くあいつはバカね」これには私も同感してしまう一言をスミレは口にした。
「元々マイノリティーだったところへ、絶滅の王手がかかったわけだ。こしのりの心中は穏やかではないだろう」根岸が冷静に状況を分析した。
「仕方無いだろ。留美たんとLINEでお話するには、こいつを買うしかなかったんだ。必要に迫られてのことだ。幸せになるなら友情よりも妹への愛情さ」当初のシスコンキャラを表に出さない方針をすっかり崩して真実のみを話すのは真実の男堂島である。妹を可愛がる奴に悪人はいない。私はそう信じている。
「へっ、何がLINEじゃい!」LINEアンチ代表のこしのりが言う。
「こしのり!このバカは!」こしのりの机をドンと叩いて話に割って入ったのはスミレである。
「あんたがガラケーでもいいじゃない。堂島君がスマホに換えて留美ちゃんにデレデレしたっていいじゃない。LINEで話せなくても私はちゃんとメールを送ってあげるよ」
「スミレ氏……」なぜか「氏」をつけたこしのりであった。
「そうだよこしのり、僕も君にメールしてあげるさ」丑光が言った。
「俺だって、メールしてやるさ。せっかくある機能だしな」根岸も言った。
「室もしてくれるって言ってるよ」丑光は更にフォローを入れておいた。
「こしのり君、僕ともメールしようじゃないか」図書室から帰って瞬時に状況を飲み込んだ深町君もそう言った。
「俺もいいぜ。おれの本名も覚えてほしいしな」クラスメイトA君も言った。
「私もメールするよ」遊びに来ていた隣のクラスの水野さんも言ってくれた。
「俺もいるぜ。お前が代返を頼む時とか、逆に俺が実力を発揮するために頼んでほしい時にメールでやり取りしようぜ」もう二度と出す予定でなかったがまさかの再登場を果たしたキャラクター『代返の松島』も言った。
「皆ぁ……俺は果報者だ。こんなに優しい連中に囲まれて一度しかない高校生活を送れるなんて。あと松島、お前はこの前の代返の任に失敗しやがったな。あれには今でも怒だぞ」こしのりが言った。
説明しておくと、不良に捕まったスミレを助けるためにこしのり達が昼からの授業をサボタージュしたあの後、松島が代返してことは無事に終わるはずだった。しかし、彼は失敗した。そもそも授業ごとに点呼は取らないし、教師が教室に入った時点で空席の存在は一発でばれる。こしのり達がサボったことも即ばれたのだ。次の日ミニスカ侍達はたっぷり説教を受けた。
とりあえず機嫌を直したこしのりの席を囲んだ優しいお友達全員が想った。こいつ、面倒臭いと……