第五十六話 熊語~クマガタリ~
「何だいもう終わりかよ」
廃工場の表での騒ぎは鎮圧された。室が不良の一人の足を掴んでズルズルと引き摺りながら中に入って来た。
「街を占める大きい不良グループだって聞いてたが、手合わせしてみればたいしたことないねぇ」
彼の通った後には、彼にかかっていった約十五人の不良が伸びていた。さしもの不良共も熊相手ではこうなっても仕方がない。
「まったく、平成のガキってのは揃ってこうも弱っちいのかい。昭和の不良はこんなもんじゃなかったぜ。時代が変わって人のガキ共も軟弱になったもんだな」
室は掴んでいた不良を高く放り投げた。そして高い位置から落下したその不良は、先程までスミレの周りを囲んでいたダンボールの山に沈んでいった。
「おいおい、そろそろ平成も終わって次の時代が来るっていうじゃないか。俺達森の住人には全く関係ないことだが、今みたいに軟弱なお前らが果たして平成の次の時代へジャンプできるものかね。えっ、おい不良、ジャンプできるのかよお前はらは」室は不良に声かけるが、完全に伸びていて反応がない。
「だいたい、これだけ人数がいて熊避けの鈴を持っている者が一人もいないなんてなのは、危機察知能力に欠ける平和ボケもいいところだぜ。もしも熊が出たら、なんてことを考えない内に熊に出会ったらどうするってんだい。いくらユトリだかニトリだかの世代にしても、脇が甘すぎんるじゃなかい。俺がまだ若かかった昭和の頃にポイズンマムシシティの人里に下りていったなら、護身用のドスを持ち歩くような警戒心とイカれ具合が強いガキ共が大勢いたものだぜ」
ちなみに昭和だろうが平成だろうがドスを携帯するというのは、銃刀法に引っかかる恐れがあるのでオススメ出来ない。
室は「なぁ、そうだろう」と言って根岸とスミレの方に向かって歩み寄った。
「え、ねぇ室は何て言ってるの?」スミレが根岸に向かって言う。
「さぁ?お前何をンゴンゴ言ってるんだ」根岸が室に言う。
そして室は気づく「あっ、ミニスカを穿いていなかった」
室の場合はスカートを脱いでの戦闘の方がやりやすかったので、裸で不良共を倒したのだ。そして、スカートを脱いだ彼はただのリアルな熊で何を喋っても人間には「ンゴンゴ」と言ってるようにしか聞こえない。こしのりや丑光はスカート以外を穿くとその衣類は消滅してしまうというほとんど呪いをかけられた状態になっていたので、仕方なくスボンと一緒にミニスカを穿いていた。しかし熊の室の場合なら裸になっても問題はなかった。
室はミニスカを穿いた。すると、2メートルを越える彼の背丈は、150センチそこそこの大きさになった。
「ミニスカを脱いでるの忘れてた、てへっ」
こういうワケで先程まで彼がダラダラと喋っていた昔語りは誰の耳にも届いていなかった。室もこれにはちょっとハズいと思った。そして、小さくなった室がユルキャラのように可愛らしく見えた山口はこう言った。
「か、かわいい……」
「兄ちゃん、わいにもコレと同じものをご馳走してえな」室が言う。
「はいよ」山口は答えた。
山口の家は商売をやっているためにどうしても人付き合いが広い状態にある。その付き合いの一つで夏にはお中元の品をあれこれと貰うのだ。それらを頂けるのは確かにありがたいが、今年はどうゆうわけかあちこちで素麺のお中元をダブってもらうことになった。山口家は彼の両親と彼の弟とを合わせた四人家族なので、大量の素麺を家族だけで食うのは正直きつい。そういう理由から彼はチームの皆に素麺を振舞っているのである。チームの皆にオマケして、全然関係ない学生や熊に振るっても素麺はまだまだ余っていた。
「うめぇえ~」一声上げて室はチュルリと素麺を啜った。
「ああ~素麺を食うなんてのは久方ぶりの事だぜ。あれは一体何年前だったか、ポイズンマムシシティのどっかの子供会で流し素麺をしていたことがあってな、あまりにも美味そうだったので林の中から出て行ってちょっと拝借したことがあったのさ。食ったのはアレが最後だったな。警察が来て大変だったわ~。警察との追いかけっこも良くやったもんだね」
室は遠い目をして、我々人類にはおおよそ共感できない熊あるある思い出話を語り出した。
その昔より自然が減ったとされる今の世でも、確実に熊達は森で生活している。緑の多い地域に住む方々は、お出かけの際に熊避けの鈴を携帯するのをどうか忘れないでほしい。しかし、我らがミニスカ侍が一匹の室に出会った場合には、鈴の効果が十分に発揮されるかどうかは保証出来ない。なぜなら彼はただの熊ではないからだ。