第五十二話 ダンボールのお姫様とエッグベネディクトと獣の目
「なぁ腹減らないか?」堂島はダンボールの壁の中に捕らわれしスミレに声をかけた。
「ちょっとね」スミレはそう返した。
するとスミレの頭の上に小さな袋が落ちてきた。
「……クッキーだ」スミレが手にしたのは袋に入ったクッキーであった。しかも見たところによるとこれは手作りである。
「……おいしい!」腹が減っているスミレはすぐにそれを食べた。空腹ということを覗いても元来若い女子ってのはスイーツが大好き、そして別腹なので24時間いつだって対スイーツ用の体を作ることが出来るのだ。スミレだってご多分に漏れずスイーツファイターであった。
「おいしいねコレ。どこの店で売ってるやつ?」壁越しにスミレが聞いた。
「さぁ~どこだったか忘れたぜ」堂島が答えた。
「アレ、兄貴、顔赤いっすよ。暑さでやられたんじゃねえっすか。さぁさぁ、こっちにキンキンに冷えた体にピースなお飲み物があるんで一緒に飲みましょうや」
「ああ……そうだな」
部下に御呼ばれして堂島は体にピースなそれを飲みに行った。
「お~い姉ちゃん、腹減ってんだろ。これを受け取りな」
ドラム缶に上ってダンボールの壁の上から不良の一人が棒を伸ばした。棒の先から紐が伸びていて、紐の先にはお盆が括りつけられている。そしてお盆には茹でた素麺と麺つゆと薬味が乗っていた。スミレが素麺を受け取ると空のお盆はまた上に昇っていった。
「美味しい!生姜の効き具合が良い!」スミレはこの状況でも普通に食っていた。
長時間捕らわれの身ではきっと腹が空くだろうと思った堂島の方で食い物を手配していおいたのだ。カセットコンロで麺を茹で、錦糸卵や細切りの胡瓜や葱を用意したのは『子子子子子子子子子子子子』の料理担当の山口であった。
「山口こっちも素麺頼むぜ」
「山口がいないとチーム皆飢え死にだぜ~」
「はいよ~」山口が元気に答えた。
山口の実家は料理屋を営んでいて、遺伝子がそうさせたのか彼も自然と料理を覚えた。彼はエッグベネディクト以外の料理なら和洋問わずだいたい作ることが出来る。そして目下エッグベネディクト作りの修行中なのである。
「山口、あれの練習してんだろ、エッグなんとかっていうやつ」不良の一人が言う。
それをもう一人の不良が返す「それを言うならエッグベトベトンだろう。今ギャルの間で大人気の食い物なんだからそのくらい把握しとけよな」
「いやいや、エッグベトベトンなわけないだろうが。お前こそちゃんと把握しとけよ、なんだその公害から生まれたバケモノみたいな名前は」
不良共はエッグベトベト……もといエッグベネディクト談義で盛り上がっている。
「何だか楽しそうだね。そしておいしそうだね」丑光が言う。
「だな。腹減ったな」こしのりが言う。
「遠回りしてよく歩いて昼飯もすっかり消化されてしまったな」根岸が言った。
実は彼ら三人は既に到着していた。そして今、物陰に隠れて廃工場の中を覗いていた。
「こしのり、何人いる?」小声で丑光が言った。
「う~んと……十五人はいるなぁ……来てみたのはいいが、この数と闘うのはキツイぜ」以前にも説明したが、こしのりが一度に相手取ることが可能な人数は三人までである。
「スミレちゃん、ダンボールの檻に捕らわれたお姫様の扱いだね。乱暴されてなくて良かったよ」
「しかし、ここからどうする」根岸が言った。
「根岸君、それについてだが、さっき室をここに呼んだから彼の到着を待とう。いくら不良でも熊相手ならびびるに決まっている」
「それか、お前の家の土上さんを呼ぶのも手じゃないかな。今のところ登場人物内で最強なのは土上さんか室だろう」
「こんな危険なところに家のメイドを呼ぶわけにいくか。それに女に手を借りてお前らは恥ずかしくないのか。メイドはなしだ。熊の手を借りるならまあ良いだろう」
「あの帽子を被って黒い手袋をしているのがボスみたいだよ」
「ポイな。あれ、ちょっと待てあいつの顔よく見たらあれに似てる」
「何だアレって?というかこしのり、この距離で良く顔まで見えるな」
学校の視力検査でこしのりの視力はいつだって2.0である。学校の設備ではそれ以上は測れないし、また測る必要もないのでわからないが、こしのりの視力は2.0よりもっと上のはずである。彼は、まだ人語を話すようになる以前の幼い頃からプルーンを日常的に食べる習慣があり、それは今日になっても続いている。視力が良いのはそのおかげかもしれない。
「皆も留美から写真を送ってもらっているはずだ。あの帽子の男、留美の兄貴と似てないか?」
「えっ、そう言えばお兄さんがチーマーのボスだとか……まさか、まさかアレが留美ちゃんのお兄さんの堂島君かい」
「俺の目じゃここから確認できないが、その兄がここにいてもおかしくはないな」根岸がそう言い終わると三人の後ろから声がした。
「おいおい、お前らここで何してんだ?」
写真と黒い帽子の男を見比べながら丑光が言う「ああ、室かい。早かったね。君の方が目が利くだろう。ちょっとあの帽子の男を見てよ。あれが留美ちゃんのお兄さんで、チーマーボスの堂島君じゃないかな」
「ああ、あの帽子を被ってるのは確かにここのボスの堂島って男で間違いないぜ」
「さすがだね、獣の方が僕達より目が利くよね」
「あ?誰が獣だって?確かに俺は獣人の名を取ったが、目の方は普通だぜ」
「またまた~何を言ってるんだよ。君が獣でなくてなんだって言うんだい。獣人だなんて、そんな人の要素が混ざることなく上から下まで100%獣だろ君は」笑いながらそう言って丑光は後ろを振り返った。
そこに立っていたのは室ではなく、チーム『子子子子子子子子子子子子』の主に外回り担当の内であった。彼はチームが集会をしたり、キャンプをしたりする時、敵からの襲撃がないかを確認するために、会場の外をぶらぶらと歩いて回る見張りのプロである。集団の外に出て見回りをするのが得意な彼だが、名前は内ということで何ともコントな組み合わせに仕上がっている。そして彼は先程も紹介があった通り、本気の喧嘩の時には獣のように四つんばいになって戦うというその特異な戦闘スタイルから不良の間では『獣人』の名で通ってる。あと視力は平均的である。
そしてミニスカ侍三人は、まさにこの時も見張りの仕事中だった内に見つかったのである。
「え……誰だい君は……」怯えながら丑光が尋ねた。内の身長は180センチを優に超え、とにかくがたいが良い。
丑光が最後に内の存在に気づいた。他の二人は気づいていたが、ビックリして声を発することが出来なかった。
「だからこっちが聞いてるんだよ。お前らここで何してんだ」
ミニスカ侍ピンチである。