第三十六話 一人より二人 二人より三人 三人よりも……
その日、学生の務めである勉学を終えたこしのりと丑光の二人は、いつもならだらだらして教室を出て行くところを今日のみは素早くワンツーフィニッシュで飛び出したのである。
向かった先は毒蝮海の港である。ここポイズンマムシシティは海に面した街であった。
「定刻通りに上がれるっていいもんだな。将来は、毎日今日みたく気持ちよく帰れるどこまでもホワイトな会社に入ることにしよう」
居残り無しで学校を出られたことに大変満足したこしのりは、ふと将来のことを思ってそう言った。
「そうだね。黒よりもやっぱり白だね。君も良い趣味してるね」丑光が言う。
「ああ、良き働き方ってのはそうでなくちゃな」
「なんだい、会社のことか。僕はまたパンツの色のことを言ってるのかと思ったよ」
「どんな勘違いをしてんだよお前は。でも、そっちなら俺は黒派だぜ」
二人の緩い会話のようにパンツの色で白派だ黒派だと意見が割れるのは良いが、働き方としては極めてホワイトな企業のみを今後の日本に広めて欲しいと私は切に願う。
二十分程して目的地の港に着いた。
「ふぅ、熱いな」こしのりはとても汗をかいている。まだ九月なので外を歩いていれば汗をかいて当然である。その上二人はミニスカを穿いているのだからもっと熱い。
「ほら、張り込むならコレを舐めなよ。兄さんからもらったのさ」丑光はそう言って塩飴を取り出した。流れ出た塩分をしっかり補給するのだ。
「おっサンキュー。これが美味いんだよな」こしのりは飴を口に頬張ってペロペロする。
「ん~、今日は来るかな」本音では来て欲しくないと願いながら丑光が言う。
「どうだろうな。それにしても海から来る風は気持ちいいな」
「ん、あそこにいるのは田代さんだな」海を見ながらこしのりが言う。
「え、あの船の上かい。君、良く見えるね」
皆さんは田代さんを覚えているだろうか。前にも物語のどこかで登場したことがあるというか、名前だけが出て来た男で、この街に住むカリスマホームレスである。街のJKの間では彼に偶然会ったらラッキーとされていて、JK達は田代さんと一緒に写真を撮ってはSNSに上げたりしていた。そういう訳でカリスマ的人気を誇るすごい人なのだ。ホームレスだけど。
その時田代は、知り合いの船に乗せてもらい沖に出て今晩のおかずを釣っていた。
「あの人の釣りの腕前は一流だからな。銛で突いて魚を獲るなんてこともお手のものらしいぜ。でも海に潜るとすごい疲れるらしいから釣って済むならそっちにするんだってさ。海に強い人なんだな~」
「へぇ、そうなんだ。僕は田代さんと深く関わりがないけど、君は随分良く知っているんだね」
「まぁね。色々あったのさ」
田代さんについてのもっと詳しい事はまた次の機会にでも話すことにしよう。
その時、通りの向こうから人影が近づいて来た。男が三人歩いてくる。皆ガラの悪い連中にしか見えない。
こしのりと丑光は物陰に隠れて彼らを見ていた。
「おい、あいつらみたいだな」
「待ちなよ、彼らが深町君を襲った奴らだとどうして言いきれる。確かめもせずに手を出すことは出来ないよ」
「それもそうだな。まずはそこを明らかにしよう。じゃ行ってくる」
「え、待ちなってこしのり」
しかし、こしのりはもう彼ら三人の前に立っていた。
三人の内一人が言う。
「ん、誰だ。おい、このスカート穿いた奴の知り合いはいるか」他の二人はどちらもこしのりを知らないと答えた。
「ちょっと聞きたい。昨日のことだ。深町をドラム缶に突っ込んで坂の上から転がり落としたのはお前達か」とこしのりが言った。
「ん、深町?ああアイツか。昨日毒蝮坂で会った奴だ」
「そうそう、あの坊ちゃんだ。ちょっと金を貸してもらおうと思ったら図書カードしか持っていないとか抜かすからそこら辺のドラム缶にぶち込んだってわけさ」二人目のチンピラが答えた。
「そうそう、商品券ならともかく図書カードじゃ何にもなんないさ。俺達は本なんて読まないからな。それに最近新しく作られた図書カードは金券ショップで換金しようにも取り扱ってないって言うんだ。だったら俺達にはゴミ同然だぜ」三人目が言った。
「貴様ら……それはアイツが貴重な知識を得るための本が買える大事なカードだったんだ。それを貴様らはゴミだと……」
こしのりは怒っていた。
「お~い、こしのり。三人もいるじゃないか。止めた方がいいよ」物陰から丑光が忠告する。
「ふん、タイマン以外だってちゃんと想定済みさ、三人ならいける」
前にもどこかで言ったがこしのりは勉強は嫌いで苦手、しかし暴力に関しては嫌いだけど苦手ではなかった。
「人を呪わば穴二つ。俺達の深町をやった貴様らがのうのうと表を歩けると思うな。貴様らの場合は三人でやったんだから合計で穴四つだな」
「何だ、お前。俺たちとやろうってのか」チーマーの一人が言う。
その時、三人のチーマーの後ろから遅れてもう二人が駆けてきた。
「お~い、ジュース買って来たぞ」四人目が合流した。
「おまたせ~」五人目が合流した。
そしてチーマーの一人目が言う「え~と二人追加で、結局合計して穴はいくつ用意すればいいんだ。俺、計算は苦手なんだ」
敵勢力の拡大にびびって丑光が言う。
「こしのり~、ちなみに五人の場合はどうなんだい。いけるのかい」
「いや……三人までしか無理だ。それ以上は想定していなかった」
このチーマー同様に、こしのりもまた数字を用いて考えを巡らすのは苦手であった。