第三十四話 それでも履かなきゃいけない草鞋がある
「というわけでこんな写真を撮ったのさ、よく取れているだろう」
「へぇ、あんたメイドさんの横で鼻の下伸ばしてるわね」
根岸少年を仲間にした次の日の学校の放課後、こしのりの机の周りにやって来た丑光とスミレが話している。こしのりは通学用鞄に頬を沈めてウトウトしていた。
「いや~このメイドさんがね、名前を土上さんって言うんだけど見ての通り美人さんでオマケにすごい良いい匂いがするわけさ。僕はメイドさんなんてのには初めてお目にかかったが、目の保養でしかなかったよ」
「へぇ~、なんかいやらしい」
「まぁまぁスミレちゃん、僕は根岸家から帰ってきてこう思ったわけだ。彼女はそれは美人だったけれども、あまりに顔立ちもてスタイルも良すぎる。普通の人で慣れている僕にとっては、かえって不自然な美しさのような気がして側にいて落ち着かない感じもしたんだよね。次の日にこうして学校に来て一般の女子生徒諸君に会ってからというもの、僕にはこちらの方が安心してお付き合いできると思ったわけだ。そこにくればスミレちゃんの顔なんか見ると僕は特に落ち着くよ」
「そう、一般的な顔で悪かったわね」
「僕は褒めているんだよ」
丑光の美的感覚では、土上のどこか超越したような美の前ではかえって緊張してしまうため、スミレのような一般的な美しさを持つ少女を見る方が趣があると結論付けられたわけである。
「で、スミレちゃん。昨日のお土産のケーキや肉とかエビは美味かったかい」
「ああ、あれなら今朝食べてきたけどすごいおいしかったよ」
「君って女の子は朝からまたヘビーなものを喰らうんだね」
「ソフトの朝練もあるからあのくらい食べて丁度いいのよ」
スミレは健康そのものな女子である。
「で、肝心な四人目のお仲間が今日は来てないんだけど」
「ああ彼はね、僕らと行動を共にして学校に来ることになったのだけれど、既に一度延長をかけたためにこれ以上貸し出し期間を延ばせない図書館の本をさっさと読んでしまわないといけないという訳で、今図書館で借りている本を読み終わったら登校するってさ。なんたって聞くところによると彼は平成の世では絶滅危惧種の文学青年だからね。そんな人を無理に引っ張り出すわけにもいかないからね。まぁ来週には来るでしょ」
「なんか随分勝手なのね」
「まぁ、ボンボンだからね。それを悪く言うつもりはないが、ボンボンでない家とは教育方針はじめ生活の勝手が少なからず違っているのだろうね。何たって同じ町内に住んでいるのに彼の家に行った時はホームステイにでもきたような気分になったからね」
「ふ~ん、で、その根岸君は何を読んでいるの?」
「さぁ誰の本だかは知らないけど、とにかく100年も200年も前に書かれたものを和洋問わず読むんだとかいうことだよ。まぁ僕は剣とか魔法とかの楽しいラノベくらいしか読まないからよくわかんないよ」
「あんたらしいわね」
「そうそう、彼は無事に来年を越すことが出来たら僕達ミニスカ侍のことを本にするって言うんだよ。スミレちゃんのことも書いてもらうといいよ」
「あんた暢気ね。その辺のことは大丈夫なの?」
「まっかせなさい。もう僕らは後に引けないんだ。なんとかして世界を救うさ」
この時、こしのりはとうとう鼾をかきはじめていた。
「まぁ、これで来週にはあそこの空席も埋まるわけね。じゃあ、このクラスの空席はあそこ一つを残すばかりね」
「え、ああそう言えばいつか深町君に聞いたが、ずっと学校にこないのがもう一人いたっけな。えっと誰だっけな。あ、深町君丁度良いところに!」
ここでこれから帰宅する深町君登場である。
「やぁ、丑光君。相変わらずミニスカを穿いているんだね」
「まぁね、それで深町君、根岸君ともう一人ずっと学校に来ていない人がいるって言ってたけど、どんな奴たったかね」
この話は以前深町君から説明を受けたのだが、なんせ丑光は忘れっぽい。
「ああ、あそこの席は堂島っていう男子生徒のものなんだよ。そして彼は街を蔓延るチーマーの親分だとか言うことらしいよ。僕も詳しくは知らないんだよね。話したこともないし、ずっと来ていないから顔だってよくわからないよ」
「へぇそうかい、これからお帰りのところを引き止めて悪かったね。気をつけて帰ってくれたまえ。また明日会おう」
「うん、じゃあね」そう言うと深町君は教室を後にして岐路に就いた。
「やっぱり巷の謎なら彼に聞くに限るね。鰻ってどこで卵産んで育てるの?っていう謎以外なら大概のことは彼は知っているからね。彼の通り名『歩く大辞林』なんてのは良く言ったものだね」
「深町君ってそんな呼び方されてたの?」
「そうだよ。彼は物知りだからね」
丑光とスミレがここまでお喋りを終えた時、スミレと同じくソフトボール部員にして隣のクラスの生徒である水野さんがやって来た。
「スミレ~迎えに来たよ~。」
「あ、ミズノン」
「相変わらず三人は仲が良いのね」
「一人は寝てるんだけどね。じゃあ私行くね。バイバイ。こしのりもバイバイ」
そう言ってスミレは鞄に頬を埋めて鼾をかくこしのりの頭を軽くポンポンした。
「ああ、いってらっしゃい。頑張りたまえよ」
丑光はソフトボール部員の二人が教室を去るのを見送った。
「は~あ……」丑光はため息をついた。
「じゃあやるか、夏休みの宿題の続き」
そう、二人はまだ夏休みの宿題が終わっていなかった。
「おいこしのり起きたまえ。僕らは巨神兵の前にまずこの課題を片付けないといけない」
丑光はこしのりの肩を揺らしたがこしのりは依然眠りの中である。
「全く嫌になっちゃうな、部活をやるわけでもないのに学校に居残りなんて……。このドリルったらこの分厚いページ量でこのお買い得な値だ。ありがた迷惑な商売してるね、どこの出版社だよ」
西日指す放課後の教室でこしのりと二人きりになった中、丑光の愚痴という名の独り言はしばらく続いた。
日本には多くのヒーローが存在するが、彼らのほとんどは無償のヒーローをやる裏で生活のために有償のお仕事もやっている。二足の草鞋を履く大変さをミニスカ侍達は知るのであった。