第二十五話 僕達はネゴシエーションする
「へぇ、根岸さんですか。これはこれは。そう言えば僕達も名前を名乗っていませんでしたね。僕は丑光と言います」
丑光が丁寧に自己紹介をした。
根岸、その名は作中のどこかで出て来たような気がするが、彼らは忘れっぽいので特に何も気になっていない。
「あ、俺はこしのりって言います。よろしく。それから根岸さんこのお茶、これは一体なんです?」
「ああ、それはカモミールティーと言います。いい物を知り合いから頂いたのでお出し致しました」
「へぇ、これが! いやいや、初めて飲むな~」
「もしかしてお口に合いませんでしたか」
「いやいや、うまいよコレは」
こしのりは始めて飲むお茶の味にとても気分を良くしている。そしてスイーツ魔人の丑光も甘くて美味しいケーキに舌鼓を打っている。
「土上さん、お二人にお茶のおかわりを」
「了承いたしました奥様」
土上さんは二人のカップにお茶を注ぐ。その時少しだけ前かがみになった彼女の前髪が眉にかかる。その少しのアクションで揺らいだ髪からはワンダフルとしか評価しようのない良き香がする。そしてお茶を注ぐ間に少し前かがみになっただけでも彼女の胸部の豊満な二つ山が上から下へと移動するのが良く分かる。別に女好きでもない一般人から見ても土上さんは見とれるのに十分な美しさを持つ女性であった。これには男の子の二人はやはり目を奪われてしまう。
「土上さんここはもういいですから下がってくださって結構です」
「はい、奥様」
根岸さんにそう言われて土上さんは退室して行った。
「はぁ、緊張しますね。もちろん見ていて目の保養になりますけど、あんな綺麗な人だとこっちが緊張してしまいますよ。ああ、根岸さんが綺麗じゃないって訳ではないんですよ。根岸さんも美人ですけど、土上さんよりは僕のお母さんに歳が近いということでいくらかは安心しているんですよ。緊張しないギリギリの境界にいるのが根岸さんですね」
丑光は女性に対して色々気が回るところがあるので、根岸夫人にもちゃんとフォローをしておいた。土上さんがいかにマブい女かは先程説明したが、この根岸夫人もブスの領域を遥か遠く離れた世間一般で言うところの美人な奥さんである。
「まぁまぁ、いんですよそんなに丁寧に気を使って下さらなくても。あなた達から見れば十分おばさんよね」
根岸夫人はとても気の良い女性である。
「それで、お二人はどうしてスカートを穿いているのですか」
二人同時に「え?」
二人はミニスカを穿くのにすっかり慣れてしまっていたので、そういえば男がコレを穿くのはおかしいということを忘れていた。
その後、二人がなぜミニスカを穿いているのかを丑光がベラベラと説明しだした。
そして二人がケーキを食べ終え、お茶も飲み終わった時、根岸夫人がゆっくりと口を開いた。
「こしのりさん、丑光さん、私の財布を拾って下さりありがとうございました。かなり前に財布は交番へ届けられていたようですけど、私は一昨日まで外国にいたので財布の受け取りが遅れて、そのためにお礼も遅れてしまいました」
「いえいえ、いいんですよ。無事に奥さんに返ったのならそれで」
丑光は愛想良く言う。そしていつの間にか奥さんと呼んでいた。
「それで、なんですけど。今日ここへお招きしたのにはもう一つ理由があるのです。実はお二人にお願いしたいことが……」
「え、なになに」
ケーキを食ってちょっと眠くなっていたこしのりであったが、何やら妙な展開になったために眠気も飛んでそう答えた。
「実はですね、この二階に私の息子がいるのですが……ご存知ないでしょうけど、息子はあなた達の学校の同学年の生徒です」
「へぇ、根岸君かぁ、う~ん、失礼ですが知りませんね」
丑光が答える。
「それもそのはずです。何故なら……これはお恥ずかしい話なのですが、息子は入学してからはその、ほとんど学校に行かず、今ではすっかり家からも出ないので」
「引きこもりってやつか」
こしのりがずばり言い当てる。
「はい、そういうことになります」
「分かりましたよ奥さん。その息子さんを学校へ引っ張り出して欲しいと、そういうことですね」
「はい、そういうことになります」
こしのりと丑光はお互いに顔を見合わせる。
「いいよね、こしのり」
「まぁ、仕方無い。やるだけやろうじゃないか」
二人は合意の上で根岸夫人の依頼を受けることにした。
「引き受けました奥さん。しかし、奥さん。でしたら、こちらにも条件が」
丑光が不敵な笑みを浮かべて言い出す。これは策士の顔だ。
「はい、こちらで対応できることなら何でもどうそ」
「でしたら、まず僕達のケーキとお茶のお変わりを頂きたい。そして財布を届けた仲間にはもう一人、室という男がいるのです。だから彼にもお土産を一つ」
こいつマジで図太いなと思いながらも、この美味いケーキならあと八個はいけるという胃のコンディションが整っていたこしのりは、腕組をしてうんうんと頷きながら座っておかわりを待っていた。
丑光がまだ続ける。
「それから最後に……」
「はい、何でもどうぞ」
「最後にですね、その、土上さんと記念に写真を撮りたいなって思って……だめですか?」
「わかりました。全てに応じます。土上さんケーキとお茶のおかわりを、それから私のお気に入りの一眼レフもお願いします」
丑光は交渉上手な少年であった。そして根岸夫人は写真愛好家であった。