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巨神兵と7人のミニスカ侍  作者: 紅頭マムシ
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第十四話 熊といた夏

 熊と見合ってしばらくしてこしのりは気づく。

「こいつ、隙がない。これだけ大柄であんなに間抜け面をしているのに……」


 熊は茂みから顔を出しているに留まり、こしのりからは全身は見えない。しかしそこまでの視覚情報でも自分よりも大きい相手だとこしのりにはわかっていた。

 仕掛ける機会もなくこしのりはただただ汗を掻き、体の水分を外部に漏らしては疲弊して行く。


「何かきっかけがいる。それならコレだ」

 彼は空腹&水分補給に備えて短パン右ポケットにはバナナ、左ポケットには八朔はっさくを入れていた。仏壇に供えられていたのを誰の許可を取るでもなくちょろまかしてきたのだ。ミニスカの下に穿いた短パンポケットの中に入れてあったため、どちらのフルーツも温くなっていた。

 こしのりはまず右ポケットのバナナを掴み、熊から五メートル程離れた茂みの方に投げた。バナナで熊の気を逸らし、その間にこの場を脱するというナイス作戦であった。


 こしのりの手からバナナが離れた瞬間、目の前の茂みから黒い巨体が宙を舞った。熊はバナナに瞬時に反応し、予測した落下ポイントに到着すると、バナナが落下するより前にバナナを潰すことなく口でキャッチした。そして熊はそのままこしのりの方へ走って来て、バナナをくわえたまま顔をこしのりの手の方近づけた。こしのりが自然に反応して手を出すと、熊はこしのりの手の上でバナナを放し、バナナは再びこしのりの手の中へと戻った。バナナをこしのりに返すと熊はまた元いた茂みへと走って帰っていった。頭から茂みに飛び込み、それからまた二秒程すると元通り茂みから顔だけを覗かせてまたこしのりと見合う形になった。全ての状況は元通りになった。

 熊のこの風のごとく早きアクションに驚かされてこしのりは一歩も動けなかった。


「今のアクションは自分がいかに早く動けるかを俺に見せつけて、逃げるは無いぞということを宣言したってわけなんだな。なるほどコイツは相手にとって不足無しだな」

 熊の真意はやっぱり熊なので人間の彼にも私にも確かなことはわからない。ただ、この場合は多分そうだろうと彼は思ったのだ。


 中学時代、球技会の野球試合で見事な作戦指揮を取ってクラスを優勝に導いたことから、彼は「平成の諸葛孔明」の名を取っていた。そんな彼の練った次なる作戦は左ポケットに入った八朔を剛速球で放つことで熊の額を勝ち割るというものであった。

 彼は八朔を取り出し、ワインドアップ投法で熊の額目掛けて「くらえ、熊野郎!」の下卑た掛け声と共に魂の一球を放った。

 速い!この八朔は今、サバンナを駆ける野生のハンターであるチーター並みの速さで動いてる、はず。

 コースもスピードもばっちり。


「しとめた!」

 彼は思った。


 熊の手がサッと顔面まで上がり、そこで手を大きく開いた。そして八朔が手のひらに接地した瞬間にぎゅっと握った。その瞬間ビュッと八朔の果汁が飛び散り、熊の拳を濡らし、こしのりの頬にも数滴飛んだ。

 こしのりはぽっかり口を開けたまま動けずにいる。熊は手を濡らす八朔の汁をペロペロと舐め始めた。熊の握った八朔は元の丸々としたフォルムからはかけ離れた歪んだ形に握り潰されていた。

 林檎や梨ほど硬くないせよ、しっかりと詰まった実を厚い皮で覆った八朔があそこまでぺちゃんこになる握力は半端なものではない。この熊の力は成人男性の平均を楽に凌駕するものである。あの拳で自分の体のどこかしらを握られていたとしたら、こしのりは無事で山を下りられないことになっていた。自分を遥かに上回るパワーとスピードを持つ熊を目の前にしてこしのりは恐怖した。唯一勝っていたかもしれない知力の方のことを言うと、先程万策尽きたところでどうにもならない。こしのりは降参することにした。


「降参だ」

 こしのりは膝を折った。


 熊は茂みから顔だけを覗かせてまだこしのりの方をじっと見ている。

 敗北を受け入れたこしのりが地面に顔を伏せたその時、こしのりの視界の端にわずかな光が写った。こしのりはその光の方に顔を向けた。その光が発せられている場所は例のスカートを置いている蔵の中であった。蔵の窓から光が漏れ出ていたのである。毒蝮山のこしのりが今いる場所からは、視界を遮る物無く真っ直ぐにこしのりの家の蔵を見下ろすことができる。


「蔵の中でスカートが光っている。……・まさか適合者に反応している!」

 光は細く、極めて細くこしのりがいる方へ伸びてくる。そして細く伸びた光はこしのりを通り過ぎてその先の茂みの中にいる熊を照らした。


「何、コイツが!この熊が選ばれしミニスカ侍だというのか」


 まさか熊が選ばれるとは不思議な話だが、そもそもこんなスカート自体が不思議の塊なのでその決定もまた不思議なものであっても合点がいったこしのりは、すぐにこの熊にミニスカを穿かすことにした。彼の持つ二つのアイテムの内、八朔は先程ぺちゃんこにされたが、バナナは無事彼の手元にあった。彼はバナナの皮を剥いて、バナナを熊にちらつかせて見せた。そしてこしのりはバナナを握ったまま一歩二歩と後ずさる。すると、両者の距離感はそのままにこしのりが後ろに下がれば熊もまたその分ゆっくと歩み寄って来る。


「しめた。このまま山を下りて蔵まで誘導できる」 


 こしのりは熊がその気になれば即襲いかかれる距離を保ったままゆっくりと山を下った。その間、こしのりは8月の太陽の暑い光線と目の前の恐怖から来る緊張感のダブルパンチを喰らい、体中汗塗れになっていた。


 こしのりは無事、蔵の前まで熊を誘導した。

 こしのりは熊から目を逸らさないままミニスカを手にした。熊が近づいたことによってミニスカはどんどん強く光輝いていく。


「ここまで来たのはいいが、こんなにデカい熊がこんなに小さなスカートを穿けるわけがない……」

 こしのりはミニスカを手にしたまま悩んだ結果、どうにでもなれという気になって熊に向かってミニスカを投げた。

 熊はミニスカに選ばれた運命全てを受け入れたように床に落ちたスカートに歩みより、四つんばいから二本足立ちになる。するとミニスカが一際強い光を放って自ら動き、熊の足を通り熊の腰へと上がっていくではないか。熊の腰周りに合わせてミニスカが伸び、破けることなくぴったし熊の腰にフィットしたサイズになった。強い光が消えた時、こしのりの目の前の熊はしっかりミニスカを穿き終えていた。そしてどうゆうわけか随分背丈が縮んで、凶暴そうな大熊からユルキャラみたいな見た目になっていた。


「ム~~ウ~ロ~」

 ミニスカを装備した熊が伸びをしながら最初に発した言葉がそれであった。


「むーうーろ……そうか、むろか!」

 こしのりが熊を仲間に引き入れ、室と命名した瞬間であった。


 そしてだんだん口が慣れてきた熊は初めて人語を扱う。

「おい、そのバナナくれや」


「いいぜ、ミニスカ同志よ」

 こしのりは快くバナナを室に渡した。


 これがこしのりと室の出会いの全てであった。

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