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巨神兵と7人のミニスカ侍  作者: 紅頭マムシ
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第十三話 インドア派だけど蝉取りは別腹

 とんでもないパワーを秘めしミニスカ侍、と言っても今のところそれがどういったパワーなのかいまひとつわかってはいない。そんな謎の力を持つ者として選ばれた者の中にこれまた謎なことに熊が一匹紛れ込んでいた。そもそもが謎な上にまた一つ謎が乗っかり、謎が渦巻く状態にある。


 我らがミニスカ侍が一人こしのりと熊のむろが出会い同志になるまでのいきさつをあますことなく明らかに記そう。


 8月12日、その日丑光がだらだらと部屋で過し兄の結婚報告を聞くまでの間、こしのりは一人で夏ならではの課外活動を行っていた。

 彼は基本的にインドア派であり、学校でクラブ活動に属することもなく、さっさと家に帰ってテレビゲームなど室内での活動をすることを好んでいた。そんなインドア少年こしのりだが、かと言ってアウトドアが全くダメな少年でもないのだ。

 幼い頃から彼は子供会のキャンプ活動などで鍛えられたため、テントを張るとか飯盒炊爨はんごうすいさんとか魚釣りとか遭難した時の基本的な対応だとかアウトドアでの基本的技能は一通り身に着けていたし、それはそれで嫌いではなかった。そんな彼の成長に伴うインドア化は、電脳空間を主体とした現代ならではの娯楽の多様化が起因してのことであると考えられる。

 

 その朝、こしのりの携帯に先日メル友になったあの巨神兵からのメールが届いた。

 以下にそのメール内容を記す。

 

(今日は良き夏日だね。山へ行けばきっと捕まえ甲斐のある蝉がいることだろうね。)


「何だ、このそれとなく山へ足を運ぶことオススメしているメール内容は。しかも口調が随分とフレンドリーだな」

 どうでも良いようで意味深な内容にもとれる巨神兵からのメールを見てこしのりは一つ考えをめぐらせて見ることにした。

「山に何かあるのかな。何かの罠か……しかし蝉を捕まえるか……コレはいいかもしれない」

 説明しておこう。彼は幼い頃から蝉を捕まえることに言い知れない快感を覚えていた。その楽しさは未だに忘れられず、たまに蝉を捕まえたい衝動に駆られて山に出かけることがあるのだ。しかも手掴みである。虫取り網を使うようでは蝉取りの真の興奮と快感を味わうことは出来ないというのが彼の自論である。そしてキャッチしたらリリースしてテイクアウトはしない。これがこしのり流であった。私のような虫は虫でも本の虫から言うと全く分からない考えである。


 という訳で彼は巨神兵のメールから蝉取り衝動に駆られて気づけば蝉取りスポットの毒蝮山の中にいた。

 ここポイズンマムシシティは霊峰たる毒蝮山には毎年夏になるとたくさんの蝉が発生する。夏中あらゆる種類の蝉がのべつ幕無しに鳴き続け、山全部の蝉で一斉に叫べば巨人の鼓膜だって破けるかもしれないくらいに山の中は煩い。


「ゲッツ!またつまらん蝉を捕まえちまったな。さぁ夏の青空にお帰り」

 こしのりは蝉をゲッツしては放してを繰り返し、もう二十匹はキャッチ&リリースしている。地元では「蝉取りこしやん」とあだ名され、多くの男子には人気沸騰で一部の虫嫌い女子からはドン引かれていた。


 彼が二十匹目の蝉を空に放った時、彼の後ろの茂みでガサガサと音がする。彼はここらを縄張りにするカリスマホームレスの田代さんが、また茂みで用でも足しているのだろうと思ってガサガサする音に驚きはしなかった。突然名前が出て来たこの田代なる人物についてはまた別の機会にちゃんと説明することにしよう。 

 茂みからは「グゥ~ンゴンゴ」という田代さん、いや、人とは思えない声が聞こえた。それもそのはずでこの時、当の田代は晩飯のおかずとなる魚、中でもコイかナマズあたりを狙って毒蝮山を下った先にある毒蝮池の方にでかけていたのである。よってこんな所にいるわけがなかったのだ。

 田代ではない。あの田代でもない限り一体誰がこんな山の、しかも茂みの中にいるのか。こしのりはそう考えてから何者かもわからない茂みの奥にいる存在に対して警戒態勢を取った。

 短パンの上にミニスカを穿いたことで下半身はすっかり熱を帯び、パンツまで汗が染みている。更にこの緊張状態で全身からまた汗が噴き出してくる。


「誰だ!」

 こしのりの問いかけから遅れること十秒経って黒い顔が茂みからにゅっと顔を出した。


「ンゴ!」

「わっ!熊だ!しまった熊避けの鈴を携帯していなかった」

 ここ毒蝮山では平成の世にしてはかなり頻繁に熊が目撃されることがあった。こしのりの祖母が「そうは言っても極稀にしかあんなものに会うことはない。しかしその極稀に胡坐を掻いて、もしもの対策を立てないのは愚かなことだ」的な言葉を孫のこしのりに常日頃から言い聞かせ、山に近づく時には必ず熊避けの鈴を携帯することもやかましく言っていた。こしのりは極稀に対しての策を常に講じることを祖母から言われていたにも関わらず、そもそも極稀なことだし、それに対する策を立てたところでやっぱりそれ自体が極稀であってまずそんな状況には出くわさないだろう。と言った具合にそれを言い始めたらあらゆることが無駄で何にもならなくなる極めて破壊的理論を掲げてやっぱり鈴を所持することを怠った。彼は、ちょっといい加減なところがある。


 熊と遭遇してしまったこの場合の策はこれしかない。彼はすぐに腹を決めた。

「こいつはやるしかないな」


 こしのりはファイティングポーズを取り、間合いを計る。彼は暴力が嫌いな平和主義者である。彼は日々の人間関係のいざこざを暴力で治めることは極力したくないと考える少年であった。しかしそんな彼が暴力に対してはっきり自覚していること、それは「暴力は嫌いだが、苦手ではない」ということであった。そういう訳で彼は熊相手にもやりあう覚悟を決めていた。

 暴力を嫌うかれだからこそ、それを用いる覚悟を決めたからにはそこらの不良よりも魂の困った格闘を行うことが出来る。我々人間は半端な覚悟で暴力を振るってはいけない。暴力は交渉の最後の切り札として用いるか、あるいは最後まで持ち腐れる方が良いものだ。

 彼は今、地球上の生物の中でもかなり強い部類にあたる熊と丸腰で対峙している。その勇気がいかなるものか、皆さんにお分かりか。私ならきっとブルっているだろう。

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