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質草とは何か

常緑樹の陰で蝉が鳴き普段は日陰を拒む多くの人がそこにいる。彼らは黒スーツを片手に提げ額の汗を拭っている。そんな彼らは少しでも涼風を感じようと、手で顔を扇ぎながらしきりに暑い、暑いと言っている。俺はそんな苦労をしたことがないから、この真夏日の中、勤労に勤しんでいる彼らを横目に歩を進める。常緑樹のアーチを潜り抜け、傍にある公園を通り駐車場を真っ直ぐ進むと程なくして、目的地へ着く。古びた看板や一切の宣伝をしていない入り口付近の厳しさにも初めて訪れた時に比べれば慣れ、スイスイと進めてしまう。中へ入り奥へ進むと、階段がある。それを上り切ると重厚なドアに「大宮商会」と書かれたプレートが提げてある。ノックを三回、鍵の掛かったドアノブを二回捻り最後に大声でカラスの色は、と二回叫ぶ。すると、しばらくしてからドアの向こう側から、山彦の様にカラスの色は、と返ってくる。それを無視しているとガチャ、ガキンと音がしてドアキーが開く。小柄で隙間だらけの頭髪をした男が俺の姿を認めるや否や間もなく問いかけてくる。「いらっしゃい、どれ程?」長話はご法度だ。ここでは、一見さんお断りの中々渋い不文律が把握しきれない程ある。俺は、指を五本立てると嵌めていた時計を手渡した。もう分かると思うがここは質屋だ。だが、ただの質屋なら可愛いが、そんな場所じゃない。闇金が質屋を隠れ蓑に営業しているところだ。闇金と言えば法外な金利で債務者を追いつめる、と思っているだろう。だが、ここではそんなやり方はしていない。年金手帳を知っているだろう、通帳、身分証をあらかじめ預けておけば、本来質屋ではありえないが、こちらに時計と現金を渡してくる。そんな俺にとってこの時計はいわば足枷だ。逃亡しようものなら、その手のルートに流れて、死んでいることになっていた、なんて話もある。そんな、時計を、俺は手渡した。返済が一日でも遅れれば、俺の大事な書類は流れ、二度と戻っては来ない、一度流れた質草は取り返せないように。大宮は分厚い黒革の財布から札を五枚取出し放り投げる様に渡してくる。俺は、床に落ちた一枚を拾い上げポケットへ押し込むとドアの方へ小走りで急いだ。重厚なドアを開け、階段を駆け下り、近くの公園までひと走りする。「これで、当分持つな」俺はその足で、スーパーへ向かう。奥様方で賑わう店内に、ぶら下がり広告で十七時から特売の文字。俺は、時計を見ようとするが、そこにそれはなく辺りを見渡すと、十五時を指す時計を見つけた。特売の時間まで暇を潰そうとパチンコ屋へ行くことにした。所持金は大宮に渡された五万のみ、次の支給日までまだ日があるが、一、二万くらいで当たるだろうと、目当ての新台に運よく座われた俺は、舞い上がってしまった。気づけば、時計は二十時を指し、俺のポケットにあったはずの五万はどこかへ行ってしまった。もう大宮商会の世話になれないが、気付くと俺は、大宮商会のドアを叩いていた。しかし、いつもの様に反応がない。不思議なものでこういう時、人はドアノブを回してしまう。抵抗の後、重厚なドアは徐々に景色を広げ、薄暗い部屋の中を見渡すように仕向けてくる。大宮はそこへ座っていた。「どうしたんですか、明かりも付けずに」俺が問いかけても大宮は返事をしない。いつもの事だと思い金を融通してくれるように、それとなく頼んでみるが、一向に返事がない。段々とムカついてきた俺は、少し声を荒げながら、肩に触れた。直後には、しまった、そう思うものの引っ込みがつかずそのまま大宮の肩を揺すると、大宮はダランと首を垂れ、目は白と黒とが見分けがつかないほどに交錯し、口からは白濁とした物が一直線に床へ向かっていた。今までの拙い人生経験でも分かる。これは、やばいと。慌てて肩の部分を傍にあった布で拭取り、大宮を元の位置へと戻した。大宮は相変わらず、身動き一つしない。すぐさま、立ち去ろうとする俺の爪先に何か鈍い音とともに少し痛みが走った。それを見ると、高そうなバッグに何かが詰め込まれているようで、俺はファスナーを開けて、中を検める。そこには、これまで見たことの無いような札束が血まみれで入っていた。しかし俺は、不思議と冷静だった。犯人は血まみれの札束に用はないと踏んで、逃げたのだと。名探偵気取りだった俺は不覚にも灯りを点けてしまう。ビッ、ジカジカと音をたて辺りは明るくなる。その瞬間、何人もの男が部屋へ押し入ってきた。口々にまくし立ててくるのでよく聞き取れずにいた俺が唯一聞き取れたのは「お前かお前なのか」だった。俺は新手の身分確認だと思い素直に答えた「はい」と。俺は今とある場所にいる、中々良い所で、衣食住には不自由しないし、安いが給料だって出る。最近、この生活を送っていると俺は、これで良かったのかなと思っている。そろそろ時間だ。「三番出ろ」

たとえ番号で呼ばれて居ようとも。



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