第五話 不安しか湧かないメンツ
微百合注意。って言うほど百合でもないか……?
自己紹介が終わり、おおよそ全員の性格を把握できた後、
「はいこれ、ルナの分ね」
そう言われてセリアから手渡されたのは、鞄サイズの麻の袋と、包丁大の短剣だった。
「……これは?」
「見たまんまよ。麻の袋と短剣」
「……こっちの袋がリュック代わりなのは分かります。けど、こっちの短剣は?」
とりあえず麻の袋を肩から斜めに掛けつつ、短剣を指差す祐希――改め、ルナ。対してセリアは自分の分の麻の袋を提げ、短剣を腰に紐で括りつけつつ答えてくれる。
「あの女神様が言っていたじゃない、この世界には魔物が居るって。だから、それに対抗する為に武器を持っておいた方が良いと思ったのよ」
「言っている事は分かりますが……私、戦えませんよ?」
「そりゃあたしも同じよ。でも、いざという時に武器が有るのと無いのとじゃ大違いでしょうし」
前世は現代日本人のルナもセリアも、勿論セントやデルタも、魔物などという危険生物と戦う術はない。けれど実際に戦わなければならない状況が、これからこの世界で暮らしていく以上、少なからず有る筈だ。
積極的に傷つける必要はない。けれど、身を護る術は必要不可欠だろう。そう考え、ルナは短剣をセリアと同じように腰に紐で括りつけた。
背の高いテーブルを挟んで向こう側では、セントとデルタがルナ達の得物より刀身の長い長剣を腰に吊るし、二回り大きな袋を担いでいた。どうやら女性陣は軽く取り回しやすい装備で、男性陣は筋力を期待された重い装備となっているらしい。女性陣という括りに自分が組み込まれている事にげんなりしつつ、かといって長剣や大きな荷物を持たされても今の体では持ち上がりそうになかったので、楽になってラッキーと無理矢理思っておく事にする。
「……そういえば」
「なに?」
ふと思い立ち、ルナはセリアに問いかける。
「この短剣とか袋とか、どこから持ってきたんですか?」
「ああ、そんなこと。この家に有った物を頂戴したのよ」
「え、それ良いんですか?」
人の家の物を勝手に持っていくのは泥棒ではなかろうか。いや、そもそも人の家に無断で入っている時点で問題な気がする。……まぁ、目覚めたらこの家の寝室のベッドで横になっていたので、この家の本来の持ち主とか侵入方法とか全く分からないのだが。
そんな心配を懐いていたルナに、しかしセリアは軽く笑って、
「良いのよ。あの女神様は『どこかの空き家にでも送る』って言っていたじゃない? だからこの家の所有権は誰でもない筈。よって、ここにある物はあたしたちの初期装備として有り難く頂戴しておきましょう」
「……うん? 家の主が居なくなった場合、普通は家族に所有権が移ったり、国庫に戻ったりするのでは?」
ここは異国どころか異世界なので本当のところは分からないが、いくら持ち主が居なくなって空き家になったと言っても、相続している人が誰か居る筈だ。もし居ない場合でも、この土地が位置する国の財産に戻っている筈である。なので、勝手に物を持っていくのは犯罪な気もするが――。
「気にしない気にしない。どうせ誰も気づかないわ。それにほら、良く言うじゃない。バレなきゃ犯罪じゃないんだよ、って」
「それ完全にやっちゃいけない事をする時の台詞だよね⁉」
「ふふふ、問題無いわよ。……それに、貴女、手ぶらで外に良く気? 一度外を確認してみたけれど、森に囲まれていたわ。間違いなく死ぬわよ?」
「――――」
何か言い返そうとして、しかし言葉が見つからなかった。
セリアの言った事が正論だったからである。
ここは法律やら警察やらに守られた地球などではない、魔物が跋扈する危険な世界だ。武器も持たず魔法も使えず武術の心得も無い非力な少女が、スタンガンの一つもない状態で襲ってくる生物を相手に生き延びられる訳がない。
けれど、やはり無断で持っていくのは気が引けた。事情はどうあれ、盗みに対する忌避感は拭いきれない。平和な国で不自由無く暮らしてきた人間ならば当たり前の事だろう。
そんなルナの心情を理解して、セリアは言った。
「まぁ、気持ちは分かるけれどね」
でも、とセリアは続ける。
「とりあえずこの家の物は大丈夫よ」
「どうしてですか?」
ルナが首を傾げると、セリアは「あれ、口調戻っちゃったのね」と少し残念そうにし、それから苦笑いを浮かべて一枚の紙を取り出した。
それは、ルナが女神アストレアから貰った手紙と同じモノだ。ただし、書かれている内容は違うようで、セリアはわざわざ女神アストレアっぽい口調で読み上げてくれる。
「『その家にある物は持って行って構わないわ! その家も含めて全部、貴女たちをその世界に転移させるついでに送った物だからね☆ ……流石に私でも、某RPGみたいに檜の棒と布の服だけで魔王討伐の旅に送り出すような真似はしないわよ』って。……別にあたしたち、魔王討伐の旅に出る訳じゃないんだけど……というかこの世界に魔王っているのかしら?」
「魔王いるのか⁉ むむむ、聖剣に選ばれて勇者になって、四天王を倒しつつ魔王城を目指すのも悪くないな……ハーレム作り易そうだし」
「デルタさん、アンタ本当に下半身に正直ね。……最低、死ねば良いのに」
男子ならつい懐きがちの夢を語っただけのデルタに対して辛辣なセリアだが、ルナも冷たい目をデルタに向けて、セリアの言葉に頷いてしまう。
美少女二人から冷めた目線を頂戴したデルタはショックを受けて、「やめてそんな目で見ないで目覚めちゃう!」と頭のおかしい事をほざいていた。素直に「気持ち悪い」と言っておく。するとデルタは身をくねらせて、「悪くねぇなこれ……ヤバい興奮する」と気持ち悪さが加速していたので、ルナとセリアは汚物を視界に映すのも止めた。
と、そこでルナは重大な問題に気付く。
(あれ? デルタさんの男の夢に賛同できなかった私って、もしかして精神も女の体に引き摺られてる……⁉)
などと心の中で密かに戦慄していたルナだったが、彼女の場合、男の肉体であった前世においてもデルタと同じ夢は懐かなかったので、女の体云々は完全に無関係である。
かといって別に男とくんずほぐれつする気など全くないし、イチャイチャするなら女の子が良いと思っている訳だが。
ともあれ、無言で百面相しているルナは放っておき、セントが質問を口にした。
「俺たちを転生させる際にこの家をこの世界に送ったって事は、いきなり森に家が出現したって事だよね?」
「そういう事でしょうね。……あまり、長居しない方が良いかも知れないわ」
「どういう事だ?」
疑問符を浮かべるデルタに、セリアは家中から集めてきた荷物を整理しつつ答える。
「本来森だった場所に、いきなりこんな人工物が現れたのよ? 目立つことこの上ないし、魔物が襲ってくる可能性だって高いわ。それに、食料も二、三日しか保たないのよ」
「あーね、そーゆーこと」
数週間の備蓄があればある程度訓練してから街を目指す、という方法も取れたのだが、数日分しかないのであればすぐに出発するべきだろう。異世界転生して早々に餓死するのは悲しすぎる。
「とりあえず、街まで行けば問題無いわ。お金はこの家に金貨が八枚と銀貨が十二枚あったし、足りなければこの家の家具を売ればいいし」
「いや……持っていく物は最小限の方が良いから、家具を売るのは無理だろうね。まぁ、金貨は恐らくだけど高価だろうし、数週間の食費くらいは大丈夫だと思うよ」
「そうね」
真面目な話は全てセリアとセントに任せておけば良いかな、と思うルナとデルタ。しっかり者係に今後の行動計画を任せ、ルナとデルタは荷物の準備を進めておく。
どうやらこの家にはかなりの物が揃っていたようだ。ルナは目覚めたのが最後だったので知らないが、三人で家中を探索し尽して、必要な道具を全て集めてある。つまり、この部屋に並べてある物が全て持っていくものなのだ。
武器は長剣二本と短剣二本だけ。金属製だからそこそこ重量はある。切れ味がどれほどかは分からないが、まぁ包丁よりは切れるだろう。
食料は干し肉やらドライフルーツやら、保存は利くが味は期待できそうにないモノだけ。水分は革の水筒が六つあったが、あまり大きくないのですぐに無くなってしまいそうだ。少しずつ使うように心がけるべきだろう。
金は、丁度割り切れるように用意されていたので、金貨は一人二枚、銀貨は三枚ずつ持つ。
その他、野営用のテントとかは流石に無かったが、ベッドに敷かれていたシーツを何枚か持っていくようだ。後は廊下に設置されていた蝋燭十数本やどこぞに隠されていた黒紫色の宝石(高価そう)など、利用できそうな物を集めてある。
服は着替えが見つからなかったので、最初から着ていたものを着続けるしかないようだ。今ルナが着ているのは長袖のブラウスに丈の短いスカート、更に黒のニーソックスという誰の趣味だとツッコミたい格好なのですぐに着替えたいのだが、我慢するしかない。
(べ、別に可愛いとか思ってないし……思ってないんだからね!)
謎のツンデレ風味を醸し出すルナ。ひらひらするスカートの端を気にしつつ顔を若干赤くする彼女に、セントとの話を切り上げたセリアが声をかける。
「あ、そういえば、ルナ」
「はえ? ええと、何ですか?」
不意だったので妙な返事をしてしまい、少し恥ずかしさで頬を朱に染めるルナ。
可愛らしい反応をするルナに、セリアは嬉しそうににこりと笑って、
「じゃ、とりあえずその口調、直しましょうか♪」
「…………はい?」
他人向け丁寧口調では駄目なのだろうか、と思ったルナに、セリアは言う。
「だってそれ、他人向けの警戒している口調でしょ?」
「心読まれた⁉」
「読んでないわよ、ただの勘。……けど、当たりなのね」
はぁ、とどこか残念そうに溜息を吐くセリア。
「むぅ……でも、仕方ないじゃないですか? ほぼ初対面の人にタメ口利けるほど図太くないですし。というか年上相手に失礼だと思いますし」
そして会話開始数分でメールアドレスを聞き出せるほどコミュニケーション能力も高くなく、短時間のうちに平気で数十人と仲良くなれるようなやり手リア充な態度が取れる訳でもないルナでは、じっくり一ヶ月くらい掛けてやっと丁寧口調が解けるくらいだろう。
そう言ったルナに、しかしセリアは別の所に引っかかったようで、
「年上……? ルナ、貴女前世は幾つよ?」
「十七です」
「あたしも十七よ」
……そして数秒間、硬直するルナ。
「…………え、同い年? 年上だと思ってました……」
「へぇ、どうしてそう思ったのか、参考までに教えて下さるかしら?」
まさか老けて見えるとでも? と言って詰め寄ってくるセリアの笑顔が怖い。すわこれが黒い笑顔か! などと焦った頭で現実逃避気味に考えつつ、この状況を綺麗さっぱり一発で解決できる素敵な言い訳など思い浮かばないので、正直に答える事にする。
「セリアさんは……その、凄くしっかりしていたので、てっきり三年生だとばかり……」
「…………んんん、まぁ……良いでしょう」
何とか許して貰えたようだ。……というか、逸らされたセリアの顔が微妙に嬉しそうに見えたが、気のせいだろうか?
しかしルナがツッコむ間も無く、セリアは咳払いを一つ。
「んんっ。と、とりあえず、これからあたしたちは長い付き合いになるのよ? 皆この世界で何をして生活するのか知らないからずっと一緒かは分からないけれど……でも、そんな固いままじゃ、疲れちゃうわ。せっかく数少ない同郷の仲間なのに」
優しい眼差しと母のような微笑みを浮かべるセリアに続き、デルタが口を挟む。
「そうだぞ。オレは冒険者を目指すが、かたっ苦しい敬語のままじゃ、連携も碌にとれなくなっちまう。危険が付きまとう冒険者稼業じゃ、連携不足はイコール死だからな!」
珍しくまともな事を言うデルタ。まぁ、彼は一度も冒険者稼業などした事がないので、完全に知ったかぶりなのだが。
「そうだね。ここにいる四人は日本から来た仲間なんだ、少しくらいは気を許しても良いんじゃないかな?」
因みに俺も冒険者になるつもりだよ、と笑って付け足すセント。
……確かに、ここにいる人たちなら、少しくらいは気を許しても良いかも知れない。この世界に居る唯一の知人なのだし、得難い同郷の人間なのだから。他人行儀なままずっと気を張り続けているのは、辛いだけだ。
この人たちには、心を軽くして接しよう――と、思い始めたところで。
妙に真剣な表情をしたセリアが、突如ルナをひしと抱き締めて言う。
「でも変態デルタさんが嫌ならあたしとセントさんだけでも良いのよ! むしろセントさんにもそのままで、あたしだけにありのままを見せてくれて良いから! 女の子同士だし!」
「ぐっ、女の子同士……」
クリティカルヒット! ルナは暫く立ち直れない!
「ちょ、誰が変態だと⁉ 失敬な、紳士だぞオレは!」
「俺には勿論砕けて話してくれるよね? だってほら、一緒にアイス食べた仲じゃん」
「いえ食べてないですよ。無理やり連れて行かれそうになって、そこでトラックに轢かれましたよね⁉」
五月蠅い変態デルタを無視して、さりげなく改竄して言ってくるセントにツッコミを入れるルナ。
そして、未だルナを抱き締めて放さないセリアの暴走は続く。
「女の子同士……女の子の友情……お風呂で互いの肌に触れあって、一緒のベッドでガールズトークを楽しんで、二人でキッチンで朝食を作る……っ! 素晴らしいわ! これが友達ね!」
この人、前世で友達いなかったのだろうか……と思ってしまったルナは悪くない。
「おい、だから誰が変態だと⁉ つかオレにも砕けてくれよー! 美少女と楽しくおしゃべりして手ぇ繋いで買い物してってするのが夢なんだよ!」
つまりデルタはデートがしたいのだろう。断固として拒否する。そしてこいつ、今まで彼女いなかったんだろうな、と思ったルナは悪くない。むしろ正しい。
「あぁ、とっても柔らかいのね、ルナは。それに良い匂いもする……ふふっ、可愛い」
「ひゃうっ⁉ ちょ、何するんですかセリアさん⁉」
デルタを完全スルーしてルナの体を堪能するセリアは、ルナの体の至る所に手を這わせ始めた。
「ふふふ、服の上から見ても思ったけれど、やっぱり体のラインは良いわね。肌はすべすべだし……むぅ、胸があたしよりも大きい」
「ふにゃっ⁉ んんっ! あぅ……セリアさん、やっ、やめてくださいって!」
「ダーメ。やめて欲しかったら、丁寧口調をやめましょうか。ね?」
「そんなぁ⁉ んぁ、ふやぁ! そ、こは……っ」
ルナの敏感な箇所の周辺を撫で始めるセリア。手付きが途轍もなくいやらしい上に、妙に色っぽいボイスで耳元で囁くので、だんだん変な気分になってくる。
「ごくっ……ヤバい、これがリアルな百合……ヤバい!」
「二度もヤバイを付けるほどかい。まぁ、分からないでもないなぁ。……俺も前世でよくやったよ」
デルタが静かになったと思ったら、どうやら美少女が絡み合う光景に見とれていたらしい。……というかセント、今ちょっとおかしな事を言わなかっただろうか。
と、気が逸れた瞬間にルナの背後に回り込んだセリアは、ルナのそこそこの大きさ(ルナ調べ)の双丘を揉みしだき始めた。
「ひゃぁあああ⁉ や、ぁ、んぁ……あぅぁっ」
「ほら、ルナ。やめて欲しかったら、分かるわよね?」
「ゃぁ……んんっ、ひゃっ、わっ、分かりまし……分かった、分かったからやめてぇぇええええ――っ!」
「よろしい♪」
やっとの事でルナを解放するセリア。その場に膝をついてぜーはーと荒い呼吸を繰り返すルナは、涙目で呟く。
「もうお婿に行けない……」
「お嫁でしょ?」
「……うん……ソウダネ……」
一撃必殺! ルナはもう立ち直れない!
「やべ、鼻血出た」
「んん? そういや俺は男になったから、これからはこの先にもイケるのか。……ふふふ、楽しみだなぁ」
なんか色々拙い事を言っている野郎どももいたが、そちらを気にしている余裕はルナには無かった。
理由は単純、セリアが鼻息荒く手をワキワキさせつつ、こんな事を言い始めたからである。
「わぁヤバい、ルナ超可愛いマジかわゆす! はぁはぁ、もうちょっと……もうちょっとだけ揉んでも良いわよね……?」
「だっ、駄目だからね⁉」
「うふふふふ、良いではないかー良いではないかー!」
「きっ……きゃぁぁぁぁああああああああああああああああああ――っ‼」
なんというか本当に、このメンバーで生活するのは、不安しか湧かなかった。
まともな奴がいない……おかしいな、デルタは普段はまともにする予定だったのになぁ。
次回も宜しくお願いします。