第二話 いざ、転生の時間
それから。
ひたすら女神に対して殴る蹴る打つ罵倒するを続け、ストレス発散終了した四人は、一度落ち着いて話をする事にした。
「まずは、だ」
初対面ばかりの場でいきなりリーダーシップを発揮しだした男装の麗人の言葉に、残り三人はとりあえず耳を傾ける。その間、女神アストレアはボコボコにされて腫れ上がった傷――四人とも魂だけの存在でしかも相手は神なのに、何故傷がついたのかは永遠の謎――を神の御業か何かで治しつつ、横に立つ死神オルクスはそんな残念な神様をニヤニヤ顔で眺めていた。
「ひとまず状況を纏めると、俺達は転生トラックに轢き殺された」
「試作用よ」
「……試作用転生トラックに轢き殺され、魂だけの状態で神域らしき場所に居る。で、それはクソ女神が仕事放棄した所為で暴走した天使の悪戯であり、本来の形ではないから転生チートは貰えない、と。そういう事だね?」
語尾を上げて確認をする男装の麗人に、クソ女神ことアストレアは頷いて肯定を示した。クソ女神のところは不満げであったが、無視して男装の麗人は話を続ける。
「ならまず、転生先の事を聞かせてもらおうかな」
「了解よ。……と言っても、言える事は少ないわね」
女神は傷が消えてすっかり綺麗になった肌を撫でつつ、
「貴方達が転生するのは、第五位星界『九つの星樹界』よ」
「ラグナロク?」
「違う、『ラグナスヘイム』よ。終末の日なんて迎えてどうするのよ」
割と本気で言っていたようで、黒スーツの男は否定されて「マジかよ」と悔し気に唸る。
と、ここで、この空間に来てから四人の一斉罵倒の時以外一言も発していなかった制服姿の少女が口を挟む。どうやら、やっと会話に参加出来るくらいまで心が落ち着いてきたようである。
「でも、神々の黄昏と名前が似ているなんて、物騒な世界ね」
「うーん、名前は私が付けた訳じゃないから何とも言えないけど、物騒なのは確かよ。貴方達の居た世界より危険なのは間違いないわ」
その言葉で、少し転生する気が失せた。わざわざ望んで危険な場所に行きたがるような神経は、生憎と祐希は持ち合わせていない。
が、むしろスーツの男は目を輝かせて、食い気味に問い掛ける。
「って事は、魔物とかいるのか⁉ 冒険者ギルドに登録して、ダンジョン潜って財宝手にして、有名になってハーレムか⁉」
「え、ハーレム⁉ 可愛い女の子に囲まれるのかい⁉ それは聞き逃せないね!」
同調したのは男装の麗人。そういえばこの人、女の子大好きだったな……と呆れ顔で呟く祐希をよそに、二人は謎の盛り上がりを見せていく。
「おお! やっぱりお前も分かるよな! そうだよな、異世界転生と言えばチートハーレムだよな!」
「ああそうだね! クソ女神の所為でチートは無いけれど、可愛い女の子に囲まれてキャッキャウフフは外せないよね!」
「むしろそれが本命だ!」
「はははっ! その通りだよ!」
いつの間にか肩を組んで笑い合う二人。そんな二人に対し、周囲は冷めた目で口々に言う。
「馬鹿だ、馬鹿が居る……」
「男子って最低ね」
「こいつらには、もし与える事が出来てもチートはあげないわ。絶対に」
「うんうん、青春だねぇ」
一人だけズレた事を言っている死神もいたが、ともあれ賛同する意見は皆無だった。
というか、片方は男装していても一応生物学上は女性なので、男子と一括りにしても片方しか当て嵌まらないのだが……いや、祐希も男子だった。
自分で自分の性別を忘れかけるという末期症状に絶望している間にどうやらハーレムフィーバータイムは終わったようで、再び男装の麗人が口火を切る。
「で、結局その物騒っていうのは、本当に魔物が居るって事で正しいのかい?」
重要な問いだ。これの答えによっては、方針が大きく変わる。
先ほどまでの馬鹿騒ぎしていた奴と同一人物とは思えないほど真剣な顔をする男装の麗人に、しかし反対にアストレアは気楽な調子で答える。
「正しいわよ。魔物が居て、ダンジョンが有って、剣と魔法のファンタジー世界」
「マジでファンタジー⁉ よっしゃぁああああッ!」
一人五月蠅いスーツの男は放っておいて、祐希が問い掛けた。
「その、魔法っていうものは、皆が使えるの?」
「無理よ」
また即答だった。しかしこの答えにより、騒いでいた馬鹿が一瞬で固まり、ギギギと油の足りない機械のような動作で振り向くと、血走る目を剥きながら問いを口にする。
「オレは使えるのか⁉」
「さぁ?」
「即答ッ! そして返答放棄ッ! 仕事しろよクソ女神ッ‼」
「五月蠅いクソ野郎いい加減黙れッ!」
マシンガンのように罵倒するスーツの男に、とうとうブチギレたアストレアがしなやかな足捌きで横蹴りをぶちかました。顔面にクリティカルヒットしたスーツの男は弾丸もかくやという速度で吹き飛んでいき、やがて地平の彼方に消えていく。
「オルクス様、馬鹿を回収してきなさい」
「僕、一応君の上司なんだけど」
「良いから行ってこい」
ぎろりと殺気混じりに睨むアストレアに「おかしいなぁ、この前まではまだ口調は丁寧だった筈なのに……」などとぼやきつつ、オルクスがスーツの男の回収に向かう。
馬鹿が回収されるのを待つのも面倒なので、その間に祐希は残りの問いを消化しておく事にする。
「ええと、その世界の文明レベルはどのくらいなの?」
現代日本から行くのだ、生活水準が低すぎれば生きていけない。悲しき性だが容易には変えられないのも事実で、心構えの為にも聞いておく必要があった。
「個人的には中世……いや、それだと色々大変か」
「あたしは近世か近代が良いわね。現代より少し前くらいなら、そんなに困らないでしょうし」
男装の麗人と制服姿の少女が希望を口にする。
祐希も個人的には中世ヨーロッパに憧れるが、しかし現代文明に浸り過ぎた自分たちでは生きていけない気がした。特に食事事情とか、飽食の時代の人間が二食制で香辛料の少ない時代に放り込まれれば、一ヶ月もすれば精神がやられてまともに生活出来ないだろう。
贅沢に浸かり過ぎた弊害について頭を悩まされる。けれどそんな祐希の気など露知らず、アストレアはあくまで笑顔で言った。
「地球で言う、西欧の十二、三世紀くらいかしら?」
もっとも、魔法が有るから幾らか違うでしょうけど――などという補足は、祐希には届かなかった。
中世中期辺り、あまり良い印象は無い。確かに穀物生産量の上昇と人口増加が顕著で発達している時代だが、衛生面とか不安で仕方ない。そうなると、魔法でどの程度そこら辺を改善出来るかに掛かっているのだが……あまり高望みするべきではないだろう。
気落ちしている祐希に代わり、男装の麗人が問い掛ける。
「転生した場合、どの辺りになる? また、年齢は? 戸籍とか大丈夫なのかい?」
「一気に訊くわね……まぁ良いわ。ええと、場所は未指定だからランダム、どっかの空き家にでも送る事になるわよ。年齢は……まぁ、転生先で各自で確認しなさい。元気で動き易い年齢にしてあるわ。戸籍は大丈夫よ、冒険者ギルドに登録すれば殆ど解決だから」
随分投げやりな答えが返ってきた。そろそろ女神様も質問に答えるのが面倒臭くなってきたらしい。
というかそもそも、と祐希は口を開く。
「転生って、地球には出来ないの?」
もっともな話である。わざわざ異世界に転生するのではなく、自分たちの居た世界に転生しても良いのではないだろうか?
その問いに、しかしアストレアは首を横に振った。
「無理よ。それだと摂理が酷く捻じ曲がる。専門が【正義】の私や【死】のオルクス様でも不可能。そもそも、ディケーの神格も併せ持つ私では、不正は絶対に許されないわ。だから、その世界で死んだ人間をもう一度同じ世界で生き返らせるという、全星界に共通する禁忌に逆らう行動は出来ないのよ」
「まぁ、神と呼ばれる存在にも不可能な事は有るということだよ」
唐突に話に割り込んできたのは、スーツの男性を引き摺ってきた死神オルクスだった。
彼は白目を剥いているスーツの男を祐希たちの近くに放り投げると、アストレアの傍に歩み寄りつつ語り出す。
「プルートーから辿って無理矢理ハーデースのところまで引き出せば、まぁ一人二人は出来るだろうけど、四人全員同じ世界に返すのは不可能かなぁ。冥府の神でも、転生の方は強くないし」
いきなり神の名前がずらずら出てくる事に困惑するが、とにかく不可能な事だけは分かった。
一人二人だけ元の世界で転生する事になっても、どうせ喧嘩するだけなので、全員で異世界に行った方が早いだろう。……という判断を無理矢理下す。
ただ単に祐希も異世界に憧れていて、元の世界に戻る事を理由づけて拒否したいだけだ。その事が何となく恥ずかしくて認められず、口には出さない事にする。
というかそもそも、皆が元の世界で生き返りたいと思うとは限らないだろう。純粋に異世界に憧れているかも知れないし、元の世界に辟易していて嫌だと思うかも知れない。元の世界の友人や家族たちとはせめて別れ話くらいしたかったが、まぁ仕方がないだろう。
と、そこで、本格的に飽きてきたのか、アストレアが見事な金髪を手で梳きつつ、
「じゃあ、そろそろ転生させるわよ」
「え、早くねぇか? まだオレ、訊きたい事が結構有るんだけど」
乱暴に転がされていたスーツの男性が起き上がり、苦言を呈す。
しかしアストレアは本気で面倒くさいと思い始めているようで、
「嫌よ、もうこれ以上は受け付けないわ。後は全部、向こうで探しなさい。それが人生ってものでしょう」
神に人生を語られても微妙な気持ちになるのだが。
しかしスーツの男性は諦め切れないようで、無理矢理にでも質問を口にしようとした――が。
「ええい、こうなれば強制よ! とっとと異世界ライフを始めなさい!」
そんな、おおよそ転生者を送り出すのに相応しくない言葉を女神様から頂戴して――祐希たちの意識は再び暗転した。
◆ ◆ ◆
「……あ」
騒がしい四人が消えてからややあって、女神アストレアは呆けた声を漏らした。
「失敗した……」
「何がだい?」
不思議そうに聞いてくるオルクスに、アストレアは先ほどまでと打って変わった丁寧な口調で答える。
「時代ですよ。良く分かりませんが、『何か』に干渉されて、転生先の時代が本来の千年近く前になってしまったんです」
「え、いきなり丁寧口調になった事にも驚きだけど、そっちも相当ヤバいね。『九つの星樹界』の千年前……って言えば、星界戦争の前後辺りだっけ?」
「十二度目の時ですね。……でも、この干渉のされ方、摂理に反さずに行われています」
摂理。神――この場合、神々が言う『本物の神』の事を差す――が創った理である神理に反する行いに対してかかる、修正力のようなモノだ。基本的に魔術を行った際に掛かるものなので、起源は魔術と変わらない神の力にもある程度は修正力が働くのである。
転生トラックはその辺りも考慮して創られたものなので、掛かる修正力を最小限に抑えつつ重大な神理は掻い潜る事で転生という事象を起こせたが、今回のような時代を超えるような現象は神の力を以ってしても不可能な筈だ。
けれど実際に、時間遡行は行われた。
純黒のシルクハットを撫でつつ思考していたオルクスが、眼を細めて口を開く。
「僕らより上位の力が加わったか……もしくは、それが本来の歴史なのか。思いつくのは、この辺が限度かな」
「……そう、ですね。しかし、序列十二位のオルクス様より上位ですか……やりそうなのは、オーディン様かゼウス様くらいでしょうか」
「あー……あいつらならなぁ。あとは序列が低くても、ホーラとかクロノスとかカイロスとか、あとアイオーンとかなら有り得るかも」
意外と可能性が多く、顔を顰める二人。
アストレアが口にした二神は強力な力を秘める主神たちなので、摂理に反する現象でも強引にやってのける可能性は高い。逆にオルクスが言った神々は序列も低く力はそこまで強くはないが、いずれも【時】に関する事象を神格に含んだ神だ。時空を歪めて過去に捻じ込む程度ならば、出来ない話ではない。
「……というかそもそもの話、私、天使の管理を怠った事なんてないんですけどね」
「だろうね」
何度も言うが、アストレアは【正義】を神格に持つ女神である。不正とか怠惰とか堕落とか、そういう『悪』と断ぜられる行動は絶対にしない。だから、例え転生者達の異世界ライフを覗き込む事にハマっていたとしても、きちんと自身の仕事はこなしているのだ。
つまりは、今回の騒動、アストレアの所為ではない。勿論、彼女の上司であるオルクスの所為でもない事は確認済みだ。となれば、犯人は先ほど名前の挙がった神か、それとも――。
ともあれ、
「ま、何か問題が出ても、やった奴が解決するでしょう」
「投げやりだねぇ……ま、君はいつもそうだったけど」
その一言で片づけて、神々はまた、己の仕事に戻っていく。
片方は、転生者達の異世界ライフを鑑賞して愉しむという実に神様らしい、けれどやられる人間側から見れば迷惑な仕事ではあるが……まぁ、一応仕事はしている筈なので、オルクスも見逃す事にする。
いざ、転生の時間……とか言いつつ、始まるのは次回からという……。
次回も宜しくお願いします。