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半天使の少女は穏やかな生涯を送りたい  作者: 月代麻夜
第一章 青き巨神の目覚め
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第一話 女神と死神との邂逅

 一話の長さはその日の気分によって変わります。

 大体、三千文字から六千文字の間が多いと思いますが……極端に長ければ分ける事にします。実際、今回も分けてますし。



 ――次に目が覚めた時、周囲は病的なまでの白に満たされていた。

 いや、『次』などというものは有り得ない。何故なら、祐希ゆうきはトラックに――。


「やあやあ、よく来たね諸君。まぁ、まずはそこへ掛けたまえ」


 唐突に、体を芯から震わせるようなバリトンボイスが耳朶を打った。

 その声は、今すぐにでもその場にひれ伏してしまうような覇者のそれで、思わず息を呑んだ祐希は、半歩後退(あとすさ)ってしまう。

 しかしそんな彼の様子を予想していたのか、声の主は二言目を発した。

「ふむ、緊張しているのかね。まぁ良い。ならばそのまま話を聞きたま――ぐはッ」

 その言葉は、これまた唐突に遮られる。

 ドガッ‼ と凄まじい衝撃音が打ち鳴った。

 続けて、今度は女性の声が響く。

「やめなさいクソ死神がッ! それは本来私の役目でしょうが‼」

 それもやはり男性の声と同じく覇者の色を含んだもので、憤怒の感情も合わさって余計に身がすくんでしまう。

 きめ細かな白い生足を何かを蹴ったようなポーズでさらして現れたのは、金髪の女性。女神の聖像を思わせる豊富な肉体と神々しいほど整った容姿は、身を包む貫頭衣の印象と相まって、まさに天女てんにょを思わせる。

 その女性に蹴り飛ばされたのは、燕尾服に身を包んだ眉目秀麗な男性。宙に浮くほどの威力でばされようとも黒いシルクハットを落とさないように手で押さえつつ、くるりと身軽な動作で着地した。

「ふむ。痛いではないか、ワトソン君」

「まずその口調をやめなさい、控えめに言って気持ち悪いわ。というか何で私がワトソンなのよ⁉ ホームズよこしなさいよ!」

「序列の問題だ、諦めたまえ三十五位」

「うぜぇこの上司マジぶっ殺してぇ!」

 容姿に似合わず汚い言葉を唾と共に飛ばす金髪の女性。依然として態度を崩さない燕尾服の男性は、置いてけぼりだった祐希の方を――訂正、祐希たち(・・)の方へと視線を向けた。

「さて、話を続けようか」

「口調直しなさいよ気持ち悪い」

「ちょっと黙ってなよ、アストレア。話が進まない」

「あ、直った。相変わらず気持ち悪いわね、オルクス様」

「上司に対する口調としてそれはまずいと思うんだけどね……まぁ良いや」

 良いのか、と思った祐希は、その思考と同時に隣から「良いのかよ……」という声が聞こえた事に驚いて顔を向けた。

 そこに居たのは、男装の麗人――デパートから出てアイスクリーム屋に行こうとしていた祐希をナンパしてきた、残念美人だった。

 彼女も祐希に気付くと、にこりと綺麗な笑みを向けてくる。恐らく彼女も祐希と同じ境遇なのだろう、そう思うと、少しだけ心が楽になった。

 しかし彼女だけではない。あと二人、あのナンパ現場に居た――つまり、トラックに轢き飛ばされた筈のスーツの男性と制服姿の少女も居る。

 だが、情報交換をする間もなく、オルクスと呼ばれた燕尾服の男が口を開いた。

「それじゃあ話そうか、楽しいたのしい死後のお話だ」

 ――ぞわり、と。全身の産毛が逆立つような感覚を覚えて、祐希は思わず体を縮める。

 隣の男装の麗人が唾を飲み込んだ音が嫌に響いた。その隣の制服姿の少女は小さく悲鳴を上げて口元くちもとを押さえ、スーツの男性は目を見開き先の言葉を否定しようと必死になっている。

 だがそれでも現実は変わらず、残酷な事実をオルクスは愉快そうに口にする。

「死――そう、君たちは死んだのだよ。トラックに轢かれてジ・エンド。ありがちな終幕に、一言コメントをどうぞ」

「そん、な……馬鹿な。なら何で、今ここにオレたちがいるッ‼」

 絶望の表情で叫んだのは、スーツの男。どこかの新入社員であろうその男は、荒ぶる感情を抑え切れず怒声を放った。

 だが怒鳴られたオルクスは、それでも変わらず笑って、

「はい、コメントどうも有り難う。でもちょっと普通過ぎてつまらないなぁ」

「そういう問題じゃないと思うわよ」

 アストレアと呼ばれた金髪の女性の溜息混じりの言葉。本来は自分の仕事だとわめいていた彼女は、オルクスが言葉を続けるより早く話し始めた。

「まぁとりあえず、このウザい男が言った通り、君たちは死んだのよ。トラックに轢かれて、ね」

 事実だけを端的に述べられ、反論する余地はない。

 祐希はあの時の感触を克明こくめいに覚えている。トラックにぶつかった時の衝撃、そして地面に激突した時の肉体の破砕はさい感――どれも偽物とは思えない、本物の『死』の痛みだ。

 思い出して、また祐希は体が震えてしまう。けれど、訊かずにはいられなかった。

「でも……なら何で、私たちはこんな所にいるの?」

「ん、当然の質問ね。良いわ、簡単に説明してあげましょう」

 どこからともなく取り出した眼鏡を光らせるアストレア。不可思議な現象に突っ込む間もなく、彼女の話は続く。

「まず、君たちはトラック……俗に言う、転生トラックというやつに轢かれて死んだわ。まだ試作用だったのに……まぁ、これはこっちのミスね。で、死んだ肉体はどうしようもないから、魂だけこの空間……まぁ簡単に言えば神域的なところに連れてきたのよ」

「一つ質問良いかい?」

 口を挟んだのは男装の麗人だ。真剣な表情は格好良いけれど、一応この人は女である。

「そんな神域に居て、我々の魂を簡単に扱う貴女達は、神という存在なのか?」

 魂を操り、それと対話出来る者などまず普通の人間ではない。口寄せとか悪魔召喚とかそういう話もあるが、これは違うだろう。そんなちゃちな現象ではなく、彼女らはもっと常人には理解し難い超常の現象を起こせる存在だと、目の前に立っていれば嫌でも分かる。

 対してアストレアは、『神』という単語に自嘲気味に笑った。

「神、ねぇ……確かに、いつの間にかそう呼ばれるようになってしまったわ」

「……それは、肯定と取って構わないね?」

 男装の麗人の確認に少しの間アストレアは黙ったが、ややあって頷く。

「ええ、そうね。神で間違いないわ。……もっとも、本物の神(・・・・)なんて、私たちよりもずっと強力だけれど」

「……?」

 本当の神と偽物の神がいるのか。良く分からないが、とりあえず今はどうでも良い事である。

「話を戻すわ。それで、貴方たちを轢き殺した試作用転生トラックは、轢いた者を異世界に転移させる魔術効果があるのよ」

「ん? と、言う事は……?」

「貴方たちを異世界に転生させる、という事よ」


   ◆ ◆ ◆


 転生。生あるものが死後に生まれ変わる事、再び肉体を得る事を差す単語。輪廻サンサーラとも言う。

 生前のカルマによって来世の宿命が変わるとか五つの祭火になぞらえて再び誕生するとか、まぁ色々宗教ごとに細部が変わってくる事象ではあるが、概ね全てに共通する事柄は、死した後に新たな生を受けるという事。

 しかし通常、死した記憶――すなわち前世の記憶と呼ばれるものは来世には引き継げない。でなければ肉体年齢五歳(みためはこども)精神年齢九十歳(ずのうはおとな)とかおかしな話になるし、そもそもそんな事が起これば死という概念に人間が恐れをいだかなくなり、地球は悲惨な歴史を刻む事になるだろう。

 だが今回、女神アストレアが話している事は、今の話に反する事である。

 即ち――。

「記憶を引き継いだ、異世界転生……って事?」

 祐希が呟くような声で発した問いに、アストレアは微笑みをたたえたまま頷く。

「そうよ。異世界転生――最近ラノベで良く見かける、有名なアレね」

 前回の転生者から苦情を貰ったから、ちゃんと勉強したのよ――などとどうでも良い事を誇らしそうに話すアストレアはさておき、祐希は愕然としていた。

 トラックに轢かれたのだから死んだ事は認めざるを得ない。けれど、異世界転生などというあまりに突拍子もない物語ファンタジーじみた出来事、すぐには受け入れられなかった。

 頭がおかしくなったのだろうか――いや、しかし既にこの身は死している。では魂がイカれたか? いやいやそもそも魂が有るなどという話は現代科学で証明されていないだろう。なら何か、今の話は全部、ただのドッキリだとでもいうのか? それこそ有り得ない。あの壮絶な『死』の痛みは本物だ。

 混乱する頭を押さえながら、祐希は必死に思考する。けれどどうにも現実を直視できず、無意味な問答ばかり繰り返していた。

 周囲の者達も同じだろう。女の子が大好きすぎて男装してまでナンパしていた女性も、今は難しい顔で頭を抱えていた。

 ――が、そんな中、スーツの男性だけ、違う反応を見せた。

「え、マジで⁉ 転生させてくれんの⁉ んじゃチートお願いします!」

「無理」

「ファッ⁉」

 有無を言わせぬ即答だった。スーツの男性は勢い余り、奇声を上げてひっくり返っている。

 オーバーリアクション――ただし本人は本気でショックを受けている――なスーツの男に、やや申し訳なさそうな表情を浮かべながらアストレアは語る。

「あのね、前の転生者にもチートくれって言われたのよ。で、それから参考書ラノベ読みまくって研究したんだけどね……あと十年くらい有ればその理論も完成したと思う」

「十年って、それじゃ……」

「うん、今すぐは無理よ。というか、だから『試作用』転生トラックって言ったんじゃない」

「オーマイゴット‼」

「目の前に神が居るのにその台詞はウケるわ~」

 そんな阿呆アホな会話。しかしそのお陰で、少しだけ祐希たちの心は軽くなった。

 悲観していても仕方がない。ならば転生これからについて語る方が、有意義ではないだろうか。

 そう気持ちを切り替えて、祐希はアストレアに問い掛け――ようとして、男装の麗人に先を越される。間が悪かったようだ。

「そもそも、何故なぜ試作用の転生トラックとやらが我々を轢いたんだい?」

 確かに気になる事だ。が、何故だろう、少しだけ嫌な予感がした。

 その予感はどうやら的中したようで、聞かなければ良かった事実を、アストレアは笑いながら言い放った。


「あ、ごめん。前回の転生者の異世界ライフを眺めてたらすっかり天使はいかの管理を忘れちゃって、若い天使が悪戯いたずらしちゃった! てへぺろ☆」


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 時が止まったような沈黙。

 ややあって、

「「「「死にさらせッ‼」」」」

 四人の魂の慟哭どうこくが響いた。



 次回も宜しくお願いします。

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