第十八話 変人しかいないパーティー
今年もどうぞ宜しくお願いします。
……え、遅い? いや本当に申し訳ないです。
実に見事な血の花を咲かせたアルマを、サリストがまるで汚いものでも蹴飛ばすようにそこら辺に転がしてから、一度皆席に着いた。
「で、あんさんらはいったい何をボクらに頼みたいんです?」
ぐへへどぅへへと五月蠅いアルマをげしげしと足で蹴りながらのサリストの言葉に、向かいの席のセントが真剣な表情で《セルデセン》の目的を答える。
「厚かましいのは分かっている。けれど、どうか俺達を鍛えてくれないか……?」
「鍛える……って、修行ってことか?」
サリストの問いに、《セルデセン》の四人が頷く。
「ふむ……」
頬杖をつき、酒のジョッキを傾けながら、サリストは小さく唸る。その間も、アルマを蹴る足を止めない。酒が入っている訳でもないのに蹴られて嬌声を上げ始めたアルマを悉く無視し、サリストは頭を回しているようだ。そんな彼を、ルナ達は黙って見詰めることしかできない。
と、A級パーティー《黒金の剣》の要、サリストが答えを出す前に、彼の隣に腰掛ける、杖を大事そうに抱き締める少女が口を開いた。
「報酬は?」
灰髪の少女の簡潔な問いに、事前にその質問を予測していたセントが答える。
「金貨五枚は出せる」
「足りない」
……分かっていたが、即答だ。実際にはあと二枚は出せるが、A級パーティーから見れば端金を付け足したところで、彼女は首を縦に振らないだろう。
しかし、灰髪の少女――確か名前はトルメイだったか――は、「でも」と付け足して、
「赤髪の子を私に預けてくれるなら、考える」
「……え、私?」
指名されたルナは、ぱっちりお目々をぱちくりさせる。
「うん、貴女。才能あるよ。……それに、」
ずいっとトルメイはテーブルに乗り出した。思わずルナは引き気味になるが、トルメイは遠慮無くルナの上体をじろじろと眺める。ややあって彼女は、何か気付いたことでもあるのか一つ頷くと、
「……その体、隅々まで調べたい」
「ひぃっ!?」
全身に悪寒が奔り、反射的に震える自らの体を抱き締めるルナ。トルメイの緑柱石の瞳が、まるで獲物を見つけた肉食獣のように光っている。――いや、これはマッドサイエンティストが見せる狂気だろうか。本能でそう感ぜられた。
「まままま待てぇぇぇええええええ――いッ!! ルナちゃんは私が貰うんだぁぁぁあああああああああああああ――ッッッ!!」
「変態は黙っときい」
ガバッ! と勢いよく起き上がったアルマの頭頂部を蹴り飛ばして黙らせるサリスト。サッカーボールのように吹っ飛んだアルマが隣のテーブルと椅子を巻き込んで大惨事を起こしている様に目もくれず、変態発言をした魔術馬鹿へと問いかける。
「なんや? あんさんが他人に興味を抱くなんて、珍しいじゃないですか」
「まぁ確かに私は凡庸なその他大勢に興味はない。でも、彼女は違う」
わりと酷い言葉をするりと零しながら、彼女は続ける。
「たぶん、人間じゃない」
……。
…………。
………………。
えらく真面目な顔で存在を否定されるとか、かなり精神にくるのだが。
人外だと言われてテーブルに突っ伏すルナを置いて、彼らの会話は続く。落ち込むルナの耳には入っていないが。
「人間種やないて……どういうことです?」
「妖精種でも小人種でもない。『負』寄りでもないから、魔人種とか鬼人種とかでもないと思う。獣人種は特徴がかなり表に出るから違うし、というかそもそもこの感じは……『三位の星者』か……或いはそれ以上?」
「……簡潔に言うてくれへんか?」
「いや……まさか、でも……さすがに『双星種』は……」
「……あーこれは駄目ですわ」
トリップしているトルメイとの対話を諦め、サリストは溜息を一つ。
「とりあえずルナちゃん、顔を上げてくれへんか? あとトルメイの言葉は忘れ……ちゃ不味い気がしないでもないですが、とにかく今は置いておいてください」
「うぅ……はい」
サリストに言われ、よしよしと頭を撫でてくるセリアの手をそのままに顔を上げる。ぶつぶつと自分の世界に入り込んで何事か呟き続けるトルメイを放って、サリストは口を開いた。
「ともあれ、トルメイはやる気みたいやし……正直旨味もなんもあらへんけど、この依頼、受けますわ」
「ほ、本当かい!?」
思わず立ち上がり、ぐいっとサリストに顔を近づけるセント。イケメンフェイスがぐっと接近したことに気圧されたのか、どことなく引き気味になりながら、サリストは頷き返した。
「そ、それでエエよな、ティアモット?」
逃げるようにサリストは残りのパーティーメンバーへと視線を向ける。
「ガッハハハハハ! そこの筋肉のある奴を我が輩が指導できるのなら良いぞっ!」
「ぐえ!?」
筋肉馬鹿に指名されたデルタが潰れた蛙のような声を漏らした。冷や汗を垂らし、何か危険でも察知したのか後退るデルタを、いつの間にか移動していたティアモットが決して逃がすまいとがっしり肩を組み、立派な胸筋を震わせて大声で笑い出す。
「ガッハハハハハ! 貴様の肉体には筋肉が良く映えそうだっ! うむうむ、この体のバランスはまさに筋肉を付けるために神が創りたもうたものだな! うらやましいぞっ!!」
「しっ、知るかっ! 別にオレは筋肉なんて……」
「しかし……ふむ、良いな。貴様の肉体は実に良い。この胸筋も、激しくいじめ抜かれたものではないが、鋼のように堅い……。なんという触り心地だ。我が輩の筋肉が嫉妬と羨望で震えているではないかっ! さぁ我が輩と共に語り明かそうぞ! 互いの筋肉を突き付けてなッ!!」
「ぎゃぁぁぁああああああホモォは勘弁だぁぁぁあああああああああああああ――っ!!」
(暫定)鬼人種の能力を全力で引き出して筋肉愛好家の腕から逃れようとするデルタ。しかしティアモットの腕力はただの人間種とは思えないほどに強く、びくともしない。……いや、胸筋やら腹筋やらは嫉妬と羨望で震えていたが(本人談)。
むっちり男臭い筋肉二人から逃げるように隣のテーブル(アルマが破砕した方とは逆)へと移り、それぞれ注文した飲み物を口にして気分をリフレッシュしてから、まず初めにぽつりとセリアが呟いた。
「……凄いわね。さすが厄介度A級パーティー……」
「いや別にパーティーランクがAなのは、ただボクらの平均レコードがAなだけなんですが……」
しかし受付嬢の言葉から、ギルドから公認されている問題児なのはもはや疑うべくもない。というか変人しかいないのだろうか、《黒金の剣》。
ともあれ、わざとらしくサリストが空咳を打つと、筋肉について(一方的に)語り合う二人をよそに、話を再開させた。
「というか、具体的にどういった修行がしたいん?」
「主に戦闘についてお願いしたい」
「戦闘……か。まぁ基本やな」
代表して答えたセントに、サリストは「ふぅむ」と短く唸り、
「ならやっぱり、個別に鍛えるのが一番やな。そんで、期間は?」
「どのくらいでマシになるか、いまいちよく分からないんだけど……あんまり長いと生活費が消え失せるから、長期は無理だね」
「んー……ならとりあえず、まずは七日にしましょかー。基礎くらいは身につくやろ」
短期間で技術の全てが身につくはずがない。けれど基礎を押さえるだけでも、大分違うだろう。特に自身の能力を把握しているセリアや、体格的に強そうなデルタなどは、たった一週間の修行でも即戦力になる可能性が高い。
「……頼んでおいて何だけど、本当に良いんですか? 仕事とか、あると思うんですけど……」
本当に今さらだし、ここで「やっぱり無理」とか言われたら非常に不味いのだが、それでもルナは聞かずにはいられなかった。
タメ口で話す許可を貰ったのに未だ敬語で、眉根を下げて上目遣いにサリスト達を案ずるルナ。その、狙った訳でもなく天然モノの動作は非常に庇護欲をそそる危険なもので、思わず鼻血を出すのではないかと危惧したサリストは反射的に鼻を押さえつつ、できるだけ不自然にならないような声音で答える。
「いや……問題あらへんよ。どーせボクらは長いことここから動けへんし。七日程度なら大丈夫や」
「そう……なんですか?」
「そうや。まぁちょいと事情があってな」
それ以上ルナ達が彼らの事情を深く知る必要はないし、またサリストも語る気はないのだろう。そこで会話は打ち切られた。
と、突如生まれた妙な雰囲気の間隙に、元気良く奇声を上げる変態がいた。アルマである。
「はいはいはーいっ! 私ルナちゃんを手取り足取り腰取り教えるって約束しましたーっ!」
「こ、腰取り……っ?」
ルナの絶句をよそに、アルマの言葉に異を唱えたのは、ルナの師匠役を条件に承諾したトルメイであった。
「駄目。赤髪ちゃんは私のモノ」
「なっ、なにぃっ!? 引きなさい魔術中毒者、この天使は私のモノよっ!」
「譲らない。赤髪ちゃんは私が貰う」
「ぐぬぬぬぬぬ……貴様のような魔術馬鹿の近くにいたらルナちゃんが汚れてしまうわっ! それを許せると言うのか? 断じて否っ!! だから私に寄こしなさいあぁクンカクンカしたいルナちゃんの甘い匂いに包まれて胸揉みしだいてベッドの上でキャッキャウフフ……☆」
――なおこの時、受付で話を盗み聞きしていた(というか声が大きくて嫌でも聞こえてきた)とある受付嬢は、「お前と一緒にいる方が汚れるわっ!」と叫んでいたらしい。そして「私が手取り足取り腰取りしたいーっ!」とも叫んでいたので、同僚がミンチにしてギルドの裏のゴミ捨て場に投げ捨てたという。南無三。
……そして結局、セントはアルマに、セリアはサリストに修行して貰うこととなった。
ちなみにアルマがルナを諦めたのは、セントが「ルナのマル秘エピソードでも語りましょう」と言って買収したからである。ルナは、私のマル秘エピソードってなんだろう? と思ったが、なんとなく訊いてはいけない気がしたのでやめておいた。
セリアがサリストなのは、「余りもの同士仲良くやりましょう」といった感じである。……平和なのか苦労性なのか、ともあれ気は合いそうだ。
『変人しかいないパーティー(ヒトのこと言えない)』
次回も宜しくお願いします。




