第十七話 何かを得るためには何かを犠牲に(以下略)
半月ぶりです。……え、エタらないですよ?
そして――おかえり、コメディ。
修行。
異世界生活三日目のルナ達に必要なのは、それだった。
「……とは言っても、当てはあるのかしら?」
宿の一階にある食堂で朝食に舌鼓を打ちながら、そう問いを口にしたのはセリア。彼女はルナと似たような服装――つまりこの世界で目覚めた時に着ていた、言わば『初期装備』に身を包んでいる。白い長袖ブラウスに、丈の短いスカートと黒のニーソックス。ルナとの違いは、チェック柄のスカートの配色が赤と白なところくらいか。食事中は脱いでいるが、外を出歩く時はこの上に上着を羽織るらしい。
「当ては一応、あるよ」
答えたのは、ギンガムチェックの上着を羽織るセント。前世の出自ゆえか上品な所作で朝食を口に運ぶ彼は、「というか、昨日も言ったと思うけど」と続ける。
「《黒金の剣》。あの人達なら、きっと無下にはされないはずだよ」
「まぁ確かにそうだけれど……でも、厚かましくないかしら? 知り合って三日程度の人間に時間を割けるほど、あの人達も暇じゃないと思うけれど。A級パーティーだし」
冒険者は危険な職業だから、基本的に暇はない。休息日であろうと、それは自身の肉体を休めるためのものだから、他人に時間を割く余裕はないはずだ。そもそも修行などという長い時間を必要とすることに、さして深い交流がある訳でもない《黒金の剣》が協力してくれる可能性は低いだろう。
となれば、もはや修行という選択肢自体消えかかるのだが……しかしセントは、セリアの言葉にも承知済みだと頷き、続けてこう告げた。
「なら、依頼を出そう。ちょこっと銭湯で情報収集してきたんだけど、指名依頼ってのがあるらしくてね。それを使って、《黒金の剣》に依頼を出せば良い」
「さすがセントさん、仕事が早いわ。……でも、あたし達みたいな初心者の依頼を、A級パーティーが受けてくれるかしら?」
「そこはまぁ、報酬でどうにかするしかないかな」
苦々しい顔でそう答えたセントは、懐から革袋を取り出し、テーブルの上に置く。ごとり、と重量のある音と共に、開いた口から金貨が零れ出た。
「お小遣いか?」
「違うから」
早々に振り分けられた財産を使い切った残念イケメン・デルタが目を輝かせて金貨に手を伸ばすが、パシリとセントに手を叩かれる。「ちぇーっ」などと口を尖らせるデルタを放っておき、セントは話を進めた。
「これを渡そう。幸いにも、あのポンコツ女神はこの世界の一般人にとってはそこそこの大金となる金貨を準備してくれていたようだ」
「金貨? 一応、大体のレートは分かったけれど、最初に貰った金貨八枚程度でA級パーティーを動かす報酬になるかしら? アホのデルタさんが無駄遣いした分もあるし」
「まぁね。昨日の採取依頼で手に入れた報酬も宿代なんかで消えちゃったし、みんなに分けたのを全部合わせても金貨十枚にすら届かない。そこは出世払い……はさすがに無理だと思うから、ここは悪辣非道な手を使おうと思う」
にやり、と口元を吊り上げるセント。爽やかイケメンが邪悪な笑みを浮かべるとすこぶる恐ろしいのだが、ルナが恐怖したのは、セントが意味ありげな視線でこちらを見たからだ。全身に奔った悪寒に対し反射的に自らの体を抱くルナへ、セントはあくまで微笑みながら告げる。
「さぁお仕事だよ、ルナ。キミの魅力に全てがかかっている」
「ひぃ……っ!?」
何を言い出すのだこの人は、と思わず椅子を蹴るようにして立ち上がり、セントから離れようとするルナ。しかしその体を押さえたのは、吸血鬼の身体能力を活かしてルナの背後に一瞬で回り込んだセリアだ。胸やら太股やらに手を伸ばして「うふふふ逃がさないわよルナちゃぁーん?」と耳元で囁くセリアに、ルナはびくりと体を震わせた。
「は、離してセリアさんっ! いったい私に何をさせるつもりなの!?」
「ふふふ、ホントはあたしも(ルナちゃんの体を独り占めしたいから)嫌なんだけど……でも、今回ばかりはごめんね。セントさんに賛成だから」
「今なんか小声で問題発言した気がするんだけど、本気で何をさせるつもりなの!? ねぇ!!」
セリアにぎゅむーっと抱かれながらジタバタと暴れるルナに、にっこり笑顔のセントが耳元で囁くように『作戦』を告げた。
その内容にルナは真っ赤な顔で絶叫し、セリアは「あたしがアルマさんと換わりたーいっ!」と嫉妬し、デルタは「動画撮りてえなー」などと宣い、セントはやはりにこりと笑った。
◆ ◆ ◆
三十分後、冒険者ギルドにて。
酒場になっている一階の一角にあるテーブル、そこで朝っぱらから酒がなみなみと注がれたジョッキ(アルマだけなぜかオレンジジュースだった)を片手にぐだぐだ駄弁っていたA級パーティー《黒金の剣》のところへ、初心者パーティー《セルデセン》が歩み寄った。
「おろ? どしたのルナちゃん、赤い顔でもじもじしちゃって。うぅ~ん可愛いなぁ」
どぅへへどぅへへと気味の悪い笑みを零すアルマ。アルコール類は飲んでいないので、たぶん雰囲気酔いというやつだろう。ルナは思わず一歩足を退きそうになる――が、真後ろのセリアがルナの逃亡を許さない。
「さ、ルナちゃん。行くのよ!」
「任せたよ、ルナ。キミが俺達の未来を背負っているんだ」
「さぁ魅せてくれ! あと動画撮りてえ!!」
「キミ達無責任すぎない!?」
堪らず絶叫するルナだったが、おかげで少しだけ羞恥が取り払えた……ような気が、しないでもなかった。いや、やっぱり無理だ。そんな単純に消えるような安い羞恥ではない。
けれど囃し立てる三人のため、というか自分自身を含めた《セルデセン》のため――ルナは決意を固める。
大丈夫だ。犠牲になるのは自分のプライドだけ。あと、もしかしたら貞操も危ないかもしれないが……そこはさすがにセント達が助けてくれると信じている。
キリッとした凜々しい顔つきになると、「よしっ」と一つ頷いて、――一歩、アルマへと踏み出した。
そして。
ふわり、と深紅の髪を靡かせながら。
アルマの胸の中へ、飛び込んだ。
「へっ!? ひゃ!? ふわわわあああああああああ――っ!? つつつっついに私の時代が来たのかかかッッッ!? ええええっとルナちゃんどしたのあー体柔らかいなむぎゅーっ!」
混乱し、暴走し、ぎゅうぎゅう抱きしめてくるアルマの胸元から顔を出して、ルナは上目遣いになると、事前にセントが用意した台詞を諳んじる。……なお、この時、ルナの目尻には恐怖からか羞恥からか、涙が浮かんでいたと明記しておく。
つまり――うるうるお目々で、超絶美少女はこうお強請りしたのだ。
「あ、あの……アルマさん。私に、手取り足取り教えてくれませんか……?」
「ひゃわぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ――ッッッ!!」
ぶばっ! とアルマの鼻が鮮血を噴いた。
「りっ、リーダーッ!? ついにリミット超えて昇天してしもうたかっ!!」
「ガッハハハハ筋肉が足りないなっ!」
「アルマの魅了耐性が雑魚なだけ。魔術を学んだ方が良い」
サリスト含む《黒金の剣》のメンバー三人がそれぞれ勝手なことを言って、噴水の如く盛大な鼻血を噴かせるアルマをなじった。なお、純粋に彼女の体調を心配している者は皆無である。さすがA級パーティー。……さすが、か?
ともあれ、予想外の反応にルナは降り注ぐアルマの鼻血に内心で絶叫しながら、それでも色々(プライドとかプライドとかプライドとか)を犠牲にしてしまった『作戦』を確実に成功させるため、ルナはアルマに縋り付くような体勢でアルマの耳元に口を寄せると、その美少女ボイスを最大限甘ったるくして囁いた。
「私達に、教えてくれませんか? 戦い方とか、その……あの、アルマさん達の、こととか」
「がふ――っ!?」
「私、知りたいんです。気になっちゃって……それで昨日の依頼も、ちょっとだけ失敗しちゃったんです。だから……」
ぎゅっと、自分から首に手を回し、それなりに豊富な胸を押しつけるような体勢で、ルナは零すように語りかけた。
「教えてください、貴女のことを。一日だけでも良いんです。知りたいんです、強さの秘訣を。貴女が生き残るために培った術を。私の体の隅々まで……教えてくれませんか?」
「――――ッッッ!! きゅ、きゅう……っ」
ぼふんっ! と沸騰したかのように真っ赤な顔になったアルマは、直後、目を回してだらりと体から力が抜けてしまった。
なお、その口から涎が零れて、「どぅへ、どぅへへへへ……て、手取り足取り腰取りルナちゃんにどぅふふふふふ……」などと譫言のように繰り返していたが、皆そっと耳を塞ぐことにした。
今年ラストだからとはっちゃけました。でもこれが許されるのがコメディですしね。ですしね!
ではでは、皆様良いお年を。
そして来年も宜しくお願いします。




