第十四話 ガールズ・トーク
お久し振りです、というか一ヶ月ちょい経ってますね。
ええ、コレには深い深い訳が……ってただ単に『白百合の姫』の方ばっかり書いていたからですね。申し訳ありません。
因みにコメディ皆無です。久し振り過ぎてコメディ脳がどっかに行ってます。……まぁ重要な話なんでコメディにはできないのですが。
『数年後の自分の姿って、幼い頃ほど想像できないものよね』
――いつぞやの声が、聞こえた。
恐らく初日に見たあの夢の声と同じ人物からの啓示。柔らかく甘い、けれど絶望的なまでの猛毒を含んだ、人を堕落させぐずぐずに溶かし込んでしまう無償の愛。
その、抗えない劇薬が、直接心に流れ込んでくる。
『でも貴女は、目先の一年二年じゃない……千年後に、必要な存在なのよ』
……正直、そんな事を言われても想像が追い付かない。たかだか十七年程度しか生きていないただの男子高校生が、寿命の十数倍の年月を考えろと言われても無理があるだろう。
『あぁ勿論、この後すぐにも必要な人材よ。一年か二年か……もしかしたら一週間後かも知れないけれど、その時に起こる「大戦」のキーとなる人なのだからね』
(……大戦?)
声を出そうとしたが、口が動かなかった。というか全身の感覚すらない。ただただ、見知らぬ誰かからの啓示を受け入れるだけ。
けれど何故か、聞こえていないはずのルナの問いに、声は答えてくれた。
『ええ、大戦。「星」と「星」が覇権を巡って争う、神々の戦争。人間にとっては傍迷惑な事かも知れないけれど……神や魔術師にとっては絶対に逃がせない「チャンス」なのよ』
説明が分かり辛い、というかルナの知らない情報を常識のようにぶつけられているので分かりようがない、というべきか。恐らく相手はそれで伝わると思っているのだろうが、全く以て理解できない。
そんなルナの困惑を他所に、彼女の独り語りは続く。
『だから、それまで力を付けておいて頂戴。千余年後に戻ってくる「あの人」が、美しい物語を紡げるように』
――ともすれば永遠に語り続けそうな彼女に、何故だかルナは腹が立った。
そして――どうしてもこの一言をぶつけなければならないと、直感的に思った。
感性の狂った存在が愛した……いや、愛してしまったその人物を救うために。
――いや、或いは。
そのために利用される多くの人達の怒りを、怨みを、慟哭を、届けるために。
たとえ、無意味な行為だと知っていたとしても。
そして、少女は告げる。
◆ ◆ ◆
「――――――――」
◆ ◆ ◆
「……ルナ?」
訝しげというより心配を多分に含んだ声で自分の名を呼んだセリアに、ルナはビクッと体を震わせた。
「あ、れ? ……ここは、」
「銭湯よ。……大丈夫? ぼーっとしていたけど」
言われ、ルナはようやっと今の状況を思い出した。
初依頼の薬草採取の途中で遭遇した角兎との散々な戦闘を経て修行が必要だと自覚したルナ達は、とりあえず陽も大分落ちかけていたので、一度街に戻って依頼分の薬草を納入し、近場の宿で部屋を取った。そして宿で出してもらった夕食を戴いた後、汚れた体を清潔にするために街にある共同銭湯にやってきて、今セリアと二人で湯に浸かっている。
(……今のは、夢?)
前も夢だった。そして多分、今も。
最後に言った一言がどうしても思い出せないのも、きっと、夢だったからだろう。
「……本当に大丈夫?」
黙りこくってしまったルナを心配したセリアが顔を覗き込んでくる。ルナは大丈夫だと返すため顔をセリアの方へ向けようとして――すんでのところで思いとどまり、視線を前へ固定したまま返事をした。
「うっ、うん、大丈夫だよ。久し振りに落ち着けて、ちょっと意識が飛んでたみたい」
「そう……まぁ、疲れたわよね。何気にお風呂も二日ぶりだし、寝ちゃう気持ちも分かるわぁ」
不自然に視線を向けないルナの不審な挙動に気づかず、セリアは水滴を弾く瑞々しい柔肌に湯水を掛ける。
そんなセリアの色香溢れる所作をちらりと盗み見たルナは、水温以外の要因で顔に熱が上るのを感じていた。
(あぁぁあああなんか疲労とかこれからの生活への不安とかですっかり忘れてたけど、私って今、体は女の子だったんじゃん! 女子風呂に入るのが当然じゃん! 女の子のアレやソレがチラリズムどころかもろ見えする夢の花園に突入しちゃうのが自然な流れだったんじゃんっ‼)
もうすっかり意識から吹っ飛んでいた気もするが、ルナの前世――文月祐希は男の子である。盛り頃の男子高校生である。性に関するアレやソレに興味津々な思春期の男児なのである。
つまり合法的に秘密の花園でゆったりしている現状は、まさに思春期男子の夢を叶えた瞬間なのだ。……まぁ街の共同銭湯だから、あまりゆったりできる訳でもないのだが。
そして隣には銀髪美少女。ともすれば肌が触れてしまいそうな距離で無防備な裸体を湯に沈める彼女の色香は、男の理性など一個大隊纏めて吹き飛ばすほどの威力を秘めている。
が、幸か不幸か、今のルナに勃つモノは無い。
よってルナの邪な気持ちがセリアにバレる事もなく、二人は並んで風呂の縁に背中を預けていた。
(……いやまぁ有ったら一緒にお風呂に入ってないけどね)
そして、実は思っていたより落ち着いていた。
最初は勿論慌てていた……のだが、文月祐希だった時代、姉達や妹の所為で――この場合はお陰で、かも知れないが――女体を見る事には誠に憤慨(?)ながら慣れてしまい、世間一般の男子よりかは落ち着くのが早かった。そして順応するのも異様に早く、セリアに怪しまれる事もなかった。
(……というか、言った方が良いのかな? 私が……前世、男だって)
自分は前世男だったと、未だに彼女に――というかセントやデルタにも、伝えていない。
仲間内で隠し事は良くないと言うし、それが性別のような人間関係に直結するような事象なら尚更だ。けれど、なかなか言い出す機会に恵まれなかった。
――いや、言えなかった、のだろうか。
どうせもう女の体になってしまったから。元に戻る方法なんてそうそう見つからないのだし、わざわざ面倒事を招きそうな事なんて隠しておけば良いのだ。自分が言わなければバレないだろうし。
そんな卑怯な考えが、陋劣な本音が、告白する機会を悉く無駄にしてきた。
時間が無かったのも事実。だけれど一番の原因は、ルナの心にある。
「……言わなきゃ、駄目だよね」
「なに、隠し事?」
ぽつりと呟いたルナの声を拾ったセリアが、何故かにやけ顔で訊いてくる。
けれど考えてすぐに――というか女子風呂に居る今カミングアウトできるはずもなく、ルナは曖昧な笑顔を浮かべて、
「あはは……ちょっと、ね。いつかは言うよ」
「そう? ふふふ、気になるなぁ」
「え、と。今はやめてね。その、覚悟が足りないっていうか何というか……いつか、絶対に言うから、その時まで待ってほしいかな」
『いつか言う』――そう繰り返して、問題を先延ばし。機会が来てもまた渋ってしまうかも知れないが、それでも今はそうするしかなかった。
「ん……なら待つわよ」
不格好な笑みを作って話を終わらせようとするルナに、しかしセリアは優しい微笑みを湛えてそう言った。
「……ありがとう、セリアさん」
「うんうん、女の子には隠し事の一つや二つはあるものだからねぇ」
――そもそも女の子ではなかったのだが、ルナは苦笑を浮かべるだけであった。
と、それから湯にじっくりと使って体の芯まで温める二人。他の客も幾人か居るのでそこそこ騒がしかったが、静かにぽつりぽつりと散発的な会話をしていた時、ふとセリアが切り出した。
「そういえば……前世の話、あんまりしてなかったわね」
「はひっ⁉」
心臓が飛び出るかと思った。まさか早々にカミングアウトの機会が巡ってこようとは。……流石に女子風呂で裸を晒したまま言える訳がないのだが。
「……どうしたの?」
「え⁉ いや、その……吃驚しちゃって」
「吃驚? なんで?」
「あー……えっと。いきなりだったから?」
苦しい言い訳、というか意味が分からない理由を口にしたが、セリアは特に気にした様子もなく、「そう」と納得してくれた。
「それで、前世の話なんだけど……ほら、男がいると話し難い事もあるじゃない? そういうの話しましょう」
「え」
いや自分も男だったんですけどその場合どうすれば良いんですか⁉ などと言えるはずもなく、「そうだね……」と掠れた相槌を打っておいた。
ルナの同意を得たセリアは、「そうね」と語り出す。
「まずは……まぁ言い出しっぺだし、あたしから適当に話しましょうか」
銀髪の少女は垂らした長い揉み上げを指先でくるくる弄りながら、
「あたしのセリアって名前……オンラインゲームのキャラクター名から取ったって言ったわよね」
「ええと……自己紹介の時だよね」
「そ。で、やってたのは一時期騒がれたART。プレイすると異世界に行けるって言われたやつ。親友を誘って結構長い間やってたのよ」
どんなものであれ、デマや迷信はつきものだ。それが有名になるほど変な噂が出てくる傾向が強い。しかしセリアが挙げたART――Arcadia Tracerというゲームは、冗談ではなく、本気で異世界に行けるとまで騒がれたある意味有名なゲームなのだ。
実際に異世界に行った人間がいるかは分からない。けれど、プレイした人間が失踪したという情報自体は、ネット上でまことしやかに囁かれている。……あくまでネット上なので必ずしも情報が正しいとは言えないが、噂される程度には事件が起きていたのである。
「ARTで、あたしが使っていたキャラクターがセリア。……これでもあたし、有名クランの一員だったのよ?」
「えっと……ARTはやった事が無いので……」
「そう? 結構楽しかったんだけどね」
最新技術を注ぎ込まれ、リアルと見紛うフィールドやモンスターが描写されるというそのゲームに興味が無かった訳ではないのだが、何となくやる気が湧かなくてルナはやった事が無い。そのゲームをやった友人からも勧められ、誘われたが、いつも家の事があるからと断っていた。
「それで、ね」
ふと、語るセリアの表情に影が落ちる。瞼を伏せた銀髪の少女は、疲れたような溜息を零しながら、
「ある日突然、あたしが誘って一緒にARTを始めた親友が……消えちゃった。……多分、都市伝説に巻き込まれたのかも知れないわ。ホントのところは、何も分からないんだけどね」
「――――」
何と声を掛ければ良いか分からず、ただただルナは沈黙を保つばかり。
そんな赤髪の少女の表情を横目で見たセリアは、淡く儚い笑みを浮かべた。
「ただの都市伝説だって、思うわ。噂、迷信……こうだったら良いなっていう願望が生み出した、面白おかしい怪現象。でもね、あの娘が居なくなったっていう事実は変わらない」
パシャン、と湯水を体に掛ける。外気に触れていた肩はすっかり冷え切っていて、熱めの湯が少しだけ痛い。
「……でも、あたしは異世界に来た」
――そうだ。異世界は、在る。それは何よりも自分達が証明している事ではないか。
「だからね、在るかも知れないの。『ラグナスヘイム』だけじゃない。あたしが、あの子が、あのクランが過ごした、ゲームの世界さえも」
確証は無い。けれども否定材料も無い。
更に、とセリアは続ける。
「あたしね、あんまりこの姿に違和感が無かったのよ」
「……え?」
前世の自分とは全く姿形が違うのだから、多かれ少なかれ違和感は湧くはずだ。ルナは性別すら違ったのだから違和感は凄まじかったが、たとえ性転換現象が起こらなかったとしても、十七年もの間動かしていた肉体と違うモノを扱うのは多大な違和感が生まれるはず。
しかしセリアは、色香の濃い妖艶な笑みを作り、そして告げた。
「ねぇ、あたしが吸血鬼だって言ったら、どうするかしら?」
わりと一話一話で話が纏まるようにしていた……ような気がしないでもないのですが、がっつり続きっぽくなってますね。はい、なるべく次は急ぐようにします……。
次回も宜しくお願いします。




