第十三話 薬草採取とリベンジバトル
前半コメディ(?)、後半シリアス気味です。
というか、やっとまともに(……とはまだ言い難い?)バトルします。
「薬草採取と言えば!」
「……またそれかい? いい加減にしなよ、デルタ」
「えぇ……なんか冷たくない?」
二度目はセントに妨げられてやらせてもらえず、肩を落とすデルタ。そんな事より薬草採取に集中してほしいと思うルナであった。
図書館での調べものを終え、軽く昼食を(ルナ達が調べものしている間に食べまくっていたデルタの案内というのが非常に憤慨だったが)取った後――場所は変わって、森の中。見渡す限り木、木、木――というほどでもないが、薄暗く若干体感温度が低い程度には植物に囲まれた場所で、新人冒険者パーティー〝セルデセン〟は初依頼に挑んでいた。
まぁ内容は薬草採取だし、場所はセルハマ大森林という深くまで潜らなければ大して危険な獣もいない別名『初心者の森』なので、意気込んで臨むにしては物足りなさが拭えないが。
とはいっても、兎一匹殺すのに苦労するメンツだ。気は抜けない。
気は抜けない……のだが、どうにもデルタが五月蠅くて集中が途切れ途切れになる。
「……それで、何が言いたかったんだい?」
ぶーぶーぐちぐち絶えずに愚痴を漏らすデルタに耐えかねて、セントが問い掛けた。やっと構ってもらえた構ってちゃんは途端にキラキラと目を輝かせて、
「そう、そう! 薬草採取と言えば――不意打ち気味のゴブリンとの遭遇だっ‼」
……聞かなかった事にして、三人は黙々と作業を続けた。
「いやいやいやちょっとは反応しようぜ⁉ 流石にお前ら冷たすぎだろ!」
「言ってる事のレベルがあたし達に合わないから、相手にしなくても良いかなって思っちゃうのよね」
やや過激に訳すると「テメェと会話する価値なんざねぇんだよ黙ってな愚図が」という意味の台詞を零すセリア。顔色一つ変えず、ついでに視線すら向けずに絶対零度の言葉をぶつけるのだから、なんとも恐ろしい少女だ。
「美少女の罵倒はご褒美だけど優しい対応もしてほしいんだが⁉」などと宣うデルタを完全スルーして目的の薬草を探す三人。こいつに付き合うのは時間の無駄だと、言葉に出さずとも通じ合っていた。
「えええ⁉ マジでスルー? リアルに無視? コンプリートリーティな感じでイグノーアでございやすか⁉」
「「「…………」」」
「ちょ、本気? お前ら本気で無視しちゃう系なの? いっその事プレイなの? 嫌よこれあんまりボク嬉しくないや!」
「「「…………」」」
「おーい、おーい? いやいや、いくら何でも冷たすぎると思うぜ? そりゃ確かに薬草採取なんて詰まんない作業だけどさ、黙って作業するのもなんか違うじゃん。だからこそこうやって楽しんでいっちゃおうってオレのすんばらすぃー気遣いなんだが? あ、なんかオレ良い事言ってるっぽい。ぐふふふふ」
「だぁぁああああああうるっさいわ糞デルタァァアアアアアアア――ッッッ‼」
ついにセリアがキレた。……この娘、本気でキレると口が悪くなるようだ。
セリアはガッ! と勢いよくデルタの胸倉を掴み上げて、
「アンタは黙って作業できないの⁉ 喧しいというか鬱陶しいのよ! つぅか邪魔! 害悪‼ あたしとルナちゃんの二人でラブラブほのぼのな雰囲気ぶち壊さないでくれるかしらッ⁉」
「え、俺は居ない事になっているのかい?」
セントの抗議はスルーされた。そしてルナは、セリアの怒りが微妙にズレていて口を挟む気すら失っていた。
けれども突発的怒鳴り合いは続く。
「はぁぁあああああ⁉ なぁにがラブラブほのぼのな雰囲気だぁ⁉ テメェ、ルナちゃんに話しかけてすらいなかったじゃねぇか‼」
「あたしはルナちゃんの隣に居られるだけでハッピーなのよ! 確かにあわよくばガールズトークに花咲かせてボディタッチ込みのスキンシップをキャッキャウフフな感じでして昂ってきちゃったら胸とか脇とか太腿とかその他諸々なところをペロペロ嬉し恥ずかし組んず解れつしたいとか思っちゃってるけれど‼ そのうちディープなキスまで頂いちゃいたいとか思っているけれどッ‼ あたしは例え蛇蝎の如く嫌われていようと超絶美少女をこの目に収められさえすれば幸福なのよッッッ‼‼」
「え、えぇー……」
流石のデルタもドン引きだった。そしてセントは何故か目を輝かせて「素晴らしい……実に素晴らしい心掛けだ! セリア様と崇めさせてもらっても⁉」などと頭のおかしい信仰を始めようとしていた。なのでルナは、彼女達から十数メートルほど避難しておく事にする。
「ここに『美少女を愛で隊』を結成するわ!」などと妙な盛り上がりを見せているセリアとセントの熱い握手を尻目に、ルナは黙々と薬草を袋に詰める。……仕事しようよ、皆。
因みに今ルナが集めているこの薬草は、煎じて傷口に塗ると殺菌と治癒力上昇の効果があるらしい。RPGよろしく飲むだけでHPが回復するポーションのような便利なものではなく、あくまでも治癒力上昇、多少治りが早くなって傷口が綺麗になり易いだけだ。
高位の薬剤師や錬金術師が作る、効果は高いが値段も馬鹿高い薬には一瞬で傷が癒えるものも存在するそうだが、そこらの冒険者がお目に掛かれるものではない。そういう高級品は〝黒金の剣〟のようなA級パーティーやお貴族様がいくつか非常時のためにストックしている程度だ。部位欠損まで治せるような奇跡の霊薬など、大国に献上すれば一生遊んで暮らせるような莫大な金貨が手に入るだろう。――と、そういう世界らしい。
だから無闇に傷を作る仕事をする奴は馬鹿だ。死が隣り合わせな生活など、阿呆にもほどがある。
それでも冒険者はまだ見ぬ秘宝を求めて迷宮に挑むのだから、なかなかどうして救いがたい。……まぁ、自分も成り行き上とはいえ冒険者なので、とやかく言えないのだが。
とはいうものの、薬だけが回復手段かと言われればそうでもなく。この世界には魔術や霊素術などという超常の業が存在するので、そこまで怯える必要はないだろう。……パーティーメンバー内に使える人間はまだいないだろうから、現時点では気を付けなければならないが。
だが魔術や霊素術でも部位欠損の回復は難しいらしい。なので、脚や腕は失わないよう細心の注意が必要だろう。……そもそもそんな事態に陥ったのなら、大抵の場合そのまま死んでいるような気もするが。
「……ん?」
と、不意に視界の端に白いものが映って、ルナは顔を上げた。視線を巡らせ、視界を掠めた柔らかそうな白い毛を追う。
そして目に映ったのは、なんとも愛くるしい兎。くりっとした赤い瞳がとてもとても可愛らしく、もふもふの毛並みは抱き着いてゴロゴロしたいという抗い難い欲求を刺激してくる。
「わぁ……か、可愛い…………、って」
頬を赤らめて思わず欲望のままに抱き枕にしようと近付きかけて――ルナは、ハッと気付いた。
兎。愛くるしい、白い毛と赤い瞳の獣。
――その額に角が生えた、狂暴な雑食動物。
「ひッ」
小さく悲鳴を上げたルナ。それに反応してこちらを見たセリア達も、角兎の存在に気付く。
図書館の情報収集にて知った彼奴の正式名称は、角兎。見た目そのままの名前だが、その角は人の肉など容易に貫き、骨まで抉るほどの凶暴さを秘めているという。
異世界転生後、最初に遭遇して、一度は逃げ出した相手。
二度目は戦闘技術をある程度会得していたセントのお陰で討伐に成功したが、黒狼の所為ですっかり食いそびれていた因縁の獣。
それを前にし――まず最初に動いたのは、デルタだった。
女神アストレアが用意した家から拝借してきた長剣を腰の鞘から抜き放ち、角付きイケメンは獰猛に吠える。
「――串刺し肉ぅぅぅうううううううううううううううう――ッッッ‼‼」
……全ては、食い気であった。
けれど威嚇としては十分。勢い良く地を蹴った食欲魔人は、型も何もない粗雑な剣技で兎を攻撃した。
「キュピィッ」
「焼肉! 黄〇のタレ! 上手に焼けましたぁぁぁああああああ――ッ‼」
小さな体を活かした軽快な跳躍で回避する角兎、めげずに何度も何度も剣を振るうデルタ。まさに焼肉定食……もとい、弱肉強食の戦いである。
角付き――即ち地球で言う一般的な人類である人間種ではないためか、デルタの力は常人よりもかなり強いようで、一振り一振りで巻き起こされる剣圧は凄まじい。けれど一度も正当な剣術を習った事がない所為で、その剣は酷く雑だ。これではすばしっこい相手には当てる事は難しいだろう。
案の定、デルタの剣より先に角兎の体当たりが鳩尾にクリーンヒットし、胸を押さえて蹲るデルタ。「ぐおぉぉお」と呻いているところを見るに、相当痛いらしい。体は丈夫に見えたが、生物の構造上の急所が脆いのは異種族でも変わらないようだ。
勝ち誇る角兎は、更に追撃を加えようと凶悪な角を前にしてデルタへ跳びかかるが――しかし横からセントが蹴り飛ばし、デルタは難を逃れる。デルタの感謝の言葉はくぐもっていて聞き取り難かったがセントには伝わったようで、緑髪翠眼の暫定妖精種は手ぶりで休んでおいてと伝えると、剣を抜き放ち角兎と相対する。
セントの長剣を握る姿は、完全初心者のデルタと違っていて様になっている。細身で甘い顔立ちのイケメンが空気をピリッと張り詰めさせ鋭い緊張感を醸し出す様子は酷く麗しい絵になり、思わず見惚れてしまうほどであった。……その剣を向ける相手が兎なのが非常に残念だが。
「――ッ、ルナ!」
思わず魅入っていたルナは鋭く名を呼ばれ、脊髄反射的に身を屈めた。――その咄嗟の行動が功を奏し、頭上を鋭い何かが引き裂いて髪を数本持っていかれるが、辛うじて後頭部を貫かれるという最悪の事態は避けられる。
回避後、急いで上体を起こしたルナの目に映ったのは――角兎。愛くるしい姿を持つ小さき獣は、その紅い捕食者の目をギラつかせ、獲物に狙いを定めていた。
「二羽目――⁉」
「いえ、五羽はいるわ!」
単一で狩りをする獣は少ない。複数で追い詰めた方が効率が良いからだ。
だから当然、一羽見つけたらまず周囲を窺うべきだった。そうすれば、最低でも不意打ちは避けられた。
しかし今悔やんでも仕方がない。ルナも腰に付けた鞘から短剣を抜き、構える。
「……ルナって、もしかして戦闘訓練を受けた事があるのかい?」
「え?」
「いや……何でもないよ。後にしよう」
ふと、短剣を構えるルナの姿を横目に見たセントがそう問いかけてきたが、戦闘中なのを理由に会話を中断させる。もう完全に彼の意識は目の前の角兎に向いていたので、ルナも面前の敵へと注意を戻した。
本来、新人冒険者の練習相手になる程度の強さの角兎だが、しかしルナ達には厳しい相手だ。なにせ生き物と言っても蟻とか蚊とか蜘蛛程度しか殺した事のない現代日本人、ゲーム最序盤でエンカウントする雑魚がボス級の強敵なのである。
けれども、いつまでもびくびく怯えている訳にもいかない。
非常に不本意だが――と言いつつも未だに「やらない」とも言わない天邪鬼だが――冒険者として登録した以上、戦っていかねばならないのだ。いずれはゴブリンやオーガなどという凶悪な魔物にも立ち向かう時が来るのだろうし、小動物程度に後れを取るなど情けなさすぎる。
「――やら、ないと……」
斬る。突く。ゲームであればボタン一押しで終わる程度の動作が、現実の肉体を伴うと刃が酷く重く感じられてやり辛い。
額から、頬を伝って汗が流れ落ちた。ぺろりと小さな舌で牙を舐める兎の行動一つが、身が竦むほどに恐ろしい。
――これが、殺し合い。
相手は雑魚中の雑魚で、冒険者から見たら嘲笑もののお遊びだが、ルナにとっては一世一代の大勝負。緊張で心臓がバクバクと暴れ、いくら空気を吸っても満たされないと呼吸が荒くなる。
己の心音と息遣い以外何もかもが聞こえなくなった世界で――初めに動いたのは、角兎だった。
「ピギャッ‼」
角を突き上げる突進、というよりは発砲された弾丸に近いか。どこにそんな跳躍力があったのかと思うほど俊敏で強力な頭突きは、当たれば確実にルナの腹に風穴を開けるだろう。
けれどもそう易々とやられる訳にもいかない。ここは慎重に躱して――。
「ッ、きゃ⁉」
無理があった。いや分かってはいたが、見てから長々と考えているうちに殆ど距離を詰められていて、辛うじて身を捻る事で腹部から血液噴水状態にはならずに済んだが、左腕を掠ってしまった。白のブラウスが破れ、血が滲む。
「う、うぅ……」
ジンジンと痛む左腕に涙目になりながら、第二ラウンド。再び二者は互いに得物を向けて睨み合う。
風が流れ、ルナの美しい赤毛を攫っていく。キラキラと陽光に照り輝く髪は絹糸よりも柔らかく滑らかで、宝石よりも綺麗に映えた。
まさかそれに目を奪われた訳ではないだろうが――いや、ないとも言い切れない現象ではあったが――、角兎が一瞬体を硬直させた隙に、ルナは地を蹴り短剣を突き出す。
しかし前世はともかく、今世の身体は女性のもの。大した訓練もしていない華奢な少女が繰り出す刺突は、角兎の皮膚を浅く削る程度であった。
狙いは驚くほど悪くない。まるで生き物を殺す刃物の扱いをあらかじめ知っていたかのように、疑問を挟む余地もない流れるような動作だった。
けれど筋力はどうしようもない。細く柔らかく筋肉など知らないかのような少女の腕では、前世の弱くて若干コンプレックスだった握力にすら敵わないだろう。
けれどその手に持つ短剣の刃は本物であり。
何より、火事場の馬鹿力は軽視できない。
「ゃ、あ、ぁああああああああ――っ!」
人は叫ぶ事により脳のリミッターを一時的に解除するという。今回はそれも手伝ってか、ルナは普段以上の力を引き出し、角兎の肉体を背中から一突きで貫いていた。
地面に短剣が縫い付けられ、僅かに開いた隙間から噴き出す鮮血。遅れて肉を抉る感触が腕から体に這い上がってきて、ルナはぶるりと体を震わせた。
――不快。気持ちが悪い。全身の肌が粟立ち、酷い嘔吐感が込み上げてくる。抑え切れない拒否感がぐるぐると頭の中を巡って、今にも倒れてしまいそうだった。
「――ルナちゃん!」
自身の、新しい名を呼ぶ声。次いでルナの体が優しく包まれる。
セリアだ。銀髪の少女が、ルナの体を抱き締めてくれている。
「大丈夫……大丈夫よ。落ち着いて、深呼吸して」
ルナより約十センチほど高い彼女のやや薄くも柔らかな胸に顔を埋め、ゆっくりと息を吸い、吐き出す。セリアの甘い香りが脳を揺さぶり、男の肉体であれば別の意味で倒れそうだったが、しかし今は心を落ち着かせてくれた。
一、二分ほどそうしていただろうか。
セリアの心音を聞き甘い香りに包まれているうちにすっかり落ち着きを取り戻したルナは、「もう大丈夫」と体を放す。セリアは少しばかり名残惜しそうにしていたが、ゆっくりと解放してくれた。
「ありがと、セリアさん」
「落ち着いたなら良かったわ。役得だったし」
にっこりと微笑む彼女はいつも通りだ。――やはり彼女も少しだけ辛そうにしていたが、ルナを堪能する事で回復したようだ。……これ、こっちもお礼を言われても良い気がするルナであった。
「さて」
と、いつの間にか全ての角兎を仕留め終え、後始末まで終えたセントが皆を見渡しながら切り出した。
「これで一応、三度目……黒狼を合わせると四度目の戦闘だった訳だけど。正直、拙いよね?」
語尾に疑問符はついていたが、断定する台詞だ。勿論自覚している皆は、頷いて肯定を示す。
雑魚・オブ・雑魚の角兎相手にこのざま。ゴブリンなどの人型に遭遇したら、恐怖で身が竦んでしまい、碌な対抗もできず蹂躙されるであろう貧弱な戦闘力。
これは流石に駄目だろう。
だから、とセントは言い放つ。
「修行しよう。師は何とか〝黒金の剣〟辺りに頼み込んで、最低限ゴブリンに遭遇しても死なない程度の力をつけよう」
皆、彼の提案に、いつになく真剣に頷いていた。
……約一名、修行という男心擽るワードに目を輝かせている阿呆もいたが。
ルナのスキル『魅了A』が発動! ホーンラビットは見惚れて動けない!
……という感じでした。
次回も宜しくお願いします。




