第十一話 初依頼といえば
遅くなってしまい、申し訳ありません。
約三週間ぶりって……本当にすみません。
「冒険者の初クエストといえば!」
依頼やら魔物の情報やらが出てくるたびに規律もなく次々張られた結果、重なるわ破けるわで混沌としてしまった掲示板。その前に仁王立ちしたデルタの言葉が、今の無駄に堂々としたものである。
そんな割とどうでも良い切り出し方だったが、内容自体は自分達にも無関係ではないので、順に答える事にするルナ、セリア、セント。
「薬草採取」
「食用兎狩り」
「掃除、届け物などの雑用」
「ちっが――――うっ!」
なんとも夢の無い発言の数々に、地団太を踏み絶叫するデルタ。何がいけなかったのか本気で分からない三人は首を捻る。
「なんで分かんないんだよ⁉ お前らそれでも現代っ子か!」
「いや現代っ子ではあったけど、誰もが異世界転生ものを知り尽くしてて当たり前ーみたいに言われても……」
確かにルナも現代の異世界転生ものラノベの多さの問題でいくつか読んだ事はあるが、流石に定石を全て把握するほど中毒的に読破してはいない。そう訴えるも、しかしデルタは納得いかないようで、
「別にラノベだけじゃねえ! RPG――そうだ、あの国民的RPGの依頼を思い出してみろ! 最初の村にいる人間から受けられるクエストは何だ!」
「えっと……Ⅸだと、まだらくもいとを入手するんだっけ」
「あー、アレね。村の外に出てキラキラしたところでAボタン押して採って来るやつ。最初の村で買えるちょっと強い剣を買うために売っちゃってたから、採りに行くの面倒臭かったわ~」
「私もそうしてたなぁ。……で、それが?」
思わずセリアと某国民的RPGの話題で盛り上がりそうになったが、本来の話を思い出してデルタに問い掛けるルナ。するとデルタは、ルナの答えが予想外だったようで、呆けたような顔をした後、焦ったように早口で話し出す。
「いや、いやいや確かにそうかもしれないが……待て待て待て! お前ら常識的に考えてみろ!」
「常識的に考えたら、堅実にコツコツできる採取系依頼?」
「ちっげーよ、そんなちまちましたもんできるかっ!」
常識的に考えろと言われたから常識的な答えを返したのに否定され、ルナは釈然としないが、とりあえず先を促す。
否定やら指摘やらで台詞を妨げられなかったデルタは気を良くし、(彼的に)格好良いポーズを取って言い放った。
「初クエストといえば、勿論――ゴブリン討伐!」
「却下」
「却下よ」
「却下だね」
問答無用で否を下す三人。が、普通に考えれば当たり前である。
けれど普通に考えられない――というかラノベ脳で夢と現実がごっちゃ気味になっているデルタは、三人の一斉否定に驚愕の表情を浮かべた。
「何故⁉ いやお前ら、最初のクエストっつったらゴブリン討伐だろ⁉ 定番だろ⁉ テンプレだろ⁉」
「あのねぇ……テンプレでも天麩羅でもなんでも良いけど、ここは現実なのよ? ゴブリンみたいな気持ち悪い魔物、初っ端から相手にできる訳ないじゃない」
そもそも、あの角兎すらまともに戦えたのはセントさんだけだったのに――と、セリア。
まだ一度もゴブリンを見た事がないので気持ち悪いかどうかは不明だが、まぁ印象は悪い。ゴブリンと聞いてまず思い浮かべるのは、緑色の肌の酷く醜く不衛生で女を繁殖道具だとしか見ていない小鬼なのだ。男ならともかく、女が積極的に狩りに行こうと思える魔物ではない。
セリアの言葉にルナも同意するように頷く。セントも同じように頷きつつ、――けれど若干の呆れを含んだ表情で、
「本来はゴブリンって言ったら、邪悪な精霊だとか悪戯好きの妖精だとかなのに、ゲームとかファンタジー小説とかの影響ですっかり醜い化け物扱いだよね。ノームとかドワーフの仲間だって書かれた伝承もあるのに」
「へー、そうなんだ」
相変わらず何故知っているのか不思議な知識を披露するセントに、素直に関心するルナ。その純粋さにセントは苦笑し、セリアは「純粋ルナ……超キュート!」と頬を上気させながら抱き着き撫でまわす。
そんなぽわぽわした百合風景を眺めて……ややあってハッとしたデルタが、
「……ってイチャイチャしてんじゃねぇよ! いや見ていたいけども、そうじゃねぇ!」
「どうしたのよデルタさん。あたしとルナのラブラブタイムを邪魔しないでくれるかしら?」
「ここにスマホがあったらじっくり写真撮ったり録画したりしていたかも知れないが、今は依頼の話だ! なんでゴブリン駄目なんだよ!」
デルタの怒声を聞き、まだ納得していなかったのかこいつ、とでも言いたげな表情のセリア。彼女はルナをお気に入りの人形のように時折頬ずりしつつ抱きしめながら、
「だって、戦えないでしょう?」
「い、いざとなればできる!」
「……ま、そう思っておくのは自由だけど」
そのいざという時にできていなかった風景を脳裏で思い出しながら、セリアは続ける。
「そもそも、碌に情報もないうちに危険に飛び込む気? 自殺なら一人でしてなさい」
「ぐ……じゃあお前は何の依頼を受けんだよ?」
「うーん、そうねぇ……」
ルナを抱え上げて――その筋力に驚愕してルナは動けない――セリアは掲示板の前に立ち、情報やら依頼やらを吟味する。
ゴブリンの討伐、レッドラビットの討伐、サイクロプスの目玉採取――そんな多量にある依頼群。その中から、セリアが選んだのは――。
「…………薬草採取?」
◆ ◆ ◆
チュートリアルとしてはちょうど良いんじゃないかしら? というセリアの意見にルナやセントが賛同した事により、そして何より冒険者先輩である〝黒金の剣〟の皆や初心者冒険者の扱いになれている受付嬢のアドバイスもあり、〝セルデセン〟の初依頼は薬草採取になった。
といっても、結局採取する薬草の種類もきちんと知らなければ依頼達成できないので、まずは図書館に調べに行く事に。冒険者ギルドを出たところで〝黒金の剣〟とは別れて、街の風景や店に並ぶ品々を物珍しげに眺めながら四人は図書館を目指す。
「後でアルマさん達に、きちんとお礼しなきゃ」
「そうね。……纏まったお金が集まってからの方が言いかしら」
ルナ達の現在の財産は、女神アストレアが用意した家に置かれていた金貨八枚と銀貨十二枚だけである。まだ金貨一枚でどの程度の価値なのかは良く分かっていないが、命を助けてもらったのだ、生半可なお礼では駄目だろう。
という事で、と切り出したルナはビッと指を立て、
「目標――金貨百枚分のお礼」
「それってどのくらいなのよ?」
「分からないけど、なんかキリが良いかなーって」
まぁつまり、適当に言っただけなのだが。
結局、ルナは何が言いたいのかというと、
「そのくらい本気で感謝しなきゃいけないなーって。だって、命を救ってもらったんだし」
「……そうね。せっかく手に入れた二度目の人生を即終了せずに済んだのは、あの人達のお陰だものね。……変な人が多かったけれど」
変人ばかりのパーティーではあったが、その強さは本物だった。禁忌の森からこの街――ルーデンに移動する間に何度か魔物や獣に遭遇し、その悉くを〝黒金の剣〟が数秒のうちに倒していた光景から、その強さをルナ達は肌で感じている。……などと言っても、戦闘は完全に素人なので「おーすげー」とか「やべー、超ぱねーな」とか語彙力皆無な感想しか出てこなかったが。
とにかく、命を救ってもらった彼らには相応の礼をしなければならないだろう。本人達(実際に答えたのはサリスト)は「そんな礼なんていらへんよ。新人さんから金ぇ巻き上げるようなクズではないんで」と言ってくれたが、流石にそれでは気が済まない。礼節を重んじる元・日本人としては、菓子折でも持って改めて感謝を伝えに行くべきだろう。
因みにアルマは「え、お礼? じゃあじゃあおっぱい揉ませて! それか足舐めさせて! もしくは腰から尻に掛けてじっくりと撫でまわさせて‼」と宣っていたが、即行でサリストが殴り飛ばした。流石に嫌悪感を隠せなかったルナとセリアは絶対零度の視線をプレゼントしてあげたのだが、とても嬉しそうだったので、彼女へのお礼はこれで十分かも知れない。
と、そんな事を考えているうちに、図書館らしき建物が見えてくる。場所は受付嬢や街の人達に訊きながら来たので、間違いないだろう。
「よし。それじゃ、調べる事も多いし、分担しよっか。……って、あれ? デルタさんは?」
図書館に入る前にそう提案したルナだったが、ふと隣を歩くメンバーに角付きゴツイ系イケメンがいない事に気付く。三人できょろきょろと見渡すも見つからず、まさか迷子? あの歳で⁉ と(実年齢を聞いた事はないが)驚愕していたところで……こちらに近づいてくる見覚えのある顔が。
鬼人種(本当かどうかは不明)の青年はその両手に抱える串肉やらシチュー皿やら果物やらをがっつくように食べながら、
「おい、向こうに食い物屋がめっちゃ並んでたぞ! 祭りの屋台だと思えばそこそこイケる味だ。味付け濃いけど普通に美味い」
「…………」
心配――していたかは微妙だが、人を待たせておいて謝りもせず、料理を頬張るなど最低である。
ジト目を向ける三人。しかしデルタは堪えた様子もなく、飲むような速さで抱えるほどの食べ物を食べ終えると、満腹とばかりに腹をさする。
「いやぁ、異世界の料理も捨てたもんじゃないな! 魔物の肉使ってるって言ってたから心配だったけど、素材は地球のもんより美味いかも知れねぇ。料理法さえしっかりすりゃ最高だな!」
「……何してたの、デルタさん?」
半眼のまま、若干声を低くして問い掛けるルナ。デルタは何故そんな事を聞かれるのかとキョトンとして、
「いや飯食ってただけだが」
……それは、問題ではない。せめて一言くらい声をかけてからにしてほしかったが、ルナが言いたいのは――。
「お金、どのくらい使った?」
「うーん……金貨一枚くらい?」
「んな――」
馬鹿かこいつ脳味噌空っぽのド阿呆か⁉ と思わず出かけた罵声をなんとか飲み込むルナ。流石に年上(暫定、いや九分九厘確定か)を罵倒する度胸はない。……アルマは例外である、変態度が違うので。
額を押さえて目の前の大馬鹿野郎を罵倒したい衝動に耐えるルナの代わりに、問答無用でデルタを睨みつけるセリアが口を開く。
「貴方、大事な生活費をどうしてそんな無駄食いに使っているのかしら」
「え、いや異世界の街で買い食い、一度はやんなきゃ駄目でしょ」
「今じゃなくても良いでしょう⁉ 何故まだ稼ぎが安定していない時に無駄な出費を増やすのよッ!」
「ふっ、馬鹿め。これは無駄ではない。決してお腹空いていたからという訳ではなく、オレが前もって異世界の食事事情について把握しておく事で後々の混乱を避けるという狙いがあったのだ。決してお腹が空いていたからではない。大事な事だから二回言っ――」
「もっともらしい事を言って誤魔化してんじゃないわよ!」
ドゴッ! と、キレたセリアの右拳がデルタの鳩尾にめり込む。少女が繰り出したとは思えないほどの威力を秘めたグーは、見た目で強靭だと分かるくらい引き締まった肉体を持つデルタをたった一発で悶絶させた。……その恐るべき威力を見て、ルナとセントは絶対にセリアは怒らせないようにしようと思うのであった。
「暴力系ヒロインは今時流行らないんだから、あたしに手を出させないでほしいわ」
「ぐぉお……じゃあ殴んなよ……」
鳩尾付近を押さえて呻くデルタに、ゴミを見るような視線を向けながら吐き捨てるセリア。彼女、かなり高確率でデルタにそのような視線を向けている気がするが、もしやSっ気があるのだろうか……。
セリアは殴った右手をひらひらと籠った熱を逃がすように振りながら、
「あ、良い事思いついた」
「うん?」
ルナが促すと、セリアはにっこりと――可愛いというより妖艶に笑って、
「生活費、分けちゃいましょう。元の金額は、ちょうど割り切れる数だった事だし」
と、言う事で。
一人金貨二枚、銀貨三枚が取り分となった。――勿論、使ってしまったデルタは、金貨一枚と銀貨三枚しかないが。
(お金の使い道はしっかりしよう、自分の生活費なんだし。……デルタさんは反面教師としては有能だなぁ)
心の中でさらりと失礼な事を呟くルナであった。
話の進みが遅いし更新も遅いですって? いやホントなんでこんなに進まないんでしょうねー? 物語も執筆も。(別に上手い事言ったとか思ってません。……ないったらない)
でも、この話はもともとゆっくり進めるつもりだったので、亀スピードは治りそうにないかも知れません……。
第二章以降はサクサク進む気がします。多分、きっと、恐らく……そうだと良いなぁ。
次回も宜しくお願いします。




