第九話 まずは冒険者登録から始めましょう
夜は交代で見張りをしながら休み、翌朝から歩き詰めで到着したそこは、天霊樹と呼ばれる巨大な世界樹を中心に生活圏を広げる、別名『前線都市』と呼ばれる大きな街だった。
「うっはー……近くから見ると、すんごいな。これが世〇樹の迷宮……」
「そりゃ九つの世界を支えていると云われる、世界最大の迷宮やからね。生半可な大きさじゃあないですわ。……つか世界樹やのうて、天霊樹やから」
黄金色の葉を降らせる天霊樹を見上げ、放心気味に呟いたデルタに、サリストがカラカラ笑いながら言う。
天霊樹――道中でサリストが教えてくれた事だが、人々の探求心を掻き立てる大迷宮であると同時に、この世界を支える天の柱として崇められてもいるらしい。なんでも、各国および各種族に伝わる創世神話では、女神イズンが九つに分かれ浮遊していた世界を繋ぎとめるために、時空間を結ぶ聖なる大樹を創った――それが天霊樹なのだとか。何故そんなものの中が迷宮なのかと疑問に思うが、もとより謎だらけの存在なので分からなくても仕方がない。
因みに、この情報をまるっきり知らなかったルナ達に、サリストは説明しながら心底呆れている様子だった。どうやら天霊樹についての情報は、子供でも当然の如く知っている常識だったらしい。まぁルナ達が知らないのはこの世界に来たばかりなので仕方がないが、ずっと無知のままだと困るのは自分達なので、一度図書館か何かでこの世界の事を調べた方が良いだろう。
さて、天霊樹の話に戻るが――神の樹や天の柱などと伝承で語り継がれていようと、天霊樹の中身は大迷宮。金銀財宝、古代の超文明が遺した魔術道具、失われた製法で造られた武具などを求めて冒険者たちが群がる宝の山である事に変わりはない。
そして冒険者が集まれば、彼らが生み出す利益を狙って商人が集まる。冒険者や商人が入手した技術やら武具やらを管理しようと目論んだ国が貴族を派遣し、領主となって街を造る。迷宮から入手した高い技術力や盛んな金の動きのお陰で住みやすい街ができて、住人が集まる。そうやって、この街――『人類最前線の都市』ルーデンは造られていったのだ。
「うーん、大都会って感じだね」
街に溢れる喧噪に田舎者感丸出しなルナ。前世は東京に住んでいたが、それに勝るとも劣らない賑やかさである。何というか、住人たちが凄くエネルギッシュだ。
「しかも中世ヨーロッパ風の街並みだから、雰囲気が半端ないし。本当に異世界に来たみたい」
「いや本当に異世界に来ちゃったんだけどね」
苦笑い気味にツッコんでくれるセリア。
そう、ここは異世界。魔法――いや、魔術だったか? トルメイが使った【雷撃の嵐】以外に全く以ってファンタジー要素が無かったように思われたこの世界だが、地球とは全く違う場所なのだ。
しかしその場合、おかしな事がある。
「……そういえば、何でこの世界、日本語が話されているんだろう?」
――そう。アルバーン共通語、とアルマが口にしていたが、まるっきりその言語は地球における極東の島国の言語と一致しているのだ。
「言語チート持ってたっけ?」
「チートはくれなかったでしょ、あの女神様」
そう言えばそうだった。となれば、別にスキルとかアビリティとかギフトとか(有るかどうかは知らないが)のお陰で日本語に訳されている訳でもなさそうだ。
「という事は、本当に日本語そのものってこと?」
首を傾げるルナに、並んで歩くセリアは暫し思考してから、
「……どうでしょうね。アルマさんやサリストさんの言葉を聞いている感じ違和感はないし……文字の方は違うってオチの可能性もあるけど」
「あ、それがあったか」
言語チートが無い異世界転移・転生モノで良くある現象だ。
その可能性を頭の片隅に置いておき、とりあえず今すぐ解決できない謎は後回しにして、今は異世界最初の街を思う存分眺める事にした。
◆ ◆ ◆
「……読めない」
案の定、あるあるに引っかかった。
冒険者ギルド。それも、○○支部とかではなく、正真正銘の本部。
『天霊樹の迷宮』という世界最大規模の迷宮に挑戦する――いや、一応それ以外の迷宮や危険区域も該当するが――冒険者たちを支援・管理する巨大組織、それが冒険者ギルド。その本部となる場所に、ルナ達はサリストの案内で来ていた。
で、今は冒険者登録のために、書類に必要事項を記入している最中だったのだが――。
「……読めない」
「いや二度も言わんでも聞こえてますわ」
冷静なサリストのツッコミが返ってきた。
しかし、読めないものは読めないのだ。何だこの暗号⁉ すわこれが伝説のハ〇ラル文字か……! などと無意味なボケをかますほどに読めないのだ。
というかそもそも、冒険者になるなどとルナやセリアは言っていないのだが、というツッコミを入れる暇もなく、サリストが口を開く。
「あんさんらは全滅かいな……ウチのパーティーだとアルマとトルメイが読み書きできたから苦労せんかったけど、依頼受けんの大変そうやなぁ。ま、今は受付嬢に書いてもらいー」
「……そうします。ハイ〇ル文字は流石に読めないので」
「なんやねんハイラ〇文字て。これ、アルファクリットやから」
「まさかのアルファベットとサンスクリットが混ざってる……⁉ 言われてみれば確かにそんな感じがする……!」
因みにアルファベットはともかく、サンスクリット語などルナには読めないので気付いても無意味なのだが。
「良いからはよ書類渡しぃ。ココ使うん、あんさんらのパーティーだけやないんやからな」
「……はい」
あれ、そもそもこの四人でパーティー組んで冒険者するのは暗黙の了解だったの? という内心の驚愕を抑えつつ、ルナは終始営業スマイルの受付嬢……訂正、中身はともかく四人とも転生して整った外見になった影響か、美形揃いのルナ達に顔を赤くしたりニヤニヤしたり忙しい受付嬢に、代筆を頼む事にした。
「お願いします」
「ハイ任されました! ぐ、この子超可愛い専属にして良いかな……」
……何だろうか。異世界に来てから、こういう変な人ばかりに出会うのだが、こんな奴らばかりなのだろうか? これからの異世界ライフが不安で仕方がない。
ともあれ、
「まずお名前ですね」
「ルナです」
「セリアよ」
「セントだ」
「デルタだぜ!」
「……一人ずつでお願いします」
一気は駄目らしい。当たり前か。
仕方がないので、一人ずつ消化する事に。
――そこで、ぶち当たった問題が二つあった。
名前は良い。ルナ、セリア、セント、デルタ、とそのまま言えば良いのだから。
年齢、これも問題ない。見た目で適当にセントが決めたから。……因みに、ルナは十五歳、セリアは十七歳、セントは二十歳、デルタは二十三歳になった。ルナは実年齢より二つ低くなった事を抗議したが、却下された。顔立ちの問題らしい、解せぬ。
出身地、これは問題ではあったが、事前にサリストから情報を引き出していたセントが、全員レンリ地方出身という事にしたので解決した。なおレンリ地方とは、禁忌の森――ルナ達が最初に居たあの森の事――を境に東側、つまりこの街・ルーデンとは反対側にある地方の事らしい。〝黒金の剣〟と出会った状況的に、それが無難だろう。
で、問題の一つ目。
それは――種族だ。
これが予想外に問題だったのである。
まず、セントの場合。
「種族は何ですか?」
「人間」
「いえ、その耳は妖精種でしょう」
「ゑ」
すんなり妖精種に決定した。
次に、デルタの場合。
「種族は何ですか?」
「サ〇ヤ人」
「そのサイ〇人が何かは知りませんが、貴方角が生えているんですからどう見ても鬼人種か魔人種か、もしくは悪魔種でしょう」
「え、なにそれカッコイイじゃあそれで!」
「ゑ」
デルタを殴って気絶させたセントとセリアによる真剣な協議の結果、鬼人種に決定した。
更に、セリアの場合。
「種族は何ですか?」
「人間かしら」
「んん……妖精種、もしくは半妖精種でしょうか」
「どうしてかしら?」
「胸が無いかr」
「ぶっ殺すわよアンタ」
ぶちギレた絶壁……もとい貧乳系女子セリアが、人間種で無理矢理押し通した。
最後に、ルナの場合。
「種族は何ですか?」
「流れ的に人間じゃないような気もするけど、人間かなぁ」
「なるほど天使ですね超可愛い!」
「ゑ」
「いや待て、妖精? 精霊? くっ、このプリティーな娘は人間なんていう醜い生き物と同種に扱ってはいけないわ。情欲に塗れ、すぐ仲間を裏切り、金銭と媚びてくる女の胸と尻の事しか頭にないクソどもと同列なんて、あってはならないのよ!」
「ちょ、過去に人間関係でなんかあったのこの人⁉」
「そうよ、この娘だけの新しい種族を作るのよ! その名も月麗種、どう⁉」
「いやどうも何もそんな即興で作ってドヤ顔されるような種族じゃなくて人間だからー‼」
何が何でもルナを別種族にしたがる受付嬢を押し切って、人間種になった。
これはまだ良い。いや、色々良くなかった気もするが、とりあえず今は良いとして。
ルナにとって一番の問題は、これだった。
「性別はどちらですか?」
「男! 男だって私の残り少ない男子力が叫んでる!」
「わぁ可憐な女の子ですね!」
「ぐええええこいつ話聞かないようわーん!」
別に誰が相手でも、今の姿で……いや前の姿でも、男で押し通すのは無理があるのだが。
それを認めるかといえば、当然できる筈がなかった。
この物語の約千年後の物語である『ヤンデレ後輩』の方を読んでいる方ならば「おや……?」と思うかも知れませんが、実はこの時代、まだ前線都市はルーデンなのです。
でも禁忌の森を越えた先がレンリ地方なのは変わらなかったり……。
次回も宜しくお願いします。




