コマンダー一人旅
片手に持ったリュックを静かに地面に下ろすと、気配を探る。
目の前には、ゴブリン幼稚園があった広場の入り口。
中からは何か生き物の気配がしている。
わずかに腰を落とし、とっさに動けるように準備しつつ、入り口へと近づく。満員電車の人ごみに体を差し込むようにして、半身だけ広場に踏み込む。
気配の主は、ゴブリンの死骸の山の手前にいる。こちらに尻を向けているが、その後姿は犬のようだ。
ハイエナだろうか。死骸の山に首を突っ込んで、食事中といったところか。迷宮の掃除番かもしれない。野生の犬は群れるものというイメージがある。周囲に目を走らせるが、目の前の一匹以外、いないようだ。
足音を盗んで一歩、二歩踏み出し、三歩目でダッシュをかけた。
四歩目にはトップスピードに乗る。我ながら驚きの身体能力。
そこではじめてハイエナは気がついたらしく、あわてたようにこちらに顔を向けた。やはりハイエナっぽい顔をしている。
遅い! すでに間合いだ!
「ギャゥンッ!」
ダッシュの勢いそのままに腹を蹴飛ばすと、ハイエナは悲しげな鳴き声とともに体をくの字に折り曲げて吹き飛んでいく。なんというか、大型トレーラーに跳ね飛ばされたようだ。
ううむ、なんだかちょっぴり罪悪感。
いや、そうじゃないな。なんというか、エネルギーの無駄遣いだ。
この程度ではエネルギーを消費したような感覚はないが、どう見てもオーバーキル。
馬鹿正直に真正面から戦おうとは思わないが、しかし、もっと効率よく倒すべきだと感じる。エネルギーは有限なのだ。ちょっと考えよう。
ハイエナの死体に抜き手を差し込み、エネルギーストーンを回収する。うむ、なりはハイエナでも、やはりこいつも魔物だな。情報端末によれば、エネルギーストーンを持っているかどうかが野生の動物と魔物の違いだそうだ。
広場入り口まで戻り、リュックを回収してエネルギーストーンを放り込む。
さて、ここまでは見知っていた範囲だ。ここからが本番だな。
薄明かりの中、歩を進めていく。
広場のあとはまた通路が続いていた。足場が整っているのは歩きやすくていいが、遮蔽物がないため、遭遇戦は避けられないだろう。曲がりくねっているので見通しが悪いのは幸か不幸か。
さほど進むことなく足を止めた。
向こうから何かが近づいてくる気配がある。こちらを警戒していないのか、ずいぶんと気配があからさまというか、無頓着というか、騒々しさすら感じる。
少し下がって片手に持ったリュックを下ろすと、一歩前に出る。
薄明かりの向こうから姿を現したのは予想通り、ゴブリンの集団だ。さて、今度は落ち着いて待ち構えてみよう。
「ギギッ!?」
いや、気づくの遅いよ?
おっさん通路の真ん中で待ち構えてるのに、何で平然と進んでるの。もうちょっと警戒しようよ。
「ギャギャギャギャギャッ!」
と、思ったら今度は一斉突撃。十匹以上いるかな。いくらゴブリンが小柄だといっても、それは無理があるんじゃないかなぁ。横幅はせいぜい君ら3匹がやっとでしょ。ほら、渋滞してる。
さて、集中だ。
先頭のゴブリンが手に持った小型の刃物を振りかぶってくる。動きが無駄に大きいおかげで、こちらは後出しでも先に攻撃が当てられるはす。コンパクトに、回転を早く。意識するのはボクサーのジャブだ。
「イッ!」(フッ!)
鋭い呼気とともにジャブ。ただし、抜き手だ。
肉と骨を切り裂き、首をぶち抜いた感触がある。
左の抜き手を脇にひきつける動きに合わせて、右ストレート、正拳突きを二匹目の顔面に繰り出す。
顔面を陥没させてゴブリンが後方に吹き飛ぶ。狙い通り、後ろのゴブリンたちの進行を邪魔する形になってる。
バックステップ。二匹の死体を押しのけて進んできたゴブリンたちと間合いが開く。
その間合いをゴブリンたちがつめようとした、その瞬間にこちらから一気に、文字通り飛び込む。
飛び込みのために地面をけった右足を体にひきつける。姿勢は左肩を前に向けた半身。だが体幹にぶれはない。
左足、かかとから着地。右足を伸ばしつつ、横に3匹並んだゴブリンの、一番右側、その横っ腹に全力で蹴り込む。
瞬間、すべての動きが、スローになったように感じた。
右足は、何の抵抗も感じることなく、半円を描いて振りぬかれた。
続けて軸にした左脚、そのひざの屈伸だけで軽やかにバックステップ。
よし、目標とした連続動作ができた。つくづく、怪人の肉体ってすごい。なんだろう、自分のイメージどおりに体が動く。おそらく、肉体の持ってるポテンシャルが私の想定を大きく上回っているためだろう。
そして、想定外のことも目の前では起きていた。
ゴブリンたちの上半身が、下半身を残してずり落ちた。それも横に並んだ3匹ともに。
クリティカルだ。
想定では右端のゴブリンを蹴り飛ばし、そのまま真ん中と左の二匹も巻き込んで壁にたたきつけるつもりだったが、とんでもないことになってしまった。3匹輪切りである。
……! いや、違う。その後ろにいた2匹も、両断とまではいかなかったが、深く切り裂かれた胴から内臓をこぼれ落としている。
ソニックブームか? 水平版サマーソルトか?
いや、違う。違うぞ私。
この切断力、そして脚。そう、これは南斗白@拳! 白@拳のシュウ!
おっさんは今、伝承者となったのだ!!
おっさん、今度は108派に目覚める。少しは落ち着け!