出撃! コマンダー03
傾き始めた残光の中、荒野を疾走するひとつの黒い影があった。
その名を、コマンダー03。
愛と勇気と正義には特にあふれていない、中身おっさんの下級戦闘員である!
今、彼が目指すのは目標地点M、秘密結社本部から最も近いダンジョン。
果たしてそこで彼を待ち受けるものは何者か?
迫り来る魔獣の群れか! 悪意を煮詰めたような罠の数々か! そしてまさかの裏切りなのか!
戦え、コマンダー03! 怒れ、コマンダー03! 運命のいたずらの中に宿命の輝きを見せる者よ!
世界の平和は、君の双肩にまったくかかっていないのだ!
唐突にナレーションが入りましたが、おっさんは元気です。
カメレオン姉さんたちと別れて、体感時間で1時間ほどが過ぎた現在、私は地点Mに向かって絶賛ランニングであります。
というのも、まず情報端末が非常に使いやすく、あっという間に必要な情報が集まったこと。そしてその結果、何もしていないことはただの無駄飯ぐらいと見られることになり、自分にとってマイナス要因しかないと判断されたから。転属早々リストラなんて目も当てられないよね!
それにしても、怪人ってすごい。
人間だったころの全力疾走を上回る速度で走り続けているのに、いまだ息切れしない。これで下級戦闘員なんだから、幹部とかになったらどれだけなのやら。
なんだかおっさん、楽しくなってきたぞ。これならリアル忍者も夢ではない。
そうだ、忍者怪人に改造してもらおう。そんなカテゴリがあるのか知らんが。
いや、待て待て。今後何が必要になるかわからないから、改造の方向性をここで限定してしまうのは早計に過ぎる。やはり博士の言うとおり、基本的な肉体強化が最優先だろう。肉体さえ強化してしまえば、忍者と名乗ろうとライダーと名乗ろうと好き勝手! いいね!
などとあほなことを脈絡なく考えているうちに、なつかしの作業小屋発見。小休止だ。
背負っていた小型のリュックを下ろし、自分もその隣に腰を下ろす。
リュックの中には、陸上のリレーで使うバトンのような銀色の物体が5本入っている。
情報端末によれば、エネルギーパックというらしい。われわれ怪人のエネルギー、つまり食事だ。
怪人たちは姿形が異なるので、いちいちそれぞれに適した食事なぞ用意するより、エネルギーを直接ぶち込んだほうが効率がよい。最適化されているわけね。
おっさんなんか全身黒タイツ、つまり顔も黒タイツに覆われてるから、食えといわれても無理よ。声も出せるし呼吸もしているはずなんだけどなぁ。
ただし、じゃあ秘密結社では食事は用意されていないのかというと、そんなことはない。幹部クラスが希望すれば準備されるらしい。あの女幹部さんなんかは毎食希望してそうだ。一方、博士はといえば、こっちはエネルギーパック一本だろうなぁ。効率が悪い! の一言で片付けそうな気がする。
さて、自分のエネルギー残量を確認してみよう。
正確なところは計測装置を使わないとわからないが、意識を集中すれば、大体わかるということだった。
どれどれ。
む。むむむ。かなり減ってる感じ。100%だと全身を満たしているエネルギーが、ひざ上くらいしかもう残っていない感覚がする。これはまずい。
エネルギー切れを起こした怪人は、仮死状態になるそうだ。その状態で1年くらいは生きていられるらしいが、当然動けない。救援がなければそのままお亡くなりだ。単独行動する上では、この点は注意が必要だ。エネルギーパックの残量には常に気を配っておこう。
さて、早速エネルギー注入!
体の中心部のほうがよいそうだから、へその上あたりにエネルギーパックの先端を押し当てて、ボタンをぽちっとな。
ぬおっ! 全身がびくっと震えた!
結構な衝撃だ。まあ痛くはないから問題ないけれど。
さて期待のエネルギー残量はどうかな。
おお、すごい。ほぼ満タンだ。レギュラー満タン入りましたー。
エネルギーパック1本はこれで空っぽだ。残り4本。
これから目標地点M、つまるところ目前のダンジョンにもぐるにあたって、絶対に忘れてはならないのは、帰路のことだろう。「まだ行けるはもう危ない」という有名なゲーム格言があるが、そのとおりだ。
もっとも、社会人にとっては「まだ行けるならさっさと行け」なんだけどね! げに恐ろしきはサラリーマンよ。冒険者も裸足で逃げ出すわ。
さて、リュックを持って準備完了。
コマンダー03、明日の改造のため、出撃だ!
エネルギーパック、ほしいなぁ。