予期せぬ出会い
「こんにちは。素材の買取をお願いしたいのですが」
ここは冒険者ギルドの窓口。受付にはちょっとくたびれた感じの中年男性が座っている。頭髪が後退してきており、おでこがかなり広くなっているおっさんだな。
なんでここにいるのかといえば、そりゃ冒険者になるため……ではなく。
あの後調べてみたところ、背負っている鱗のような、モンスターの素材は冒険者ギルドだけが買い取っているらしいとわかったからだ。
「素材買取ですね。向かって右手、三つの窓口が素材買取窓口です。そちらにどうぞ」
言われてそちらに目を向けてみれば、確かに素材の査定と買取が行われている。
「わかりました、ありがとうございます」
先ほどの言葉に従って買い取り窓口に並ぶと、今は朝ということもあってか素材を持ち込んでいる冒険者も少なく、すぐに自分の番が来る。
「この鱗の買取をお願いします」
「おう」
こっちの窓口はちょっと厳つい感じのおっさんだ。
どうもファンタジーというと窓口には美人さんがいたりするものだが、残念ながらざっと見た限り女性の職員の姿はないな。まあ私も中身はおっさんなので気にならんけどね。
「でかいな……」
厳ついおっさんは鱗をしげしげと観察していたが、やがてたたいたりナイフで切りつけたりした上で、こちらに向き合った。
「おい、これは何の鱗だ」
「海にいるでっかい竜みたいなやつの鱗ですよ。ちょっとした伝手で手に入れたので、旅のついでにこうして遠方で売って路銀にしてるわけです。どうです、珍しいでしょ」
厳ついおっさんはもう一度鱗をしげしげ眺めると、待ってろといって、鱗をもって奥へと引っ込んでしまう。
やはり海神様の鱗だけあって、貴重なものなのかな。ちょっと目立ってしまうのは嫌だが、これから情報を集めるにあたって先立つものはやはり金だ。カネ、カネ、カネの世の中よ。
やがて厳ついおっさんは戻ってくると、テーブルの上に硬貨を置いた。
銀貨12枚に銅貨がいっぱい……50枚くらいだな。
「正直、値の付け所がわからんそうだがこれでどうだ」
ふむ、これはおそらく買い叩かれてるな。
ま、それでもよし。聞けばこの都市にあるダンジョンにもぐるのに、1回銅貨5枚だということだ。これならば活動費にはなるだろう。
それに売ったのはでかい鱗から順に半分。持ち運びに邪魔になる範囲だ。まだ半分以上、小さ目の鱗は残してある。
「いいですよ。田舎者の私には相場がわかりませんからねぇ」
そういいつつ、あえて残りの鱗が見えるようにしつつ、硬貨を受け取る。
「……全部買い取ってもかまわないが」
「いやいや、遠慮します。そうそう、こちらのダンジョンにしばらく潜ろうと思っていますので、素材持込の際にはまたご贔屓に。もしかしたら気が変わってこの鱗も売りたくなるかもしれませんので」
にっこり笑ってお辞儀。足元見てるのはわかってんだぞとアピールしておく。これから素材を持ち込むことがあった場合に備えて、次は適正価格で買い取れよというプレッシャーをかけるためだ。まあ、プレッシャーというよりはお願いなんだが。ただし、適正なやり取りをしてくれればまた鱗を売りますよ、という意思表示を利用した交渉でもある。
「ここにはしばらくいるのか?」
「ええ。特に問題がなければしばらくこちらに厄介になろうかと思います」
「そうか。……またこい」
「ありがとうございます、助かりますよ」
そう告げ、カウンターに背を向けて冒険者ギルドを後にする。
ダンジョンに向かう前に、闘技場も見ていこう。
自分も闘技場に参加できるなら、してみるのも面白かもしれない。
入場料を払い闘技場の門をくぐった。
形状は古代ローマの円形闘技場まんまだ。
「おお、結構広いなぁ」
その広さに圧倒されつつ、自分が座る席を探していたら係員らしき女性に案内される。どうやら一般客は一番遠いエリアが割り当てられているらしい。
今は人間の戦士同士が激しい戦いを繰り広げている。一方は片手剣に盾、もう一方は槍だ。
会場は熱狂の坩堝。
いや~やだねー。何でこんなに野蛮なんでしょうか。戦ってるのは奴隷剣闘士なのかな。どう見ても刃がつぶしてあるとは思えない武器で血みどろの戦いを繰り広げている。昔見た映画、スパルタカスやベン・ハーなんかを思い出すな。どちらも名作だった……。
物思いにふけっているうちに決着がついた。哀れ、片手剣の戦士が槍に貫かれたのだ。
「今日は大損じゃ!」
「あの槍さばき、ほれぼれしましたわねぇ」
「どうですお嬢さん、私の槍も味わってみませんか」
観客たちがぞろぞろと動き出し、出入り口へと向かっている。せっかく来たばかりだというのに、今日の試合は終わりなのか?
「奥様、次の試合は魔物同士の試合でしたかしら」
「ええ、そうですわ奥様。やはりいまひとつ人気がありませんわね」
「魔物といっても人型がでますから、それはそれで面白いとわたくしは思うんですけど」
「そうですわね。でも、皆様はどうせ魔物を出すなら罪人が必死に逃げ回りながら食い殺される様子や、あるいはたくましい冒険者が魔物と死闘を繰り広げる姿が見たいのでしょう」
「そうですの……。あの少し変わった人型の魔物、わたくし少々気に入ってますのよ」
「ええ。わかりますわ。なんというか、面白みのある魔物ですものね」
「あら! ご理解いただけまして。うれしいですわ」
おほほほほ、とお上品な笑い声を後方の奥様方があげている。なんとも血なまぐさい世間話だが、だがまだ試合があることはわかった。せっかくだしもう少し見ていくことにしよう。
そうして待つこと30分弱。
なにやら果物や砂糖菓子らしきものを売り子が売り歩いていたので購入し、口にしつつ待っていると大きな太鼓の音が鳴り響いた。どうやらようやく始まるらしい。
闘技場の床、中央を挟んで対称的な位置に大きな穴が一つずつ開き、そこから鉄格子でできた檻がそれぞれせりあがってくる。
ずいぶん手の込んだ仕掛けだなぁ。
そんなことを考えていた私の視線は、一方の鉄格子の中を見た直後、それに固定されてしまった。
なにやらアナウンスのような紹介がなされ、それに続いて片方の檻の扉が開かれる。
中から出てきたのは双頭の蛇。
だが、私の視線を釘付けにしているのはそのモンスターではない。
双頭の蛇の対戦相手。いまだ開かれない檻の中。
そこにいたのは。
「イーッ」
間違いなく秘密結社の下級戦闘員。ただし、女性型戦闘員であった。
これは……。




