新たな旅
もって帰れるだけの鱗を剥ぎ取り、風呂敷代わりのドレスに包む。
生贄をデコレーションしていた中にびくがあったので、その中にも詰め込めるだけ詰めている。
牙や爪はあきらめた。さっぱり取れないんだもの。
さて、出発だ。
生贄衣装を身にまとい、首からエネルギーストーン入りの袋をかけ、風呂敷を体にくくりつけ、背中に大きな鱗を紐で縛って背負い、腰にびくをつける。腰の逆側には、刃に布を巻いた剣。
なんという意味不明ないでたち。気にしたら負けだね。
村長の言葉にあったとおり、祠の奥には下り階段があった。海神様が隠しボスだったことを考えれば、この先はたぶん出口だと思うのだが、帰ってきたものがいないというのは気になるところだ。
まあ冒険者に関しての話は生贄にしたのが真実だろうが、村の若い衆の話は事実だと思うんだがなぁ。
気配を殺しつつ階段を下りていく。
地の底まで続くといわれているだけあって、確かに長い。さて、どこまでつづいているかな。
へび、ながすぎる。
そんな一行で詩をよんだ詩人もいたが、この場合は階段、ながすぎるだな。
あれからずっと階段を下りている。感覚では、すでに半日は経過しているはずだ。
その間景色に変化は一切ない。ただただ階段だ。
これはなかなかに陰湿なトラップだな。不安や焦燥感に襲われる人間も出るだろう。ただ長いだけというのもとんでもない精神攻撃になる。
自分の中での限界を決めておこう。所持しているエネルギーストーンの量と、歩くことによるエネルギー消費を考えれば、まあ2週間は楽に持つ。ということは限界は1週間歩いて変化がなければ戻るということになるが、そこまで無理をするつもりはない。
3日だな。3日歩き続けて変化がなければ戻ろう。村まで泳いでいって、そこから隠し扉に向かえばいいのだ。
だらだらと区切りがないというのが精神にはこたえる。特にも、ゴールが見えないマラソンなんてものはしゃれにならないくらい苦痛だ。だから自分の中で明確に区切りをつけておけば、あと3日だから、あと2日だからと精神的に支えが生まれる。気持ちが楽になるのだ。ゴールがないなら、自分でゴールを設定すればいいということだな。
まあ人間だったら睡眠も必要だろうし、食事や休息もしなければならない。私よりはだいぶ精神的につらい目にあうだろう。寝ても覚めても階段とか、やってられなくなりそうだ。
丸2日間、歩きとおしたところで階段は終わった。
ひどい嫌がらせだった。過去、祠に入り込んだという村の若者は、果たしてここまでたどり着けたのだろうか。
階段の先の通路は一本道。少し歩いたところで行き止まりだ。だが、その床面にはほのかな光を放つ魔方陣が描かれている。おそらく入り口に飛ばしてくれるのだろう。怒りの塔を思い出すなぁ。
もしトラップでダンジョンの最下層に飛ばしまーす、なんて仕掛けであっても、それはそれでかまわない。今の自分ならば何とかやっていけるはずだ。
魔方陣に乗る。周囲の景色がゆがみ、あっというまに転移させられた。
転移先は石造りの小部屋だった。
床でほのかな光を放っていた魔方陣が消えていく。完全に消えてしまうと、魔方陣があった位置に乗ったり降りたりを繰り返しても、なんら反応がない。やはり一方通行だったか。
小部屋には上り階段があり、その先の出口からは光が差し込んでいる。気配遮断と察知は常に意識しているが、こういう出口というのは待ち伏せの王道パターンだ。気をつけていこう。ただまぁ、あの祠と階段を超えてくるものがほとんどいないことを考慮すれば、待ち伏せなんかないだろうけどね。
外に出る。
視界に入ったのは、あの初心者用ダンジョンの入り口付近……ではなかった。
ぼろぼろに崩れた、古代神殿のような遺跡の一角だ。
うーん。どこだここは。
あたりを見渡す。耳を澄ませば、小鳥のさえずりや小川のせせらぎが聞こえてくる。のどかな森の風景だ。
うん? 小川のせせらぎ?
聞こえたほうへと足を向けると、確かにきれいな水が小川を作っている。手をつけてみると、ひんやり冷たい。
ふむふむ。
もう一度古代遺跡に戻り、遺跡の正面らしき場所を探してみる。
駄目か。この場所へ通った人々の使った道の名残があればそれをたどろうと思ったのだが、生い茂った草草に覆い隠されてしまっている。
では、小川の流れに沿って進むとしようか。
小川の流れを追いかけて歩き続けている間に日も暮れ、すっかり夜になってしまった。
人間であれば野営するのだろうが、あいにくとこちらはリゲ○ンもびっくり24時間戦えます怪人だ。エネルギーストーンをつまみつつ、のんびりと歩いていく。
どこかの街につきたいところだが、とりあえずは街道を見つけることができれば万々歳だな。夜の間に山間を抜け、朝には平野につく。見渡しのいい平野につければ、街道を見つけるのも難しくはないだろう。
エネルギーストーンを食べ終わり、小川のせせらぎだけを友に、草を踏み分けて歩いていく。サクサク、サクサクと草を踏む足音が心地よい。強化改造からこっち、ひたすら忙しない日々を送っていたので、こういった時間がひどくうれしく感じる。
足音に驚いたのか、草むらから小さな蛇が慌てるように這い出ていく。
心の中で蛇に詫びを入れつつ、それでも足を止めることはない。
世は並べてこともなし。
これでいいのだ。おっさん、こういう人生がいいんだよね。研究所、あるいは地下都市を求めて旅することになるだろうけど、心おだやかな旅になることを切に願うよ。
そう、心穏やかな旅だ。
だからね。
目の前で殺しあい始めるのは止めてもらえませんかねぇ、盗賊と、冒険者らしき皆さん?




