初心者用? 迷宮攻略5
村人たちの気配が遠く波の彼方に去っていったのを確認してから、起き上がる。
ずいぶん長いこと筋肉を休ませていたからな。いきなり動き出すと怪我をしそうだ。準備運動をしよう。
いっちに、いっちに。
そうして体を動かしながら、自分の格好を見る。
うん、なんというか白装束というか、まさに生贄!
だがおかげで衣類が手に入った。やったぜ。
だけどなぁ。槍がない。武器はさすがに一緒に積んでくれなかったか。そりゃそうなんだけど。
これからのダンジョン探索をどうするか考えていたところで、それは来た。
村とはほぼ逆方向、海中から、すさまじい気配が近づいてくる。
まだまだ距離があるだろうに、そのプレッシャーに周囲の景色が歪むような感覚すらする。
念入りに準備運動を終え、海鮮盛りの中へと身をおく。足元を隠し、山盛りの海産物に背中を預けて眠っている格好を取りつつ、実際は一足で飛び上がれる姿勢だ。
どの程度の知能を持つ魔物か知らないが、曲がりなりにも神として信仰を集めた存在だ。ぎりぎりまで油断させたほうがいい。
肉体操作で狸寝入り状態を作る。
そういえばこういう場合に有効そうなスキルが取得可能リストにあったはず。
そう、「待ち伏せ」だ。
必要BPは4。現在残りBPは8。ここは迷いなく取得する。待ち伏せ成功率アップなのか、それとも攻撃力アップなのか知らないが無駄にはなるまい。まあ攻撃力アップだった場合は、流水拳には関係ないからただの気休めになってしまうのだが。
海が盛り上がるような気配が近づいてくる。
薄目を開けて状況や相手を確認したい気持ちが強くなるが、そこは我慢する。
感じるプレッシャーから、天地がひっくり返っても勝てると思えない相手だ。敵として相対するのは無理無茶無謀の極み。
ここにあるのは料理。自分はブタではない。とんかつなのだ。
体が本能的に危険に反応しようとするのを、肉体操作全力で押しとどめる。
生臭い息が全身にかかる。気配の中で口が大きく開き、周囲の海産物ごと私を口の中に入れようとした瞬間。
全身、動けえええええい!
目を開くよりも早く全身の筋肉が反応し、目前に開かれていた口の中へとバネ仕掛けのおもちゃのような動きで飛び込む。そして。
「流水拳!!」
口内で流水拳が炸裂した。
狸寝入りが完璧だったおかげで、勝負は一撃でついた。
まあ流水拳があれば、幽体ですら逃れ得ないのだから勝てるとは思うが、まったくの無傷、疲労も無いのは作戦のおかげだろう。流水拳の発動範囲が不明瞭である現在、接近戦まで持ち込めるかどうかは生死を分けるポイントの一つだ。そして接近戦に持ち込み流水拳を発動したとしても、同時に相手の攻撃を受けてしまい、相打ちなどということになれば意味はない。流水拳は最強の攻撃だが、別に私自身が最強なわけではないのだから。
海神様は、人間をぺろりと一飲みにできるサイズの首長竜といった外見をしていた。全長は20メートル以上ありそうだ。
頭は竜というよりもトカゲっぽい顔つきであり、目つきが非常に悪く、いかにも肉食ですとアピールしている。手足はヒレではなく、しっかりとした四肢であり、鋭い爪を持つ指の間に水かきが張られている。体表は全面鱗に覆われていて、これがまた硬い。槍で突いても傷ひとつつけられなかっただろう。
その海神様は、いろいろと撒き散らかしてお亡くなりになった。
口の中にいた私は当然その濁流を頭からかぶっており、今の今まで海中にもぐり怪人丸ごと洗濯機をやっていたところだ。衣類は今、すべて祠の入り口に干している。
さて、鱗をはいでエネルギーストーンを取り出す作業にかかろうか。
海神様はヤマタノオロチだったのだろうか。
ということは、おっさんはクシナダヒメ兼スサノオ?
こんなあほなことを考えたのは、海神様の体内からエネルギーストーンと、そして剣を一振り取り出すことになったからだ。
神話みたいな話だな~と思い、先のあほな感想へとつながる。
まあ、実際はおそらく、この剣の持ち主が海神様に食われたんだろうけど。だって尻尾じゃなくて胃袋から出てきましたからね、この剣。
そしてその点には留意が必要だ。
他にも海神様に飲まれた人、武具はあっただろうに、どうしてこの剣だけが傷つくことなく残っていたのか。まだ予想に過ぎないが、この剣には自己修復機能がついているのではないかとにらんでいる。そう考えれば辻褄が合うはずだ。
とりあえず、しばらくはこの剣にお世話になりそうだ。剣術スキルを取得していくことになるかな。
そしてもう一つ海神様から取り出したエネルギーストーンだが。
巨大なものだったらどうしようかと思っていたが、ありがたいことに拳大だった。おかげで見つけるためにおっさんは全身血まみれである。海神様の肉を切り裂いて内臓にもぐりこんで取ったからね。心臓らしき部位にあったおかげで、発見が難しくなかった点はありがたかったけど。
大きさは拳大でも、輝きがいい。あの幽霊さんからでたエネルギーストーンを大きく上回るエネルギーを感じさせる輝きだ。
しかし前例どおり、やはり経口摂取できるようにはどう考えても見えない。
ということはあれか。また私はどてっぱらに大穴開けられて、そこを埋めるようにこいつをぶち込むのか。それはちょっと勘弁願いたい。研究所にたどり着くまで、こいつは袋の中で眠っていてもらおう。
さて、ようやく終わった。
何が?
レベルアップの音が。
全身を服ごと洗い、鱗をはいでエネルギーストーンと剣を取り出し。
そして一息ついた今、ようやくレベルアップの音が鳴り止んだ。
さあ、ステータスを確認しようか。




