変態
ザザ……ザザザ……
目の前に、電波の入っていないテレビ画面のような黒白の砂嵐が広がっている。
と、突然その砂嵐が消え、映像が映りだした。
画面下部、左右に包み込むように置かれた手が見える。
そして正面に見えるのは、白衣を着たなつかしの我らがマッドサイエンティスト博士だ。
「博士~。卵、孵らない」
突然、頭の上から声が聞こえてくる。
なんとも気落ちしたような声だが、これはスカンク娘の声だな。姿は見えないが間違いない。
「ふむ。前回の検査の際にも言ったが、エネルギー不足による冬眠状態であろう」
「やっぱりエネルギーが足りなかったんだねぇ」
今度は少し後ろのほうから別の声が聞こえる。口調といい、声といい、キリ姉さんだな。
それにしても、これは、この映像はもしかして卵の時の記憶だろうか。覚えていないだけで、自分は卵の殻を透かして外界を見聞きしていたのだろうか。
「むぅ、エネルギー不足。博士、あれちょうだい。でっかいの」
「でっかいの……擬似ダンジョンコアのことか。駄目だ駄目だ」
「博士のケチ」
「ちょいとサキ、わがまま言うんじゃないよ」
「大体、擬似ダンジョンコアではその卵を孵すのには不適切なのだぞ」
「ん? そりゃなんでだい博士」
「擬似ダンジョンコアは瞬間的に強大なエネルギーを放射するからな。卵を温めようといって、バーナーにかけたらどうなる」
「……ゆで卵?」
「茹で上がりはしないんじゃないかねぇ。目玉焼きだね」
「お前たちは頭がいいのか悪いのかわからんな。なんにせよ、そういう理由で不適切だ」
「じゃあ、どうすれば?」
「恒常的にエネルギーを注ぐようなシステムを構築すればよかろう」
「毎日餌やりをするってことかい」
「正しいが、それではつまらんな。ただの単純作業ではないか。なにか面白いアイディアが欲しいところだ」
「アイディアね。孵卵器を作れってことだろ、要するに」
「アイディア、ある」
「ほう」
「本当かい、サキ」
「うん。えっとね……」
映像が乱れ始める。音声も酷く遠く聞きづらくなり、やがてぷつりと全てが途切れた。
静寂の中で目を覚ました。
「う、うう……」
ずきずきと頭が痛む。懐かしい顔ぶれを夢に見た。
よいところで夢は終わってしまったが、おそらくあの後出されたアイディアとやらが、自分の現状に深くかかわっているに違いない。
まったくあのスカンク娘め、素直に孵卵器でいいではないか!
そんな感じで毒づいたところで、気を失う前の状況を思い出し、はっとして自分の体を確認する。
「穴が開いてない! やった、助かったのか!……あれ?」
なにやら違和感。またこのパターンなの?
体中をぺたぺたと触りまくる。そして、立ち上がる。
「大きくなっとる」
視点が高い。幼児体型より、明らかに成長している。
ただ、怒りの塔でブイブイ(笑)言わせていたときに比べると、まだまだ低い。
つまり、少年体型だな。
飛び跳ねてみる。
おお、体の動きが軽い! 速い!
ようやっと、まともなレベルで体が動かせるようになった。
小学校の高学年くらいだろうと思われるが、幼児に比べたら天地の差だ。
「しかしなぜまた素っ裸なのだ。服はどこだ?」
周囲を見渡すと、あった。服の残骸が。
「ありゃ~」
まあ仕方ないか。あのサーベルタイガーもどきに噛み付かれてぼろぼろにされていたからなぁ。
しかしよく生き残れたものだ。
記憶が混乱しているのか、あまりはっきりとは覚えていないが、確かあの毒薬を指先に塗りこんで目玉に叩き込んでやったんだ。
そうだ、そのときなにか技能、スキルを習得したのか、恐ろしく鋭い攻撃が出た。火事場の馬鹿力だな、神官見習いさんを笑えない。
その後は、そう……そうだ、エネルギーが足りず、そして確か……。
「!」
そうだ、あのエネルギーストーンを胸の穴に押し込んだんだ。
あわてて自分の胸を見やる。
どこにも傷跡はない。
「吸収、できたのか」
ほっと息をつく。どうやら、なんとか賭けに勝てたようだ。あのエネルギーストーンを吸収できなかったら、体の欠損を修復するためのエネルギー不足で行動不能に陥り、そのまま死を迎えていただろう。
運がよかったのか、悪かったのか。
ふと気がつくと、首からかけていた袋がない。もう一度周囲を見渡すと、あった。少しはなれたところに転がっている。その傍には、あのエネルギーストーンを包んでいた汚れたドレスも無造作に落ちていた。
よくよく見てみると、このドレス、汚れは酷いがまるで傷ついていない。綻びなどがまるで見当たらないのだ。
もしかして、すごい防御力を誇ってたりするのだろうか? だとしたら、このドレスを着ていればあのピンチももう少し楽になったかもしれないな。
疑問は尽きないが、まず全裸よりはましだろう。サイズは大きいが気にせず身に着ける。後で忘れずに洗濯しよう。
袋も取り上げて、中身を確認する。
エネルギーストーンはそのまま残っていた。貨幣もある。針、ナイフもある。
毒薬がない。
あの毒を入れた金属容器、左手に持って右手を差込み、そのあとどうしたっけ。
夢中だったからさっぱり覚えがないな。
ふと、右手の指先に視線をやる。
「あれ……?」
右手の指先、爪、そして指の中ほどまでが変色している。いやーな予感を覚えつつ、とりあえず臭いもかいでみる。
くんくん。無臭か。
これは、あれだろうなぁ。
半分諦めつつ、呆れつつ、いろいろと確かめるために、ステータスを開いた。




