血戦
一話の中にずら~っと長々と書いて、それから各話に分けてたのですが、間違ってそのまま掲載してしまいました。
編集しなおしました。
読んでくださった方ごめんなさい。
ようやく31日公開分の続きです。
「グルウウ!!」
まるで今までの恨みを全て晴らしてやると言わんばかりの咆哮をあげると、2匹のサーベルタイガーがこちらに突進してくる。
まずい、どうする!?
先ほどまでのゲーム感覚は吹き飛び、命の恐怖に足がすくむ。
迷っている暇はない。
「流水拳!!」
目前に迫った1匹に、アッパー気味の流水拳を叩き込む。
「ギャウゥウン」
対象となったサーベルタイガーは、まるで背面跳びのような姿勢で天井すれすれを通って吹き飛ばされていく。いろいろと垂れ流しながら。
余裕があれば、それを見て笑っただろう。
だが、今はそれどころではない。
「グアウオオウウ!」
2匹目が襲い掛かってきた。
太い、私の胴くらいの太さがある左前足が持ち上げられ、鋭い爪とともに振り下ろされる。
とっさに、持っていた木の棒を突き出す。
衝撃。
「ぐあっ!」
この迷宮に戻ってきて最初の1匹と戦ったときと同じ、あるいはそれ以上の衝撃。
だが、あの時と違う点がある。
横っ飛びに地面にたたきつけられ、ゴム鞠のようにバウンドしていく。
「ぐ、ぐっ」
うめきつつも体を起こそうとした、その頭上に影がかかる。
「グルアアアアア!」
今度は右前足。
何とか離さずに持っていた木の棒を盾代わりにできたのは、ただの偶然。
だが、その盾はめきりとへしゃげると、砕け散った。
体にたたきつけられる衝撃、ざくり、と肉に食い込む巨大な爪。
振りぬかれたその腕に弾き飛ばされながら、感じるのは食い込んだ爪が肩から背中、脇の肉を切り裂いていく感触。
真っ赤な血が飛び散る。
しかし流血はすぐにとまる。代わりに、体内のエネルギーがごっそりと減っていくのがわかった。
「がっはっ!」
すぐに立ち上がらなくては!
そう思うものの、体がなかなか言うことをきいてくれない。
肉体操作能力も低下しているのか……!?
そう思うものの、次の瞬間にはなぜか正解に気づく。
違う、精神耐性がついてないせいだ。肉体が恐怖にパニックを起こし、命令系統が混乱してるのだ。
肉体操作にこんな弱点があったとは。
ぶるぶると震える腕で、なんとか上半身を支え、サーベルタイガーを見る。
「グルルルルルル!」
一足に目前まで飛び込んでくると、爪を引っ込めた右前足で払い飛ばされ壁面にたたきつけられた。
こいつ、なぶってやがる……!
「……ぁが、く」
「グルゥ」
勝利を確信したのか、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるサーベルタイガー。
堂々と鼻面をこちらの面前にさらすと、鼻先をからかうようにぶつけてきた後、ゆっくりと開けたその顎に、胴体が丸々噛みつかれた。
「ぐああああああああああ!」
ミリミリと牙が体の奥深くへ差し込まれていく。
口から血の塊が吐き出された。
激痛に意識が飛びそうになるが必死に抑える。
震える血まみれの手を、首からかけた小袋に差し入れる。
掴み取ったのは、毒薬の入った金属容器。だが、針を差し込むような細かい動作はもはやできる状況ではない。
(……く、くそったれ!)
容器の中の毒薬に、無造作に右手の指先を全て突っ込む。
「!!!!!!」
胴体を食いちぎられようとする痛みよりも痛いだと!?
頭の中でアーク溶接の火花が飛び散るようなショックに襲われ、全身ががくがくと激しく痙攣する。
声にならない絶叫が喉の奥から迸る。
そんな激痛の中、しかし、意識をもはや感覚のなくなった右腕に集中する。
手首から先は刃。ひじから先は柄。
槍だ。俺の右手は槍だ。お前は槍だ。先端から神経毒を滴らせる槍だ。
動け、俺の右腕。
貫け、槍よ。
がちり、と何かがかみ合うようなイメージが脳裏に浮かんだ。
ふっ、と。
右肩から先は自分の肉体ではなく。
投槍器とそこに取り付けられた槍なのだと、納得した。
「……発射」
空気を裂いて飛び出した槍は、サーベルタイガーの目玉を刺し貫き、脳まで達して止まった。
くずおれたサーベルタイガーから解放され、怪人の肉体が転がる。
幼子のそれはところどころに大穴があき、糸がほつれた出来損ないのぬいぐるみのようであった。
(まずい……)
ダメージが大きすぎる。
エネルギーストーンを経口摂取しても、回復は間に合わないことは明らかだ。
(エネルギー……エネルギーが必要だ)
暗闇に閉ざされようとする意識の中で、唯一まだ動かせる左手が、エネルギーストーンを取り出そうとしてそれに触れた。
幽霊さんから回収した、こぶし大のエネルギーストーン。
(……そうか……どうせ穴があいてるなら……埋めてみればいいか)
どうせ経口摂取はできないんだ。体の内部に入れてしまえばいいなら同じじゃないか。
混濁する意識の中で、半分無意識のまま、そのエネルギーストーンを物理的な胸の空洞にねじ込んだ。
だが、何も起きない。
(そりゃ、そうだよなぁ……)
かすかに苦笑いが顔に浮かぶ。その苦笑いと、いくつかの思い出の映像ともに、彼の精神は闇に沈んだ。
その意識が途切れるのと時を同じくして。
胸に埋め込まれたエネルギーストーンがほのかな輝きを放った。
時間の経過によってその輝きは強さを増すとともに、明滅を繰り返し、まるで心臓の鼓動のようになる。
やがてその明滅に活性化させられたように、幼子の肉体もまたぼんやりと輝きを放ち始める。
肉体のところどころにあいた穴が光に満たされ、ふさがっていく。
千切れかけていた足は光によって胴体と強固につなげられ、へし折れて骨をむき出しにしていた右腕は、光に組み立てられるようにして元の形に整えられていく。
そうして修復が終えられると肉体の輝きも明滅をはじめ、エネルギーストーンのそれと重なり合っていく。
明滅は強く、激しくなっていく。
迷宮の奥底。
ボス部屋でリポップしていた幽霊の姿が薄れていく。その表情には苦痛も安らぎもなく。ただ、自然な姿のまま薄れ、迷宮に吸い込まれるように消えていった。
迷宮の各所。
モンスターたちが、リポップする様子をまるで逆回しにしたように、その姿を、輪郭をぼやけさせていく。やがて完全にもやとなったそれは、迷宮に吸い込まれるように消えていく。
いつの間にか、迷宮全てが明滅を始めていた。
少しずつ明滅の間隔が短くなっていく。
少しずつ、少しずつ……。
そして、迷宮の全てがまばゆい光に包まれた。




