慢心
「塗り塗り~。針に塗り塗り~。神経毒塗り塗り~」
自作の歌『DOKU★なオレ』を口ずさみながら武器の手入れをする。
今回のレベルアップではBPの割り振りを控えた。
その理由は槍術スキルの獲得、ではなく、今現在の体でステータスアップを図っても焼け石に水だと思ったからだ。槍術を取るかどうかは別にして、何か今後有用なスキルが獲得可能になるかもしれない。
先ほどの戦闘で受けたダメージは、エネルギー換算で5か。
弾き飛ばされただけでこのダメージはきつい。サーベルタイガーから取り出したエネルギーストーンを早速口にする。
これでなんとかエネルギー収支はとんとんだろう。
「戦い方を少し変えなければならないなぁ」
確認の意味もこめて、口に出してみる。
今回は、自分の肉体能力を見る意味もあって正面から力技でぶつかった。その結果はご覧の通りだ。
実は、考えていた戦い方にはもうひとつある。
壁を背にし、槍の石突を壁に当ててモンスターの突進を受け止めるというものだ。
だが、今回の結果を踏まえると、その戦術では間違いなく槍がへし折れる。針にも相当のダメージが行くだろう。自分が吹き飛ばされることで、そのダメージを受け流せたのも事実なのだ。道具よりは命が大切だが、だからといって使い捨てにできるような状況ではない。
「ここはやはり、怒りの塔で学んだあの戦術しかあるまい」
迷宮の通路の一画にもやが立ちこめ、やがてそれがモンスターを形作っていく。
現れたのは、サーベルタイガーのようなモンスター。長大な牙に目が行きがちだが、そのもっとも強力な攻撃は前足の爪によるものだ。巨体を思わせぬ軽やかなステップと柔軟性を生かした動きを特徴とする。ただし、その攻撃は力任せな面が多く、熟練の冒険者にとっては恐れる相手ではない。
今、彼は迷宮に生み出された。迷宮の力が弱まっているらしく、自慢の力も弱く、分厚いはずの毛皮も薄っぺらだ。だが、四本の足を柔らかく使い、前傾姿勢で現れたその姿、鋭き眼光はまさしく誇り高き猛獣のそれである。
「えいっ」
ぷすっ。
「!!!!!!」
直後、尻に感じた激痛が、彼の誇りを木っ端微塵に打ち砕いた。
テレテレテッテー。
何回目かのレベルアップの音。しかし後回しだ。
今、私は3箇所の沸きポイントを回している。
A地点で沸き直後の虎を狩ったら、直ちにエネルギーストーンを取り出し、針に毒を塗る。
すぐさまB地点に向かうと、ちょうど、もやが立ち始めているタイミングだ。輪郭の形成をよく見て、後方あるいは横に槍を構えて待機、実体化が完了した瞬間を狙ってぷすり。痛みに暴れ回る巨体に巻き込まれないように注意しつつ、次々ぷすり。うまくショック死してくれると次の地点での準備が楽になる。
エネルギーストーンを回収。神経毒を塗りなおし、すぐにC地点へ。
まだ、もやは発生していない。しばし待つ。
来た。出現を待ち構え、ぷすり。
「ギャアオオオン!」
うむ、昔遊んだオンラインゲームを思い出すな。リポップ管理だ。
C地点が終わったら、再びA地点に戻るのだ。忙しい、忙しい。
人間であったら休息が必要だ、パターンを構築しても、それを繰り返すのにも必然限界がある。だが、この肉体は怪人。休息不要でひたすら狩り続けることが可能なのだ。文字通り人をやめているので、廃人と呼ばれても否定できない。
そうして昼夜の区別なく、何周しただろうか。
針が、折れた。
すでに歪みが出ていたのでわかっていたが、よくがんばってくれた。正直言って槍の方が先に折れるだろうと思っていただけに、これは少々予想外だったが。
神経毒のたっぷり塗られた針先が体内に残ったサーベルタイガーは転げ回っている。時間はかかるだろうが、おそらく、ほうっておいてもショック死するだろう。
いい機会なので安全地帯まで撤退しよう。
ひたすら夢中になってやっていたので、何匹狩ったのかも覚えていないな。レベルはいくつ上がっただろうか。ちょっとわくわくするぞ。
そのとき私は、明らかに、浮かれていた。
切り札である流水拳も使える。
リポップ管理もうまくいっている。何も問題ない。
その慢心が、油断を呼んだ。
とてとてと足取りも軽く曲がったその先に見えたのは。
気配に気づき、こちらを振り返る2匹のサーベルタイガー。
私の手元には、木の棒が1本。
流水拳は一度のみ。
血の気の引く音が聞こえた。




