神殿にて
さて、放置されてしまったのを幸いと、この神殿内部を観察しよう。
礼拝者用に設置されている長いすもあることだし、そこに腰掛けて待つか。
やはり一番目に付くのは、奥にある女神像。なかなかでかい。そして見事な造りだ。芸術には詳しくないど素人だが、なんというか暖かさを感じさせる表情や姿だな。
フロアの中には、女神像に祈りをささげている人、女神像のそばで礼拝に来た人々と話をしている神官、そしてなにやら護符やらポーションのようなものやらを販売している一画もある。あれ、もしかして聖水とかだろうか。
フロアだけを見てでかいと思っていたが、この神殿、左右や奥にある建物もつながっているようだ。おそらく神官さんたちの居住空間であったり、修行場であったりするのだろう。
総面積でいうと、領主の館と思しきものより広いのではないか? この宗教、そして神殿勢力の力の強さが伺えるな。まあ、この都市だけなんて可能性もあるから、一概には言えないだろうけど。
幼児の体なので、きょろきょろしていても怪しまれないのは便利だ。
さきほども、通りかかった女性に「あら、かわいい」などと頭をなでられてしまった。もちろんお礼は幼児スマイルである。
中身おっさんだがな!
この神殿、武装して警護している人々もいる。神官さんと同じようなローブを着ているのだが、その上から革鎧を身につけ、槍だの斧槍だのを持って立っている。神官戦士というやつだろう。
彼女らの特筆すべき点は、3人一組で固まっていることだろうか。
フロアは視線が非常に通りやすい造りだ。死角となりやすい箇所が少ないために、警護戦力を散らすのではなく、ある程度集めるようにしているのだろう。
そして面白いのは、3人の武器だ。
先ほど槍だの斧槍だのといったが、そういう見た目で武威行動が可能なものを持つのが一人。次の一人は弓。そして最後の一人は杖を持っている。
パーティーによる警護が基本なのか。すごいな。
ふと上を見上げると、吹き抜けの2階フロアからテラスのような出っ張りがあるのだが、そこには弓と杖の2人組がいた。
おいおい、なんだここ。要塞か? それとも宗教戦争が勃発しているのか?
しかし礼拝に来ている人々、街の住民らしい人や、冒険者やら格好はいろいろだが、みんな静かに祈りを捧げているぞ。こんな物々しい警護が必要には見えないのだが。何か事情があるのかもしれないな。
そして観察していて気がついたことがまたひとつ。
ここ、礼拝者も含めて女性しかいないぞ。
これってつまり、女性の守護神とかそういうやつじゃないか。女性限定宗派なのか。
うーむ。予定が狂いそう。
神官さんと一緒に帰れば、神殿にもぐりこめると思ったんだよなぁ。んで、文字の読み書きとかも神官修行として学べるんじゃないかと。学問も神学に偏るだろうけど学べるし、いろいろ情報を集めるには最適だと思ったんだが。
なんせこの体、信じてる神様なんかいないはずなのに、ステータスを確認すると信仰心という項目が一番高いんだもの。我ながらどういうこっちゃ。
そろそろ、決断のときだな。
この神殿に神官さんの伝手を使ってもぐりこむのが無理ならば、これ以上ここにいる必要はない。もちろん、哀れに思って孤児院を紹介してくれるとかの可能性もあるだろう。というかその可能性は高いと思ってる。だけど、この体は睡眠がほしいわけでもなく、食事は……どうだろ? 秘密結社でも幹部クラスは食事が用意されるとは聞いていたけれど、果たしてそれが人間の食事と同等なのかは、結局わからずじまいだった。それにエネルギーになるかどうかは別問題のような気もする。
そして孤児院では、私が望んでいるような安全性を確保し、教育を受けることは無理だろう。歴史を振り返れば、教育というのは特権であるということは一目瞭然。加えて教育と一言で言っても、身分制度がある社会では、階級ごとに受けられる教育というものが異なっている。貴族には貴族の、農民には農民の教育があるということだ。その中で、私の希望している教育とは、かなり高等教育の部類に入る。
私の社会的身分は孤児。最下層だ。そこから安全や知識など一発逆転を夢見て神官さんについてきたわけだが、どうやら取らぬ狸の皮算用だったな。背負い袋の中から、エネルギーストーンをはじめ、本当に必要なものだけを集めた小さな袋を取り出す。怪人の体に感謝だ。人間だったら、たったこれだけの荷物で必要なものがまかなえるなんてなかっただろう。
あたりを見渡し、街の表通りに一番近いところにいる神官戦士のパーティーに目をつける。
長いすから飛び降りるようにして降りると、荷物を全て持って神官戦士のところへ向かう。
「おねーしゃん」
「……ん、なんだい坊や」
槍を持った神官戦士の女性が少し不思議そうな顔でこちらを見た。杖を持った神官戦士は、弓を持った仲間に「あら、モテモテよ」などと茶化しを入れている。
「えっと、フィルナおねーしゃんはしってますか?」
「フィルナおねー……知ってる?」
槍持ちさんは仲間二人を振り返る。
「神官見習いのフィルナでしょ。さっきこの坊やと一緒に帰ってきたじゃない」
答えたのは弓持ちさん。よく観察しているな。一緒だったことも認識されていたか。そして見習いだったのか……。
背負い袋を渡す。
「これ、おねーしゃんにわたしてくらしゃい。おねがぃします」
そう言って、相手の反応を待たずに通りへと走り出す。
「あ、坊や、ちょっと!」
後ろから声がかけられるが気にしない。
神官戦士たちは神殿の守りが仕事だ。追いかけて話を聞こうと思っても、持ち場を離れることはできまい。その点も考慮して彼女たちに荷物を託したのだ。
事情を詳しく知らない神殿の人々が、わざわざ追いかけてくることもあるまい。だが、念には念を入れたほうがいい。幼児の体を全力で動かし、とてとてとてとてと、軽くなった荷物を持って街中を駆ける。
そして、そのまま街を出た。
目指すはあの迷宮。そして迷宮のあった森。
安全とは確たる武力があって初めて入手できるものだ。神殿勢力、宗教勢力という虎の威を借りようと思ったが、それができないならば、街中でも迷宮でも自分にとっての安全性は変わらない。
なにせ睡眠も休息も必要としない体なのだ。唯一そして絶対の生命線であるエネルギーストーンの入手を考慮すれば、森で魔物を狩る手段を考えたほうがいい。
所詮私は怪人。
人間とは相容れぬ運命だったのだ!




