街へ
森を抜けるのに、さほど苦労はなかった。
迷宮から森の出口まで、踏みならされた道ができていたからだ。
迷宮を出てきた時刻もよかったのだろう。少し歩いたところで夜明けを迎え、夜の闇が移動に差し障るようなこともなかった。
この森は、比較的安全で知られているらしい。だが魔物も出現するし、夜になればその活動は活発化する。あくまで安全なのは日中、という話だ。
特筆して危険性が認識されているのが、迷宮の存在だ。
迷宮に生息する魔物たちの強さは、森の比ではない。だが、その迷宮にしても、中にさえ踏み込まなければ魔物が外に出てくるようなことはない。加えて街から程近いところにあるという立地条件から、やってくる冒険者の数もそれなりだそうだ。
そうして、この森は、人々にとって恵みを享受する場所となっていた。神官さんがここに来たのも、森で採れる薬草のためだったそうだ。
と、いうことを会話の中から聞き出した。
うーむ、迷宮の魔物の強さ、というのは実感がわかないな。
あの幽霊さん、確かに強そうだったが、このへっぽこ神官の援護を受けた盗賊に倒されるんだぞ。場数を踏んだ冒険者パーティーなら危なげなく倒しそうな気がする。
あの盗賊だって、純粋な戦闘力はそこまで高くないだろう。あの毒物の扱いの手馴れた様子から、毒などのからめ手を使う対人戦闘に能力を発揮するタイプだと思う。対魔物ではたいしたことあるまい。
その幽霊さんがボスの迷宮が危険な場所ねぇ。
ただの草刈場にされそうだぞ。それともあれか。この近辺は「始まりの街」とか「始まりの村」とかなのか。
エネルギーストーンを手に入れるためには魔物を恒常的に狩る必要がある。だが、今のこの体でどの程度のことができるか。そこを見誤れば死、あるのみ。
はぁ~面倒くさい。思えばちゃんと訓練用ダンジョンなんか用意しておいた秘密結社は本当に環境が整ってたなぁ。
文句を言っても始まらないな。とにもかくにも命をつなぐためにエネルギーストーン、そしてレベルアップだろうなぁ。改造せずに能力が向上できるなら、この体でもある程度の戦闘能力を手に入れられるかもしれない。そして旅ができるだけの下地を整えたら、地下都市を目指そう。
よし、今後の大きな流れは決まった。
「さあ、ここがダラムの街よ」
「ほぇ~」
間の抜けた声を上げながら、街を取り囲む城壁を見上げる。
思えば怪人になってから、まともな人間の街って見たことがなかったな。どんなものかと思っていたが、人々の居住地をすべて城壁で囲い込んでいるのか。
連想されるのは、古代中国の都市だな。史記とか三国志で出てくる都市の姿だ。実際見たことはないが、コー○イのゲームは好きだったからなぁ。
都市の周辺を見渡す。
一面、農地が広がっている。
ふむ。商業都市と農村の中間のようなものなのか? 中を見てみないとなんともいえないな。
神官さんに連れられて街中へ入っていく。
ちなみに門番をしている兵士はいたが、税金を取られるとかはなかった。
「さあ、こっちよ」
ずんずん進んでいく神官さんの後を駆け足で追う。街中に入ったとたん元気になったのは、やはり安心感だろうか。
街並みは整然としている。まっすぐに通された大通りに沿って区画整理がされ、その上で建物を建てたとわかるような光景だ。建物はみな石造り。とおりに面した建物は商店が多いらしく、さまざまな看板や色とりどりの飾り付けが目に入る。
周囲は城壁に囲まれているとはいえ、ここまで街中が整理されてしまっていると、ここが戦場となった際に敵の行動を阻害できないだろう。見通しの良さや交通の便は平時にはプラスとなり、戦時にはマイナスとなる。
この近辺は戦乱とは程遠いのだろうか。そうでなければ、ここまで平時の商業活動に適した街づくりはできないと思うのだが。
すれ違う人並みの中には、帯剣した冒険者らしき者たちも数多く見受けられる。それに対し、兵士の数はさほど多くない。
人々の顔には活気があり、街は熱気にあふれている。
なるほど、経済がうまく回り豊かさを生み出している都市のようだ。それは同時に、豊かさの影である貧富の格差や治安の悪化という面も持つだろう。盗賊が跋扈する下地はあったということだな。
大通りの突き当りには、ひときわ立派な建物が見えた。おそらく、この街の領主とかが暮らす建物だろう。そしてその横に、これまた立派な、白亜の建物があった。
ちょっとパルテノン神殿っぽいと思っていたら、神官さんがそこに向かって歩いていく。
なるほど神殿だったようだ。
入り口、といったものはなく、吹きぬけたフロアの一面が柱のみで構成されており、その間を通り抜けて中へと入る。まあ、この柱で構成されているのがパルテノンっぽいと思ったのだが。
思った以上に奥行きが深い。そして一番奥には、信仰されているのだろう巨大な女神像が鎮座していた。
「フィルナ!」
女神像に目を奪われていると、奥から神官さんと同じ格好、まあ当然神官なんだろう女性が走り寄ってきた。
「フィルナ、どこに行っていたの! 帰ってこないからみんな心配していたのよ」
へっぽこ神官さんより少し年嵩な女性だな。
「ア、アニカさん……ごめんなさい、私、私……」
神殿にたどり着いたことで、本当の意味で安心したのだろう。神官さんの目から涙が溢れ出し、嗚咽がとまらなくなった。
「フィルナ?……とりあえず、部屋へ行きましょう、さ」
アニカと呼ばれた女性が肩を貸すようにして、神官さんを女神像に向かって左側にある扉の奥へと連れて行った。
おーい。幼児はほったらかしかい。
ま、いいけどね。




