迷宮の外へ
40歳おっさんによる幼児擬態はうまくいったようだな。
言葉遣いや行動で参考にしたのは友人の子供たちだ。
盆や正月にはよく高校時代からの友人たちと飲み食いしていたが、こっちは独り身ながら、家族ぐるみの付き合いをしていた。友人たちの嫁さんや、子供たちとは仲良くさせてもらっていたからな。
それに自分は子供好きだったので、子供たちの相手はよくやっていた。
もっとも、大抵は泣かれるのだが……。
それはさておき。
まずありがたかったのは、この神官さんと会話が普通にできたことだ。言葉が通じないとなれば、できることも限られている。
秘密結社のなぞの科学力には感謝だなぁ。
さて、現在は迷宮のボス部屋を出て、通路を歩いているところだ。
ボス部屋でいつまでも時間を食ってしまい、リポップした幽霊さんとごたいめーん、は避けたいからな。
現状、エネルギーストーンを貪り食ったおかげで完全回復しているので流水拳が使えるが、避けられる戦闘は避けるべきだ。
なによりこの神官さんの前で流水拳を見せたくない。もちろん、自分の戦闘能力も。
「大丈夫、疲れてない?」
「うん、らぃじょぶ」
神官さんがにこりと微笑む。
気丈だねぇ。
疲れているし、肉体的にも精神的にもぼろぼろなのは神官さんのほうだろうに。
女性、といっていたが、よくよく身近に接してみるとまだ少女と呼んだほうがいいようなあどけなさだ。
こんな子を無理やり、か。よほど女性に飢えていたか、ロリコンか。まあこの世界の結婚年齢がわからない以上、とやかく言うまい。日本だって平安時代とかの結婚年齢を見ればロリコンだらけだ。
というか、種の保存として生殖可能年齢になればすぐ実行するのは、生物としては正しい行動だろう。
人間の場合、特に先進諸国では社会の発達によって生物としての適合性との間にずれが生じてしまったんだな。それを良しとするか悪しとするかはさておき。
肩からかけた背負い袋がずり落ちそうになってきたので、担ぎなおす。
袋の中身は戦利品だ。
盗賊たちの所持品から、貨幣やエネルギーストーンをはじめとして、有益そうなものを持てるだけ持ってきたのだ。もちろん、神官さんも自分の荷物に加えて持っている。
特筆すべきは、まずついに衣類を手に入れたことだ。
幽霊さんに殺された盗賊から失敬させてもらい、サイズはぶかぶかだが立派に上下そろっている。まあ、布は何から作っているのか知らないが、お世辞にも上質とはいえない。手触りはごわごわしてるし、肌触りは悪い。だが、そんなのは気にならない。正直、われわれ怪人には衣類なんか要らないんじゃないかと思うが、人間の中にまぎれるためには大切だ。その必要十分条件を満たしているのだ、文句はない。
神官さんは盗賊たちの身元がわかりそうなもの、あるいは奴らに殺されたであろう人物の身元がわかりそうなものを探していたが、そちらははかばかしくなかった。なお、私が最初に手に入れたあの汚れたドレスは母親の形見ということにしている。当然、中に包んだエネルギーストーンも所持している。
人々の暮らす街に入り込むのはいいが、エネルギーストーンを安全に手に入れるための手段は確保しないとまずいな。
私がこの神官さんと接触を持った理由は、安全性の確保を狙ったことが第一。そして第二に、情報収集のためだ。
博士や助手コンビ、あるいはマフィア将軍と合流するためには、何にもまして情報が必要だ。一番手に入れやすい情報は、おそらく怒りの塔もしくは地下都市に関してだろう。あの騎士団を派遣していた王国……レフィント王国だったか? あの国の情報でもいい。そこから辿れば地下都市には間違いなく行き着くだろう。
まったく、強化改造しておいてぶん投げるとかどういうことだ。おっさんは怒ってるぞー。まあ、この状況も博士がデータサンプルを取るためとかの可能性が高いとは思うんだが。あの人、いやあの怪人たちなら平気でやるに違いない。
そういえば、エネルギーストーン関連で、一点不可解なことがあった。
私がドレスに包んで持っているエネルギーストーンと、あの盗賊が倒した幽霊さんが出したものが、だいぶ違うものだったのだ。簡単に言えば、盗賊に倒された幽霊さんからでたエネルギーストーンは質が悪かった。サイズも小さいし、輝きも悪い。
これに関しては理由はわからない。二匹の幽霊さんに違いがあったのだろうが、迷宮のボスが出現のたびにレベル変動起こしていたりするのか?
幽霊さんから感じたプレッシャーはどちらも同じように感じられたのだが、今の自分のレベルが低すぎてどちらも「とてもとても強そう」にしか感じられないということも考えられる。
……いや、今ふと考えたが、もしかしてあれか。私の持つ意味不明な運命能力か、これも。ゴブリンキング討伐でレア物が出現したのと同じなのか。
とりあえず最初に手に入れたエネルギーストーンはこれも母の形見ということで手放さないようにしておこう。
しかしエネルギーストーンを経口摂取以外で吸収する方法はないものか。たとえば心臓の上において押し付けると体内に取り込めるとか。
……ないな。
だって、だって……おらは、人間だから……。ジェ○ニモー!
あほな一人漫才を頭の中でやるのはここまでにしよう。
前方に扉が見えてきた。懐かしいエレベーター扉だ。
指紋認証や声紋認証は、ないのか。まあ、あったら盗賊には使えないよな。
扉を前にあたふたとする神官さん。仕方ないな、助け舟を出してあげよう。
「おねーしゃん、これ、しってる」
「え?」
驚いたように、しかし少し安心したようにこちらを見る神官さん。
「えっとね、それ、おすの!」
エレベーター扉の前にボタンはひとつしかない。間違いなくそこを押せばいいだろう。
おそるおそるという体でボタンに指が触れる。
だが、変化がない。
「あれぇー?」
半分素で首をかしげる。
よく観察してみる。神官さんの指先がボタンに触れている。
触れているだけだ。
なにをしてるのだ、この娘っこは。
「おすのーっ!」
「え、ええ。こうね」
そういいながら、触れるだけだ。
「むぅ~」
ふくれっつらを作って見せると、ようやく意を決したのか、ボタンが押し込まれた。なんか知らんが目を思いっきり硬くつぶってるぞ。そんなに怖いのか。
ずずず、と軽い振動とともに扉が真ん中から割れて左右にスライドする。
ふむ。本拠のエレベーターに比べるとハイテク感が足りないな。セキュリティの甘さといい、安物か?
「わーい」
無邪気さを装って中に入る。そうしないとこの神官さんぐずぐずしそうだからなぁ。
1階と直通のためか、中には開閉ボタンと上下を指すボタンしかない。随分簡略化されてるな。なんというか、人間を運ぶものというより、荷物の運搬用エレベーターみたいだ。あるいはそうなのだろうか。
恐る恐る、神官さんもエレベーター内に入ってくる。
「……これから、どうするの?」
入ってくる早々、私に質問してくる神官さん。おいおい、こっちは幼児だぞ。大体、これ以上詳しく知ってたらおかしいだろうが。まさか誘導尋問を仕掛けているわけではないよな。
「ん~? しらにゃ~い」
ここはあえてすっとぼける。まわりを興味深そうに、実際興味深いのだが、きょろきょろと見渡すぞ。
「え、えぇ……どうしよう……」
すっかり困り顔の神官さん。だが私は助けない!
「あ……」
お、神官さんが開閉ボタンに気がついたぞ。さあ、どうでるどうでる。
震える指がボタンの前に伸ばされ。
押さない。
押さない。
押さない。
押せよ!
フィインと、小さな音とともに閉ボタンがほのかに点灯した。
「きゃっ」
みろ、エレベーターさんのほうが痺れを切らしてしまったではないか。
「なんかひかってるー。おしてー。おねーしゃん、おしてー」
「いい、いいのかしら?」
うーむ、この神官さん、よくあの盗賊頭を刺し殺したな。火事場の馬鹿力、いや窮鼠か。そういえば自分もゴブリンキングをなぶってたら新たなゴブリンキングを生み出してしまったな。
格下だからといって甘く見てはいけませんということだな。反省しよう。
ずずず……。
扉が閉じられる。後は上昇ボタンを押せばいいだけだ。三角形マークがついてるから、さすがにわかるだろう。
相変わらず恐々とだが、神官さんの指がボタンを押す。
開閉ボタンを。
ずずず……。
「……あ、あれ?」
「…………」
もう何も言うまい。
その後、ようやくコツがわかってきたのか扉を閉じて上昇ボタンが押された。
ふぅ。長い戦いだった……。
ずぅん。
浮遊感がなくなった。こういうところは相変わらずリアルな作りこみだな、秘密結社。
扉が開かれる。
目前には変わらず迷宮の通路。
だが、壁面の色が少し違う。ボス部屋外の通路に比べると明るめだ。
そして空気の匂いが違う。外が近い、そういう匂いだ。
そこから隠し扉を3枚抜けた。
なかなか巧妙に作られている。そしてそのうちの一枚は、本来ならなんらかの認証を必要としたのだろうが、システムが壊れたのか、開きっぱなしになっていた。これが、盗賊たちがあの部屋を根城にできた理由のひとつだろう。
そして、突き当たりに出た。
「あれ……道を間違えたのかしら……」
いや、それはないだろう神官さん。隠し扉は巧妙だったが、それ以外はほぼ一本道だ。
大方、この壁に細工があるか、周囲にスイッチがあるのだろう。
そう思って突き当たりの壁に手をかけたとたん、くるりと壁が回った。
「ひゃあ」
ころん、と回転扉から吐き出される。
もともと幼児体型で重心が上に偏ってるのに加えて、背負った荷物の重さが加わり、見事に転げてしまう。
「むぎゅぅ」
とっさに受身は取れないと判断し、勢いのまま前方に転がって、ころころ2回転する。
「だ、大丈夫?」
あわてて神官さんも回転扉の向こうから出てくる。
見事な細工だ。通路のなんの目印もない、変哲のない壁面の一箇所だ。ここが扉になっているなんて誰も考えまい。
駆け寄って助け起こしてくれた神官さんが周囲をきょろきょろ見渡している。
「こっち……かしら」
大丈夫だろうか。この神官さんは別に迷宮探索していたわけじゃないんだよな。地理に不安がある上に、戦闘能力も不安しかない。迷宮1階ならそんな強力なモンスターはいないだろうが、油断はできないぞ。
だが、ありがたいことに不安は杞憂に終わった。
出口だ。
弱弱しく光が差し込んでいる。
神官さんと二人連れ立って、迷宮の出口を潜った。
そこは、まもなく夜明けを迎えようとしている森の中だった。
脱出ミッション、クリアー!




