平和を脅かす地獄の軍団
洞窟の中に足を踏み込む。
じめっとした空気が漂うが、気になるほどではない。
壁面に生えたヒカリゴケのようなものが発光しているおかげで、視界は確保できている。あくまで薄明かりといったところだが。
01番さんはずんずん洞窟を進んでいく。以前にも来たことがあるのだろうか、その足取りは確かなものだ。
洞窟の横幅は2人がぎりぎり並べるくらいだろう。天井は少々低いが、身を屈めなければならないほどではないのがありがたい。私は腰痛もちなのだ。
しばらく歩くと、道が開けているようだ。侵入者を誘い込んで迎え撃つには最適な地形というやつか。……駄目でしょ。怖い想像をするのはやめよう。つくづく03番でよかった。
01番さんの足が止まる。
すっと身を屈めると、先ほどまでとは変わって気配を殺すようにして進んでいく。同じようにする02番さん、そして私と続く。
広場の入り口付近まで来た。
中の様子を窺うと、なにやら小柄な人影が複数、いや多数動いている。
なんだ? 小学生の遠足か? 洞窟探検ツアーに参加した小学生を襲撃、誘拐するのが今回の作戦か!
……そんなわけないだろう。どう見ても小学生が立ち入る場所じゃないぞ。
無言のまま、01番さんがこちらに手のひらを向けた。
指を一本ずつ曲げていく。
? ……! あ、カウントダウンか!
気がついたときにはカウントは0。二人は広場へとおどりこむ。
ええい、よくわからんがこうなったら飛び込むしかない。
02番さんに一歩遅れて広場に飛び込んだ。視界の中で、二人は右前方と正面に向かってかけていく。と、いうことは私は左前方に向かえばいいのか?
そちらをみる。人影と目が合った。
えっと、最近の小学生はずいぶんと老けていますね。おっさん驚きです。いや、なんと言うか凶暴というか醜いというか。しかもなんか刃物持ってますよ? はっはっはっ。元気がいいですね。
げ、現実を見ろ私! これってファンタジーによく出てくるゴブリンだ! なんでゴブリン!?
「ギャギャギャギャギャ!」
うわっ、なんか叫びながら刃物振りかざして走ってきた! 冗談じゃない!
「イイイイイイイイイーッ!?」
私も絶叫です。刃物振り上げられて平静でなどいられません。幼いころから今まで、殴り合いの喧嘩なんか数えるほどしかやったことがありませんが、数少ない経験で唯一学んだことは「先手必勝」です。一発殴って、息つく暇なく殴り続けるしかない!
うわ来た!
「イィッ!」
相手が刃物を振り下ろすよりも早く蹴りを繰り出す。うおおお! おっさんパニックだよ!
繰り出したつま先がゴブリンの顔面に当たり、そして……。
メゴっというなにやら形容しがたい音ともに、その小柄な体が吹き飛んだ。あれ?
「ギャギャギャ!」
うおおっ! ぼけっとしてる場合じゃない、次が来た!
刃物が怖くて接近したくない! 蹴る蹴る蹴る!
無我夢中で、襲い掛かってくるゴブリンたちを蹴り飛ばしていく。
ありがたいことに小柄なためか、蹴り一発で吹き飛んでくれる。そのたびに骨の砕ける音と感触があるが、そんなことを気にしてる場合じゃない。こっちは必死だ。
ふと背後になにやら嫌な気配を感じ、慌てて横っ飛びすると、いつの間にやら忍び寄っていたゴブリンの刃物が振り下ろされる。
おおお、怖い! 死ねぇぇぇ!
蹴飛ばすには近すぎる。小柄な相手だけに振り下ろすような角度で右の拳を顔面に叩き込む。
「ブギッ!」
体勢を整えさせるな、力は入らなくてもいい、続けて左だ!
軽い破裂音のような感触とともに、ゴブリンの上体がのけぞる。わずかに距離が開いた。チャンス!
「イーッ!」
気合とともに全力で頭部に横から蹴りこむ。
あ、なんか会心の一撃って感じがする。
一瞬、周囲の動きがすべてスローモーションになったように感じ、頭部にぶち当たった足が振りぬかれる。
きれいに、ゴブリンの頭部だけが刈り取られた。
うそーん。なにこれ。
「イイッ?!」
驚きの声を上げたのは私、ではなく01番さんだ。どうやらちょうど今のシーンを見ていたらしい。
ゆっくりと、頭部を失ったゴブリンの体が仰向けに倒れこむ。
いや、それどころじゃない。あとゴブリンは何匹だ?
周囲をきょろきょろと見渡すが、それらしき姿は見えない。どうやらすべて片付けたようだ。
02番さんも近づいてきた。
「イーッ、イッ!」
少し興奮した様子で01番さんが02番さんに話しかけている。先ほどの私の一撃の話のようだ。
02番さんがゴブリンの死体を覗き込むようにすると、指差しつつ私のほうに顔を向ける。
どうやったの、コレ? そんな感じだ。
頭部だけ蹴り飛ばしたとジェスチャーでやって見せると、びっくりしている気配が伝わってくる。
「イーッ」
二人から、お前すごいなぁという感じで肩をたたかれる。いや、無我夢中だっただけなんですけどね、私。
それから二人がゴブリンの死体を一箇所に集めだしたので、自分も手伝う。ちなみに蹴り飛ばした頭部は壁にたたきつけられてしみと化してました。我ながらびっくりよ。
死体を集め終わると、二人はゴブリンたちの持っていた刃物で、死体の胸の辺りを切り裂いて指を突っ込んでいる。さっきまでは半分パニックだったから気にならなかったが、グロい光景だ。我ながらよく平気でいられるものだ。はて、この耐性は改造されたせいだろうか。
そのまま見ていると、引き抜かれた指先に、なにやら小さな石がつままれている。
ははぁ。ファンタジーあるあるだと、魔石とかそういうものか。はっはっはっ、ということは魔法もあるのかね。
考えないようにしていたけれど、そろそろ年貢の納め時だ。
ここ、私の知ってる地球じゃないよね。なんてこった。
平和は平和でも、ゴブリンの平和でした。