騎士道といふは死ぬことと見つけたり
今回は別視点からです。
我々の探索班がその魔物と遭遇したのは、怒りの塔11階でのことであった。
その日の早朝、まだ夜も明けやらぬ時刻に、我々を含めて10の探索班が編成された。
きっかけは宝石スライムが出現したという情報を数日前、騎士団の上層部が入手したことだ。
宝石スライムとはスライムの変異種であり、見る角度によって色彩が変わる独特の体を持つ。そしてそれ以上に重要なのが、その体内に生成される魔石だ。
スライム種が持つ魔石の色合いは、その体色と一致するというのは一般によく知られた事実だ。紫色をした毒スライムであれば紫色の魔石が、水辺に生息するケースが多いブルースライムであれば青色の魔石がその体内から採れる。
そして宝石スライムからは、見る角度によって色彩が変わる魔石、通称虹石が採れる。
この虹石、他のスライム種から採れる魔石と大きく異なる特徴として、非常に硬質であるという点が上げられる。他のスライムの魔石は指でつまんで形を変えられるほどに柔らかく、弾力にとんだ球形をしている。しかし虹石は先述のとおり硬く、その形はそれぞれ異なり一つとして同じものがない。一品ものだ。
このような理由で、貴族のご婦人方には非常に人気があり、高値で取引される。
「隊長、スライムは14階から13階が生息域では?」
同僚のジャリズが疑問を口にした。
それは部隊の皆が疑問に思っていながら口にしなかった事実だ。
「そうだ。だが、上は低階層を隈なく探せと仰せなのだ。……わかるな」
「は、はぁ」
納得しかねるもの、隊長にそう言われては仕方ないという体で返事する。鎧を纏っていなかったら、頭の一つでもぼりぼり掻いていたところだろう。
今の問答もそうだが、隊長自身この命令にあまり乗り気ではないようだ。まあ、恐妻家で知られる隊長がご婦人方の要望のためにひーこら言わされている現状を考えれば、さもありなん。
「止まれ」
落ち着いた、しかし緩みの感じられない号令が飛び、全員が足を止める。
視線の先には小部屋があり、そこに大柄な人影が見られる。
「前方にモンスター。オークが10匹ほどの小集団か……むっ!」
「どうしました隊長」
正直オークなどまったく相手ではないのだが、なぜか隊長の声に緊張が走った。
「今、オークどもの後方に人影が見えたような気がしたが、確認したものはいるか?」
人影? 冒険者だろうか。
仲間たちはみなお互いの顔を伺うようにするが、誰も名乗り出るものはない。
「見間違いか……? でかいトカゲのような姿が一瞬覗いた気がしたのだが」
「トカゲですって!」
隊長の言葉に思わず反応してしまった。
だが、自分だけでなく他の仲間たちも一様に色めき立っている。
それもそうだろう、なにせ宝石スライムの出現に当たり、巨大なトカゲとその他数名の冒険者がスライムを大量に狩っているという報告もあわせて上がってきているのだ。
「隊長、もしかするとその者たちが虹石を所持している可能性もあるのではありませんか」
「そこまではともかく、何かしら情報を持っている可能性は大きそうですな」
「早速締め上げて尋問しましょう」
「冒険者風情が我らに隠れてこそこそと何事かたくらむとは、許されませんね」
口々にまくしたてる。なんとも血の気の多いことだ。
だが、さすがに隊長は冷静だ。オークを観察しつつ、何事か思案している。
「副長」
「はっ!」
部隊最後尾から、副長がすばやく駆けてくる。
「部隊を二つに分けるぞ。……地図を」
仲間の一人が地図を広げる。
「現在地」
「はっ。我々はこの階層に到着後、右折を2回、直進を3回しております。また、一番近くの座標石から考えましても、現在地はここで間違いないかと」
地図の一点が指差される。
「うむ。ならば、副長は8名を率いてこの経路をたどりこの地点へ向かえ。挟み撃ちにする。時間との勝負ではあるが、焦って体力の配分を間違えるなよ」
「はっ、しかしこちらが私を含めて9名では、隊長のほうは4名だけですが」
「構わん。そちらを多くするのは、途中でオークと遭遇した場合時間をとられないようにするためだ。状況によっては、4名で処理し、副長以下5名で先行せよ」
「了解しました」
副長の返事に頷くと、隊長は部隊全員を見渡して口を開いた。
「皆、油断するなよ。トカゲを連れた冒険者などと伝えられているが、実態は冒険者ではなく、地下の連中だ。予想していた者もいるだろうがな」
仲間たちの、冑の下の表情に緊張感が走ったのが感じられる。
「我らが祖国に仇なす者どもだ。便宜上中立関係となっているが、今回は不幸な事故だ。交渉は必要を認めない。以上」
隊長はじめ我々は連中にいい感情は持ってない。だがその戦闘力を軽く見るつもりもない。間違いなく厄介な相手であり、できれば無駄に戦闘はしたくない相手だ。
だが任務となれば話は別だ。
オークどもを片付け、隊長の下に集まる。
「よし。全員体も温まったな。行くぞ」
「はっ」
隊長を先頭に、あえて急がずに歩を進める。やがて見えてきた小部屋の中には、オークだった物体がそこかしこに転がっていた。
鋭利な切断面が見えるものや、弾け飛び四散しているもの、中には目に見える外傷のないものもある。
「攻撃方法は多彩なようですね」
私が話しかけた言葉に、隊長が頷く。
「姿が見え次第、お前たちは強化魔法を私にかけろ。その後自分にもかけて戦列に加われ」
「了解いたしました」
部隊を二つに分けた際、攻撃魔法よりも補助魔法を得意とする我々が隊長と共に残ったことで、その戦術はすでに理解できていた。もちろん隊長も自身で強化することができるのだが、より得意なものがかけたほうが効果が大きい。
そして戦列に加われといわれたが、実際には後方からの回復魔法や牽制が主な役割になるだろう。
それだけ、隊長の力量は抜きん出ている。我々が隣に並んでしまうと、かえって邪魔になる可能性が大きい。
「行くぞ」
「はっ!」
こちらからは一本道だ。そして次の交差路に副長たちが先回りできれば、敵は袋のねずみとなる。この戦いは、副長たち別働隊の動きにかかっている。
……そう思っていた。
小部屋を出て少し進んだ先で、隊長の足が止まった。
視線の先には、腕組みをし、直立不動の姿勢の黒尽くめの男。顔の下半分だけを露出させたその表情からは感情をうかがい知ることは難しい。
「強化だ」
隊長の落ち着いた声に、素早く詠唱を重ねていく。
長剣の鞘を払った隊長に合わせるように、男は腕組みを解き構えを……とらなかった。
「む」
仲間が小さくつぶやく。
男はまるで敵意を感じさせない足取りでこちらに歩いてくる。敵意を持っていないことを示そうというのか?
だが、その判断は今回は命取りだ。隊長は油断せず盾を構え、その死角で長剣に魔力を纏わせた。相手がどのような姿勢であろうと、問答無用で切り捨てるつもりだ。
そして男が長剣の間合いに入ったと思われたその時。
隊長の体が後方の我々に向かって跳ね飛ばされた。
「ぐおあっ」
くぐもった悲鳴と激しい金属音と共に、隊長を受け止める形になった仲間がもつれ合いながら地面を転がる。
しまった、自身の強化魔法が間に合ってない。強化魔法をかけていた隊長はともかく、仲間のほうはかなりの衝撃を食らってしまった。
「俺が牽制する、回復を!」
もう一人の仲間が盾を構えて突進する。
「わかった、頼んだぞ!」
すぐさま転がった二人の元へ駆けつけ、回復魔法をかける。
「がはっ」
隊長の冑の隙間から苦痛が空気の塊となって吐き出される。回復魔法をかけつつ確認すると、盾を持った左腕の鎧の隙間からぼたぼたと血が滴り落ちる。
強化魔法は利いているし、盾や鎧自体にダメージは見受けられない。衝撃だけを内部に通してきたのか!?
「ぐ、……も、もう大丈夫だ。援護を頼むぞ」
「は、はっ」
よろめきつつ立ち上がった隊長の目線を追うように、自分も牽制に向かった仲間のほうを見る。ダメージを負った仲間は最低限の回復はした。後は自力で回復してもらおう。
「下がれ、お前ではそいつの相手はきつい!」
その隊長の叫びに答えるように、仲間がこちらを振り向いた。
……首から上だけを真後ろに向けて。
「ジャリズ!」
思わず悲鳴のような声を上げてしまった自分の面前で、その体が激しい金属音と共に地をたたく。
黒尽くめの男は、高々と上げていた片脚をゆっくりと下ろした。
くそ、首を蹴り曲げやがったのか、化け物め!
「貴様ぁ!」
隊長が盾を前面に押し出して突進する。
「食らえ、シールドアタック!」
直撃を食らった男が後方へと吹き飛ぶ。
「くそ、受け流されたか」
だが、吹き飛ばされる途中で軽やかに宙返りを決めると、何事もなかったかのように着地する。
隊長はシールドアタックでやつの体勢を崩し、斬りかかるつもりだったのだろうが、うまく間合いをはずされてしまった。
「ライトアロー!」
そちらが間合いを広げるなら、こちらは魔法攻撃を加えていくだけだ。隊長の背後から援護の魔法攻撃を加えていく。
ちっ、やはりかわされるか。
我々騎士団はもともと攻撃魔法はそれほど得手ではない。何せ国には本職の魔導師たちがいるのだ。我々は自己の強化魔法に重きを置き、接近戦闘力の向上に努めている。
この迷宮にも魔導師、そして回復を専門とする神官が来ているが、今回は下層の探索ということで同道していない。失敗した。
「無理せず援護に徹せ! 先ほどの吹き飛ばしはスキルで相殺できるはずだ、ナザムは回復したか!?」
視線を男に向けたまま隊長が問いかけてくる。
「は、はっ。自分も大丈夫……です!」
ふらふらとようやく回復したらしい同僚が立ち上がる。
「よし、二人で援護を頼む。不意打ちさえ防げば処理できる相手だ、行くぞ!」
「食らえ!」
隊長が得意のスキル、二段突きを繰り出す。
だが黒尽くめの男はそれを紙一重でかわしていく。
突き技は外されてしまうとどうしても体勢が崩れやすい。それをわかっているのか、男が反撃を加えてくる。
「ぬぅ!」
男の拳撃を隊長が盾で受け止めると、重い金属同士を打ちつけたような、鈍い音が響き渡る。
強化魔法もかけている盾と素手で打ち合えるとは。肉体能力がそれだけすさまじいのか、それともあれもスキルの一種だろうか。
わずかに後ずさった隊長を援護すべく、魔法を打ち込む。
男は煩わしそうに魔法をかわすと、距離をとった。
……両者共に決め手に欠ける。
「大丈夫だ、副長たちが来てくれれば……」
隣の同僚がつぶやくように語り掛けてくる。
そうだ。両者共に決め手に欠けるのであれば、援軍の有無が勝負を決める。
副長は隊長ほどではないがかなりの使い手だ。そして仲間たちが来てくれれば、援護も大分楽になる。
だが、その期待は最悪な形で裏切られることになった。
「てこずってるじゃないか、03番」
男の背後から姿を現したのは人語を話す巨大トカゲ。そしてその背に乗る小柄な、少女のような姿かたちをした魔物。
くそ、副長たちはまだか!
「……一撃加えるよ。うまく生かしな」
「イーッ!」
初めて口を開いた男が、意味不明な鳴き声のような叫びを上げる。見た目は人間に近くとも、やはり魔物か。
トカゲの背に乗っていた魔物が、駆け出す。
「ライトアロー!」
それにあわせるように、こちらも魔法を打ち出す。だが、その間隙を突いて急速に接近したトカゲが、ムチのようにしならせた舌を隊長の盾に打ち付けた。
「ぐっ!」
吹き飛ばされそうになった隊長が、崩れそうなバランスを何とか保つ。
「プレゼント」
少女型の魔物が隊長に向かって何か、人間の頭大のものを投げつけた。
速度は速くない。
魔法でそれを打ち落とそうとし、隊長もまたそれを盾で防ごうとしたとき。
我々はそれを見た。
見てしまった。
首だけになった副長を。
「!!」
動揺は一瞬。だが、それは我々にとって致命的な一瞬だった。
盾の死角から飛び込んできた男に対して、隊長の対応は遅れた。
……そして隊長の冑に、男の掌底が打ち込まれた。
隊長の体は吹き飛ばなかった。掌底を直接受けた頭部ですら。
それはつまり、衝撃をすべて冑の中に打ち込まれたということだ。
冑の隙間から、赤い噴水が噴出した。
「うおおおお! 逃げろナザム!」
私は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
長剣を抜き放ち、魔物たちへと斬りかかった。
逃げろと叫んだところで、同僚が逃げるかどうかわからない。また、こいつらが逃がしてくれるとも思えなかった。
それでも。
騎士としての誇りと意地をすべてこめて私は斬りかかったのだ。
最期に自分が思ったことは何だったのか。それは、よくわからない。ただ、今まで送ってきた自分の人生が、最期にこういう形をとるものだったのだろうということだけは、わかったのだった。
忙しくて投稿がすっかり遅くなってしまいました。
週一回は投稿できるようにがんばろう。




