豚殺場
さて、13匹の子豚……ならぬ大豚の皆さんを観察している。
こういう集団を相手にするには、まずリーダーをつぶすのが一つのセオリーだ。全員同じオークではあるが、集団で動く以上、必ずリーダーが存在するはずだ。
はずだったのだが。
どうもこの集団、統率がない。
はっきり言えばリーダーと呼ぶべき個体がいない。
なんだか意思の統一も図られず、皆が皆、てんでばらばらな行動をとっている。それなのに、よく集団で過ごしていられるなぁと少し感心してしまう。まさか彼らは本当の意味での平等主義を貫いているのだろうか。
「ダンジョンが生み出すモンスターに時々見られる現象だねぇ。自然じゃありえないよね」
ですよねえ。観察していると、違和感ありすぎですよ。
「だけどあんたは同じようなケースには慣れているはずだよ。地点M上層のゴブリンたちもこんな感じだったはずだよ」
おお、そうか。
言われてみれば、確かに地点M入ってすぐの広場にいたゴブリンたちもこうだった。統制の「と」の字もなかったもんな。
そうとわかれば早速先制攻撃よ。
統制が取れてないからこそ、視線があっちこっちに向けられており、かえって隠密行動が難しくなっている。
不意打ちができるのは1匹か、多くて2匹までだな。
だがありがたいことに、オークは私よりも巨体だ。こちらに汚いケツと背中を向けている1匹の陰に隠れるようにして急速接近する。
こいつら武器は持ってるけど裸だもんなぁ。せめて股間くらい隠せ。
後ろ首に向かってハイキック。
クリティカル。
結果は確認せず、すぐさま右横にいたオークに襲い掛かる。
「グボッ?」
なんだ? といった雰囲気でこちらに向き直るオーク。遅いわ、食らえ正拳突き!
ズドン、という腹に響く重低音とともに、オークのどてっ腹に大穴が開く。
さすがに残りすべてのオークが異変に気づいた。さあ、撹乱戦の開始だ。
「ブモオオオ!」
怒りの形相で長剣を振りかざしたオークの懐、肌触れ合うほどの距離に一足で飛び込む。
「!」
ふははははは。どうだ近すぎて長剣が振れまい。
両の掌をやつの腹につけ、押し飛ばす。
改造してから初めての全力全開、吹き飛ばんかい!
巨体のオークが、指ではじいたピンポン球のように飛んでいく.
後ろにいたオーク3匹が巻き込まれ、ボーリングのピンさながらに跳ね飛ばされた。
もう1匹ぐらいは狙いたかったが、贅沢は言うまい。
豚ボーリングによって開いた空間に走りこみ、横合いから棍棒で殴りかかってきたオークにカウンターをあわせると、豚鼻に命中した拳がそのまま頭部を破裂させた。
頭部を失い、ゆっくりと倒れこもうとするオーク。その身体の陰に回りこみ、後方から斬りかかってきた次の攻撃をかわすと、そのまま頭部を失った身体を踏み台にして飛び上がる。
いくぞ必殺! ラ○ダーキーック!
1匹目のオークの頭部上半分を一切の抵抗なく蹴り飛ばす、いや斬り飛ばすと、その勢いのまま2匹目の腹に蹴りが炸裂する。
だが予定外なことに、片脚が見事に突き刺さってしまった。
ま、まずい。
オークの身体に左脚が刺さったままの体勢で、右脚だけで何とかバランスをとって着地する。
ええい、バランス、バランスを取るのだ我が肉体よ!
絶妙の平衡感覚の賜物で、何とか転倒は免れたが、相変わらず左脚はオークを串刺しにしたままだ。これはまずい。
「グボオオオッ!」
はい、そうですね。こんなチャンス逃してはだめですよね。おっさんもそう思います。
うおっ! 危ない!
振り下ろされた片刃の斧を身体をひねってなんとかかわす。
おわっとっとっと。
片足だけで、オークの死体と下手なダンスを踊ってみせる。
ダンスはうまく踊れない。ついでに傘もない。見上げれば朝の月。なんのこっちゃ。
おっさんの時代は体育にダンスなんてなかったからね。
「ブオッグオオオ!」
そんなに怒られても抜けないのだから仕方ないではないか。君の友人がいけないのだよ、君の友人が。
今度は別のオークの棍棒が振りかぶられる。
ええええい、邪魔だ! ならば見よ、秘技、片足旋○脚!
右脚1本で身体をすべて支え、オークを刺し貫いたままの左脚を天高々と振り上げる。
「イイイイイイイイイッ!」
気合一閃、右脚を軸に、オークの死体の重さも利用して左脚の回し蹴りを放つ。
オークがあわてて棍棒を盾にするのが目に入った。
甘いわ! 重量、速度、そして筋力。そのすべてを破壊力に変えて貴様にたたきつけてやるわ!
当然貴様のお友達ごとな!
「プギィッ」
情けない悲鳴とともに、肉体をひしゃげてオークが蹴り飛ばされていく。もう1匹も巻き込んで。ついでに左脚のオプションもちぎれ飛んだ。
ふぅ~危ない危ない。
1匹目にクリティカルを出してからそのまますっ飛んで2匹目に蹴りを入れる形になったから、クリティカルほどの破壊力が生まれなかったのかな。胴っ腹を貫通するくらいだから攻撃力は十分だが。あるいは、脚のクリティカルは斬撃扱いだから突き刺さったのか?
まあどちらでも良し。こういうことがあるとわかれば十分だろう。
さ~て、元気な豚さんは残り2匹。我が覇道の礎となるがいい!
「ちょいと。全部殺しちまったら流水拳の調査ができないじゃないか。何してんだい」
最後の1匹を「オークも股間は急所なのか」実験の貴重な被検体としてショック死させたところで、キリ姉さんから声がかかった。
…………。
すいません。忘れてました。いや、でもほら。豚ボーリングで跳ね飛ばされたピンの皆さんは虫の息で生存しているかもしれないし!
一抹の淡い期待を抱いて振り返ると、そこには力なく痙攣しているオークさんと、すかしっ屁を食らわせているゾリラ怪人の姿が。
「…………」
「…………」
思わず凝視してしまうおっさん怪人とカメレオン怪人。
やがてその視線の先で、オークさんは一度激しく痙攣すると完全に動かなくなった。
「……気付け薬。てへっ」
オ、オークさああああん!
「やれやれ仕方ないねぇ。まあ次を探そうか」
いや、確かに私のミスではありますが、最後の一件に関してはあなたにも監督不行き届きの責任がありますからね、キリ姉さん。
あ、目をそらしやがった。
「大丈夫。がんばれ」
あなたにそんなまっすぐに声援を送られても困るんですが。どうして満面の笑みなんですかね、この子は。
落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。
ということで、次の養豚場を探そうとしたとき、再び近づいてくる気配を察知する。
またか。
「あたしらを狙ってるわけじゃないだろうが、なんだろね。何をしてるんだか、騎士様は」
「ちょっと興味」
ふーむ。接触してみるか?
そう思って見やると、あっさり首を横に振られる。
「やめておこう。本来の目的を第一に考えようじゃないか」
うん、まあそうだね。おっさんもそれがいいと思うよ。
だが、その考えは移動し始めてすぐ、前方からも同じ気配が近づいてきたことで変更を余儀なくされた。
挟み撃ち。
偶然か。それとも罠か。
おっさん、両端を結んだ小豆袋なんか持ってないよ?
豚は豚殺場へ行け といったのはTV版のケンシロウだったかなぁ?




