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コマンダー03  作者: 前頭禿夫
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スライム道場

「それにしても、つくづく変わった個体だねえ」

 感心半分、呆れ半分といった口調で話しかけながら、サキ姉さんが歩いてくる。

「普通、怪人は自分の持っていない技能を使うことはできないってのは以前言ったと思うんだけどさ。それなのにあんたときたら、通背拳、だったかい? 素手の技能だろうけど、それをあっさり使って見せるんだからねぇ。記憶として持つ情報を強固なイメージと出来ていること、そして自身の肉体を思い通りにコントロールできる特性のなせる業だろうが、いやはやとんでもないね」

 人間だったら肩をすくめているのだろうな、と思われる口調だ。

 はっはっは。おっさん照れちゃうね。もっと褒めてもいいのよ?

「さすがトイレ怪人。すごい」

 ぐはっ。サキちゃんや、それはからかいなのか本気で褒めてるのかどっちですかね。

「ふむ、トイレ怪人ねぇ。あんたのクラスについてた、トイレ座って項目に博士は大分関心がある様子だったね」

 キリ姉さんの両目がぐるぐる回転する。

「クラスに関しては正直調べる手立てが思いつかない。となればクラス固定技能、流水拳について調べるのがまず第一か」

「きっとおしっこを飛ばす。手からプシャーって」

 サキちゃんヤメテ! 思ってても言わなかった予想をそんなにはっきり断言しないで! おっさん泣いちゃう。そんな水芸は嫌だああああ。

「そうと決まれば早速実験だよ。ちょうどいいことに、この階のモンスターははスライムばかりさ。さっきの戦闘でわかったように、普通の打撃は通じない。技能の調査にうってつけじゃないか」

 おっさんの抗議は見事にスルー。く、このお目付け役ども、いい性格しておるわ。


 というわけで、このフロアに来て2匹目のスライムさん、こんにちは。

「まずは攻撃範囲の確認かね。スライムが擬態をとかない距離から撃ってみよう」

「きっと少し甘いにおいがするはず」

 そこの小娘。人を勝手に糖尿病扱いしないように。

 気を取り直して、少し離れた天井で擬態しているスライムを見つめる。

 いくぞ。

 イメージは天馬流星拳だな。てかおっさん、あの漫画はそれしか知らんのよ……。小宇宙と書いてコスモと読むくらいならわかるけどね。

 さて。ファンの皆さんゴメンナサイ。うおおおおお燃えろオレの脂肪、おっさん流水拳!


「……発動した?」

「イイー」

 うんにゃ。感覚として、発動したとは思えない。いまやクリティカルはほぼ百発百中だ。そうして身につけた感覚から考えて、失敗、いや不発かな。なんというか自分が失敗したというより、これではそもそも発動しませんといった感じがする。なんか、しっくりこない。

「じゃあ次は直接攻撃してみるかい。流水拳にはレベル表示があったから、レベルが上がれば遠距離攻撃も可能になるかもしれないしね」

 了解。気の乗らない作業だからこそ、さくさくいってみよう。

 スライムの真下まで前進。1匹目と同じように落ちてきたところを軽く交わしつつ、アタック!

 スライムがわずかに震えた。しかしそれだけ。

 むう、秘孔がわからん!

 おっと回避回避。

 今のは間違いなく発動した自信がある。だが、結果はスライムがわずかにプルプルしただけ。

 拳は濡れて……いない。やったぜ。流水拳はおしっこ拳じゃなかったのだ。

 ふはははは、残念だったねサキ君。

「とりあえず、発動条件は直接拳を叩き込むことみたいだねぇ」

「1回だけでは情報不足。支障なければ繰り返しが望ましい」

 おーけーおーけー。おしっこ拳ではないとわかれば怖いものなし。乱れ飛ぶ流水拳を見るがよい。

 ほあたぁ! あたぁっ! あぁたたたたたたた!

 おぅあたぁ!

 バックステップで距離をとる。どうよおっさんの流水拳10連打は。正直、感覚ではすべて発動してるんだけどな。相手が相手だけになかなか効果がわからない。

 いや、そもそも流水拳って攻撃かどうかも実はわからないよね。案外回復手段だったりして。

「ん、スライムの様子が少しおかしいね」

 その言葉に、3匹そろってスライムをよく観察する。プルプル震えているのはいつものこと、いや、あれ?

 なんだかさっきまでの蠢き方とは少し違うな。

 そうして眺めていると、スライムはひときわ大きく一度震えた。

 何だ?

 震えがおさまったスライムはこちらに向かって移動し始める。その通り過ぎた後には、濡れた床が。そして先ほど大きく震えたところには、水溜りが出来ていた。

 飛び掛ってきたスライムをかわしつつ、その水溜りに目をやる。まさか、あの水溜りって。

 そんな私の動揺をよそに、サキちゃんが素早く水溜りに近づき、観察を始める。

「スライムのおしっこ?」

 ぎゃあああ、だからどうしてストレートに口にするのだ!

「いい加減おしっこって考えから離れなよ。ほら採集しておくれ」

 そう言うと、キリ姉さんは尻尾につけていたリュックをサキちゃんに渡す。中から出てきたのは小さな試験管やらスポイトやらだ。準備がいいな、さすが博士の助手コンビだ。

「03番はそのまま流水拳をぶち込んでおくれ。とにかく徹底的に行くよ」

 了解。お局様のご命令どおりにいたします。

「何か言ったかい」

 いえいえ! 滅相もございません! 一瞬、恐ろしい殺気を感じたぞ。危ない危ない。地獄耳だな。

 さあいくぞスライム。流水拳をくらへ!



 そうして流水拳をぶちこみ続けて幾星霜。

 10匹目までは数えていたが、それ以降は面倒になって数えるのをやめてしまった。エネルギーさえ足りていれば休憩も睡眠も必要としない怪人の肉体って、人間から見ればそれだけで反則レベルだとつくづく思う。

 流水拳は、なんだろう。

 相手の体内から水分を流し落としてしまう技能なのだろうか。相変わらず水溜りが出来ている。

 この水溜りを何度も作らせていると、スライムは次第に小さくなっていき、最後には力尽きたように動かなくなった。

 エネルギーストーンも安全に回収。スライムのエネルギーストーンは無色透明だった。なるほど、ぱっと見では見つけられないわけだ。ついでに言うと食感はやわらかく弾力がある。

 ぶっちゃけ無色無味無臭のグミだ、これ。


「流水拳は、水分を奪う技能?」

 同じように考えていたのか、サキちゃんが首をひねりながらスライムの亡骸を指先でつついている。

「現状だとそう見えるんだけどねぇ。二点ほど、ちょいと不可解なことがあるよ」

 キリ姉さんが首をひねりつつ、舌をびろーんと伸ばし、あ、スライムのエネルギーストーンを食いやがった! おっさんのおやつ兼食事が。

「む。お姉ちゃんずるい」

「ごめんごめん。……さて本題だ。まず一点、水分を抜き取られたとして、スライムならすぐに吸収しなおせるはず。なんでそれをやらないんだい?」

 3匹とも、そこらじゅうに出来た水溜りに目をやる。

 確かに、それは疑問に思っていた。スライムって何でもかんでも吸収消化するはず。水分不足で死んでしまうぐらいなら、普通に自分から抜け落ちた水分を再吸収すればいいだけだ。にもかかわらず、それをしない。なんでだ?

「二点目。流水拳の発動と効果が現れるのに時間差がある。03番が流水拳を打ち込み、すぐにスライムから水分が抜け出るわけじゃない。体を震わせて、しばらくしてから水溜りが出来ているように見受けられた」

「……レジストされてる?」

「その可能性は高いと思うよ。二人ともわかってるだろうけど、流水拳を打っても震えるだけで、水溜りが出来ないケースも多かった。スライムが抵抗に成功したと考えれば辻褄は合う。見たところ、この割合は、はじめの1匹に比べて最後は大分下がっている。03番の流水拳技能が向上したのが理由じゃないかと思うけどね。発動に失敗しているのでなければ」

 キリ姉さんが片目だけでこちらの様子を伺う。

「イーッ」

 発動に関しては百発百中、間違いない。というか、クリティカルのような難しい条件は流水拳にはないというのが自分の中での結論だ。流水拳を発動しようと念じるだけでいい。ただし、蹴りでは発動しなかった。あくまで拳だ。

「発動に関しては、あんたがそう言うなら間違いないだろうさ。んじゃ次はちょいと河岸を変えようか。このままスライムを相手にしていても、これ以上の進展が見られるとは思えないからね」

「その前に、まず分析」

 サキちゃんがスライムから流れ落ちた液体の詰まった試験管を顔の高さに掲げてみせる。

「む。そうだね。じゃあ一度、第2研究所に戻ろうか。あたしら全員の記憶もデータベースに保存するとしよう」

「イーッ!」

 こうして、我々の怒りの塔へのファーストアタックは終了したのであった。

 ちなみに帰り道は、上り階段を上ったすぐ隣に帰還用魔方陣があったのでそれを使った。このダンジョンは、どの階も上ってすぐのところにそういった仕掛けがあるらしい。親切設計だ。

 ただ、それでもたどり着けずに命を落とす冒険者は珍しくないという。悲しいけど、ここってダンジョンなのよね。


 さあ帰ろう。それにしても、流水拳。ぶっちゃけ、必要ないと思うのは私だけなのだろうか……。

ちなみに「むう秘孔がわからん」はファミコンジャンプラスボス戦、ケンシロウVS赤カブトでの台詞でした。そんなネタ誰もわからんわ!

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