鉄拳03
魔法陣に乗って飛ばされた先は、10階までとそう変わらない通路。
しかし、いきなり十字路の真ん中か。
これって転送直後にモンスターの襲撃を受けることもあるんじゃないのか。この場所なんて、いきなり前後左右から襲撃受けてもおかしくないぞ。
「そうだよ。だからすぐに戦闘が始まるつもりでいなけりゃ駄目さ」
なんと! そういう大事なことは教えておいてくれないと、おっさん泣くぞ。
そんな風に抗議すると、何を言っているんだという不思議そうな雰囲気がキリ姉さんから漂ってくる。あれ?
「いや、あんたなら問題ないだろうし、大体あたしらがついてるんだよ? このあたりで問題になんかなりゃしないよ」
おや。実は高評価されてる?
「さて、ここはどのあたりかねぇ。わかるかい、サキ」
「ん~」
話を振られたサキちゃんは、もぞもぞと尻尾をまさぐったかと思うと、宝石をはめ込んだ、ペンダントのようなものを取り出した。尻尾の毛の中に収納しているのか。
小さな手の中で、ペンダントが光り輝く。
「ん。記録あり。13階。上り階段は、ちょっと遠い」
「そうかい、ありがとうね。どうせ急ぐ理由もないんだ、ゆっくりいこうじゃないか」
あのペンダントは、なんだろう。そう思っていると顔、下半分しかないが、にでていたのか、キリ姉さんが説明してくれる。
「あれは迷宮内の歩いた位置を自動で記録してくれるのさ。そして迷宮内の魔力を感知して、現在位置を把握してくれる優れものだよ」
おお、オートマッピング機能。さすがだ秘密結社。方眼紙と鉛筆は必要なかったのだ。
「ただ、迷宮の中には地形を常に変化させるものもあるからね。そういうところでは利かないよ。何事にも万能ってわけにはいかないさ」
いやいや、それでも十二分ですよ。良かったらあとで自分ももらえないか聞いてみよう。
「さて。ようやっと、お客さんだよ。03番、待たせたねえ」
話しながらも忙しなく両目をぐるぐる動かしていたキリ姉さんが、楽しそうに言う。
ええ、気がついてますとも。伊達に気配察知(強)は持ってませんよ。
自分の立ち位置から見て右手方向。天井から何かが近づいてくる。
ただ、ずいぶんと動きは遅いな。ずいぶん前から感知していたが、なかなか近づいてこないからなんだろうと思っていたが。
おや。接近をやめた。
こういう動きをするということは、待ち伏せ型のモンスターかな。
「イーッ」
ならば、こちらから行ってみよう。自分の存在が気取られていないと思っている間抜けに、一泡吹かせてやろうではないか。むふふふ。
3匹そろって、天井を見上げる。
ぱっと見、周囲の天井とそこはなんら代わり映えしない。しかし、間違いなくそこにいる。
「イー……」
見事な擬態。無色透明。これって。
「スライムだねぇ。肉弾戦が武器の03番には天敵じゃないか。これは面白くなりそうだよ」
「負けちゃう? 負けちゃうの?」
2匹が目を輝かせてこちらを見る。
ひどい、アタシとのことは遊びだったのね! でも苦しくったって、悲しくったって、迷宮の中なら平気なの。
だけどナニかが出ちゃう。男の子だもん。ビクンビクン。
などとアホなやり取りを交わしているうちに、天井から音もなくスライムが降ってくる。
甘いわ!
軽やかなサイドステップで回避。
キリ姉さんもサキちゃんを背中に乗せたまま、距離をとっている。
さて、ファンタジー定番のスライムさんだが、これは危険なほうのスライムさんだな。
不定形で物理攻撃に耐性あり。ぼくわるいスライムだよプルプルさんだ。
もぞもぞと緩やかに蠢いている……と見えて、いきなり飛び掛ってきた!
でもおっさん、ひらりとかわしちゃうもんねー。
かわすついでに素早くワン・ツー!
ふむ、やはりか。
クリティカルが出たが、スライムは全身を震わせただけでほとんどダメージを負っていない。まあ想定の範囲内なんだけど。
「がんばれー」
気の抜けた声援が後方から飛んできたので、手を振って答える。
さて、こんなケース、ゲームだの小説だの漫画だのサブカルチャーに事欠かなかった前世……前世なのか? まあいいが、その記憶があれば対処などお手の物よ。
半身に構えを取り、すっと握りこぶしを開き、両の掌をスライムに向ける。
見せてやろう、マンガ通背拳!……実物は知らん!
気配察知でスライムの全身を探る。かすかに蠢き続ける流体の、その奥底に気配の塊を感じ取った。
あそこが核か。
スライムに対して、すべるように距離を縮める。
ゆらりゆらりと蠢いていたその半透明の体が再び襲い掛かってくる。
半身の構えを逆にするようにしてかわしつつ、その腰のひねりに踏み込みを加え、すれ違い様、流体内部に向かって衝撃を……放つ!
耳を打つ破裂音とともに、スライムの背面がはじけとんだ。
ふふふ。この肉体すげー。おっさんの浪漫回路がまたもや回っておりまーす。
「あ~……」
しかし、サキちゃんから聞こえてきたのはひどく残念そうな声。
キリ姉さんの背中から降りると、はじけとんで微動だにしないスライムとその周囲をきょろきょろと探している。
「エネルギーストーン、木っ端微塵。残念」
……。
すいません。そこまで考えが至りませんでした。
天地人はありません。悪しからず。




