明るい悩み相談室
「ひさしぶりだね。まさかこんなところで03番と再会するなんて思わなかったよ」
私は今、巨大カジノの奥まった一室、従業員用休憩室で、約半年振りに再会した02番と向かい合っている。
意外な再会の後、少し話がしたいといわれたのだ。
なお、お目付け役2匹も同席している。
しっかし、見た目はどう考えても完全にホストだ。
実際カジノの中を歩いていると、客であろう女性冒険者を相手に酒を注いだり、話し相手をしているホスト怪人の姿をちらほら見かけた。
ホスト怪人。今名づけたが、なかなかしっくり来るな。彼らのことはこれからホスト怪人と呼ぼう。
さて、あの女幹部さんのハーレムに入ったはずの02番が何でここにいるのか。まさか何かへまをやらかして、追い出されたのだろうか。
「そんなんじゃないよ。これも立派な研修の一部さ」
研修?
「そうそう。レディ様のハーレムの一員として勤めるには、当然レディ様を喜ばせて差し上げられなければいけないでしょ。だから、その技術を磨くんだよ」
ああ、そういうことか。つまり、ここで女性冒険者相手に女性をたらしこむテクニックを磨いて来いと。
なるほど確かに、冒険者には女性もそれなりの割合でいるらしいし、このカジノであれば、問題が起きても処理することは容易だ。よく考えてる。
でも。おっさん、やっぱりついていけしぇーん。勝手にやってくれ。
「それでね、03番にちょっとお願いがあるんだ」
ん? お願い?
「そう。さっきのマフィア将軍とのやり取り、見てたよ。03番は将軍に顔がきくんでしょ。だから……」
「お断り」
ホスト怪人の台詞を遮ったのはサキちゃんだった。
椅子に横向きに腰掛けて尻尾を丹念に毛づくろいをしていた手を休め、視線だけをこちらに向ける。
「所属跨ぎの依頼。行動の意味、わかってない」
突き放すようにそれだけ告げると、また黙々と毛づくろいをはじめる。
手櫛かあ。今度ちょうどよさそうなブラシを見繕ってあげるかな。
ホスト怪人は少しむっとした表情だ。まあ話の腰を折られた挙句、あっさり断られたらそうもなるか。
だが、彼が口を開く前に今度は逆方向から声がかかった。
「どうも意味がわかってないみたいだねぇ。ま、製造されてまだ半年ちょっとだ。それも仕方ないね。よければアタシが少し説明してあげるけど、どうだい?」
ぐるりん、とキリ姉さんの目が回る。
ふむ。これは提案の形をとっているが、実質、断るという選択肢はないな。さっきサキちゃんは所属跨ぎといったから、大方、我々の所属してる部署の違いが問題なんだろう。
私、サキちゃん、キリ姉さんは、博士の配下だ。研究開発部の所属職員ってところかな。
一方、ホスト怪人は、あの女幹部さんの配下。仕事はなんだろう、営業か?
そしてマフィア将軍はこの前線基地の総指揮官。
博士、女幹部さん、将軍は3人とも結社の大幹部。おそらく同格で、それぞれが直属の部隊を持つ。
なるほど、これは面倒だ。
女幹部さんと将軍の間にどういう取り決めがあるのか知らないが、それに則ってホスト怪人たちは派遣されている。そのホスト怪人の一人である02番の行動に、たとえ本人からの頼みであったとしても我々が口を出せば、それは博士が横槍を入れたようなものだ。
それに博士は博士で、私の活動に対する支援を将軍に依頼しているようだしなぁ。下手なことをすれば、博士と将軍、両者に迷惑をかけることになる。
内容を聞くまでもなく、ちょっと飲める話じゃないな。
「大体そういう話さ。よくわかってるじゃないか」
そんな考えを伝えたら、キリ姉さんに感心した口調で褒められた後、舌で肩をバシバシたたかれた。結構痛いんですが。
「えー、そんなめんどくさい話じゃないよ。ちょっとお願いしてもらうだけなんだからさ。ね、いいじゃない。知らない仲でもないしさ、助けると思って、ね」
コ、コイツは。
口調は軽いし、悪意はないようだが。これは少々まずい。ここではっきりさせておかないと、後々問題になりかねない。しかし、こんなにうざったいキャラクターだったかな02番。付き合いが短すぎてわかってなかったかも知れない。
うお! 一瞬からだが震えるほどの殺気!
そっと横目でキリ姉さんを窺うと、うわあ。かなり怒っていらっしゃる。
洒落にならない気配がぷんぷん伝わってくるぞ。
「いや、ホントにそんな難しい話じゃないんだって。ボクにも怒りの塔攻略に参加する許可がほしいってだけなんだから」
その言葉に、先ほどまであふれていた殺気がぴたりと収まる。危なかった。もう少し遅かったらあの舌でぐるぐる巻きにされてたな。
「……どういうこと?」
今度はちゃんと顔を向けて、サキちゃんが尋ねてくる。
「うん、ボクらってさ、普通はレディ様の命令で怒りの塔への侵入は禁止されているんだ。自分で言うのもなんだけど、ボクらは愛玩用だからね」
02番はその端正な顔に苦笑を浮かべた。
「ボクもここにきた頃はそれでいいと思ってた。でもさ、ボク、03番と別れてから2,3日でここに送られたんだ。もう半年以上ここにいるんだよ。その間、いろんな冒険者から話を聞いていてさ。このままでいいのかって思うようになったんだ」
目の前には、おやつ代わりの小さなエネルギーストーンが器に盛られている。私はそれをひとつつまむと、口に放り込んだ。
「今日の件だって見ただろう。ボクはあの程度の冒険者にすら、殴られて手も足も出ない有様さ。……悔しいよ」
エネルギーストーンを噛み砕く。
そうか。
02番は、私や01番と3人でゴブリンを蹴散らしていた。強者の感覚を味わったことがあるからこそ、弱者であることに耐えられなくなったのかもしれないな。
なにせ改造で彼の戦闘力は駄々下がりだ。彼を殴りつけたあの冒険者たちも、正直今の私なら一瞬で首をはねられるだろう。その程度の相手なのだ。
お目付け役の二人も、真剣な目つきで見つめている。
「だから、怒りの塔に入る許可がほしい。エネルギーストーンを稼いで……強化改造を受けるために」
「いいのかい? レディからは捨てられるかもしれないよ」
「大丈夫、そこは考えてるよ。クラスの取得、あるいは特性の取得と強化に絞るつもりなんだ」
「納得。超能力なら、外見の変化を抑えることは可能」
「なるほど、ねえ。そこまで考えていたのかい」
キリ姉さんが小さくため息をついた。
「……どうしたもんかねぇ。そういう理由なら、確かに力になってやりたいけどさ」
こくり、とサキちゃんも頷く。
この2匹は、なんやかんや言いながらも世話焼きなところがある。それが顔の広さにもつながっているのだろうというのは、短い付き合いの中でも感じ取れるほどだ。
さて。
ここはひとつ、おっさんが一肌脱ぐとしますかね。
椅子から立ち上がると02番のそばに行き、がしっとその両肩をつかむ。
「え、え。なに?」
肩をつかんだ両手を通して、彼の動揺が伝わってくる。
ふ、安心したまえ。この私が君に最高の解決策を教えてあげようじゃないか!
後日、この場にいたある怪人はこう述懐している。
すべてはあの時が始まりだったのだと。
地下都市にひとつの伝説が生まれた。
スーパーホスト、ASUKA。
彼はそれまでのホスト怪人とは一線を画していた。それまで、地下都市巨大カジノで勤務するホスト怪人たちはみな、そのルックスのよさに頼った接客をしていた。
しかしASUKAは違った。
彼はルックスも当然よかったが、それ以上に話術を重視した。話術、しぐさ、表情。
そのすべてを使い、女性冒険者たちの心を揺さぶり、惹きつけ、しかし絶妙な距離をとることで自らに執着させた。手を伸ばせば指に触れるのに、捕まえようとするとするりと抜け出していくようなその距離感は女性冒険者たちに焦燥感にも似たもどかしさを植えつけた。
自分が彼を捕まえる。
巧みに多数の女性冒険者たちの間を泳ぐことで競争意識をあおり、次第に、彼女たちは競うようにしてASUKAに貢ぐようになった。
そうして貢がれたエネルギーストーンを用い、彼は強化改造を行った。
取得クラスは「ホスト」、固有技能は「女殺し」。名実ともに、真のホスト怪人の誕生であった。
クラスを取得したASUKAはますますその技に磨きをかけ、貢がれたエネルギーストーンを用いさらに自己の能力を強化し、さらに強化されたその技でますます貢がせるという正のスパイラルを生み出す。
やがて彼は怒りの塔に挑む女性冒険者の間で知らぬものなき存在となった。
当然、それを快く思わない男性冒険者もいたが、そのような者はASUKAの取り巻きと化した女性冒険者たちにボコられるのがオチであった。
彼は力を手に入れたのである。女性冒険者たちという他力を。
今日もまた、ASUKAが地下都市、メインストリートに姿を現す。
飛び交う女性たちの黄色い嬌声。ふてくされる男性冒険者たち。
女性たちに笑顔を振りまきながら、彼はポツリと呟いた。
「……コレ、なんかちがう」
周囲を女性冒険者たちに取り囲まれながら去っていくASUKAの姿を、遠巻きに眺める3匹の怪人の姿があった。
うち2匹は半目になって、残り1匹をねめつけている。
「これで本当によかったのかねぇ」
「理解不能。理解不能」
「イーッ! イーッ!!」
最後の1匹は自慢げに、うれしそうに、親指を立ててASUKAの後姿を見送るのであった。
おっさん、思いつく限りの知識と経験を伝授。どんだけお水に金をつぎ込んでいたやら。




