怒りの塔と地下都市
怒りの塔。それは天高く聳え立つ大迷宮。
この大陸には、確認されている大迷宮が5つ、中小の迷宮は数え切れないほどある。
大迷宮とそれ以外を区別する目安は、100階層以上であるかどうかだ。
怒りの塔は過去、121階層までが確認された。それゆえ大迷宮の認定がされている。
中小迷宮の中にはまったく知られていないものも数多いといわれるが、一方の大迷宮5つに関しては、広く世界に知れ渡っている。冒険者なりたてのパーティーが、いつか自分たちが踏破してみせると誓い。産出される鉱石やモンスター素材が経済を潤し。その迷宮をめぐり国家間の権謀術数、時には武力行使をも引き起こす。人々の夢と希望、欲と野望。そして死。すべてを内包する迷宮。
それが怒りの塔だ。
我ら秘密結社は、重点攻略目標を2箇所指定しているが、そのひとつがこの怒りの塔である。
だが、なにぶん知られすぎるほどに知られた大迷宮であり、押し寄せる人の波は怒涛の如し。正面きって既存の国家と矛を交えるつもりのなかった結社は、苦労して前線基地を構築した。
それが地下都市と呼ばれるものだ。
もともと、怒りの塔の出入り口はひとつしかなかった。そのため、どうしても出入りにおいて人間の冒険者たちと接触を避けきれず、予期せぬ戦闘行為に発展することが多かった。
この点を憂慮した上層部は、解決策を模索して考えうるだけの手段をすべて実行に移した。
外壁に穴を開け、出入り口を増設する案は、外壁のあまりの頑丈さに却下。
迷宮内部に、外部と直接連結した次元エレベーター(生まれたての私が乗ったものと同タイプらしい)を設置するも、何らかの障壁に阻まれ、失敗。
飛行可能な怪人を使い、外部から進入可能な箇所をかなりの高さまで調査するも、見当たらず。そもそもその後の調査で塔内部は、外壁で隔てられた外界とは別次元に存在すると確認されたため、意味なし。
このような失敗を繰り返す中で、面白い事実が判明した。
怒りの塔は、先に述べたとおり、天高く伸びている迷宮だ。上へ上へと進んでいく。
では下は?
怒りの塔には、地下1階が存在した。
出現するモンスターも弱く、これといった資源もとれず、その先、地下2階は存在しない。冒険者にも、国にも相手にされない場所だった。
だが面白いことに、この地下1階は地面を、そして壁を掘り進めることが可能だった。
迷宮内部は別次元に存在している。だから外壁を仮に掘り進めたとしても外にはつながらない。迷宮2階の床を掘り進めたとしても、迷宮1階の天井に穴が開くわけではない。
この意味するところに気がついた結社の現場指揮官は、文字通り小躍りして喜んだ。
この地下1階は迷宮ではない。
そして、地下1階から怒りの塔1階へと続く上り階段こそが、もうひとつの出入り口であることに気がついたからだ。
この情報がもたらされるに及び、結社は総力をもって前線基地構築に乗り出した。
すでに門前都市とでもいうべき様相を呈していた怒りの塔1階の出入り口とは反対方向、念のため少し距離を置いたそこに、地下基地を構築。そこから通路を延ばし、怒りの塔地下1階へとつなげたのである。
既存の国家に気づかせることなく、迷宮の面前に攻略拠点を築くことに成功したのであった。
もちろん迷宮内部では、相も変わらず冒険者や国家の送り込んだ騎士団との遭遇、戦闘は避けられなかったが、それまでとは比べ物にならない短距離での撤退、治療が可能になったのである。
そして、その冒険者や騎士団との戦闘すら、避け得る可能性を高めるために、前線基地の拡充を画策した。
「その結果が、この地下都市さ」
キリ姉さんが両目をぐりんぐりんと回しながら、教えてくれる。
博士に命令を発動されてから三日後。特別便といわれる軍用トラックに放り込まれ、連れてこられたのがここだ。もちろんお目付け役2匹も一緒だ。
目の前には、そこかしこに設置された街灯に照らされる町並み。暗くはあるが、歩行に差し支えるほどではない。
そして背後、今自分が出てきた建物を振り返る。
森の中、巧妙に隠された出入り口から地下道に入り、たどり着いた前線基地本部。
博士のところにあった設備と同様の環境、若干こちらが劣るようだが、それを整えた第2研究所。
攻略指揮官以下、攻略作戦幹部がつめる本部。
そして最後に、今私たちが中を通ってきた建物。
巨大カジノだ。
迷宮側から見ると、巨大カジノの奥に、本部と研究所が控えている構図になる。
「このほかに、冒険者向けの宿泊施設や治療施設、薬局なんかがあるよ。まあそれらはこっち側で、絶対に本部側、つまりカジノの奥には通さないようにしてるけどね」
周囲を見る。
冒険者たちの姿がひっきりなしに通り過ぎる。怪人も混じっているが、数は多くない。
「こうして、あたしたちには敵意がないってことを見せるのさ。そうすると、迷宮を攻略しているときも無駄な戦闘が省ける。ここの攻略指揮官はなかなかたいしたタマさ」
「それだけじゃない。カジノや治療、薬品販売。冒険者からエネルギーストーンを巻き上げてる。ガッポガポ」
な、なるほど。やるなぁ。なんというかやり手の経営者って感じがするな。博士とはまた違った意味で怖いタイプだ。一度どこかでお目にかかってみたい気もする。
しかし、最初からそんなにうまくいったのだろうか。
「そりゃいきなりうまくいくわけないだろ。だから人間型の怪人を多めに配置して、冒険者の振りをさせたのさ」
「最初はゆっくり。でも一度流れができれば、後は楽」
なるほど、サクラを使ったわけだ。最初は警戒していても、同じような冒険者が平然としていれば、自然と警戒心は薄れる。そうしてうまく誘い込んでいれば、やがて口伝えでどんどん話は広がり……。
「今や地下都市と呼ばれるようになったってわけさ」
キリ姉さんが両目をぐるぐる回す。さすがカメレオン、よく目が回らないものだ。
「おまけにね、ここは怒りの塔というダンジョンの中。所有を主張している国家はあっても、実際のところ、内部までは手が届かない。せいぜいが門前都市で税金をかけるくらいさ」
なるほど。国家の楔を外れた場所なのか。
んん。待てよ。そういう場所ってことは、自然と表に出せないものや人が集まってこないか。
「察しがいいねぇ。トイレ怪人になっても、指揮官適正は有効に働いているってことかね」
トイレ怪人確定ですか。そうですか。はい。
「ここは一大闇市場。取引場所も提供してる。もちろん、使用料込み」
文字通りショバ代か。いつの間にやら、おっさん、香具師の仲間入りでございます。まあ、怪人だしいまさらいいけどね。
少し離れた所から、男たちの怒号が響いてきた。どうやら喧嘩のようだ。
「冒険者同士の喧嘩争いには、基本的にノータッチだよ。ただし。あたしたちの仲間に手を出した相手は、必ず殺す。どこまで逃げようと、必ずだ」
すっとキリ姉さんの目が細くなる。
いやー、ははは。
まさに仁義なき戦いじゃないですか。やだー。
今回は説明回でした。次あたりでダンジョン攻略はじめられるかな?




