協力しますけどなにか?
少しだけいろんな本を読んで文章を練習してきました。
「——好きです。付き合ってください」
この日大久保ヒロトは人生で初めて告白というものをした。生まれてから16年、彼女なんて出来たこともなく、そもそも恋愛といったものに興味はなかった。
それまでは男友達数人で遊びに行ったり、たまにクラスの女子と遊んだとしても、それは『友達』という枠を超えることはなく、ヒロトにはそれで充分だったはずなのだが——。
チラリと相手の方を見る。彼女は少し困ったような顔をしていたが、それすらも美しいと認識させられてしまう。ツヤツヤとした長い黒髪から風に乗って運ばれてくるシャンプーの匂いがヒロトの鼻を刺激する。
——彼女の名前は中野カオリ。ヒロトの一つ上の学年の先輩である。
「————」
しばらくの沈黙が続いたが、カオリの言葉でそれは破られた。
「——ごめんなさい。」
彼女はその一言だけを発するとそのまま踵を返して走り去ってしまった——つまり、大久保ヒロトの人生初の告白は『敗北』の二文字で飾られることとなったのである。
「うぐっ・・・。やっぱりダメだったか」
その場に残されたヒロトは1人そんなことを呟きながらその場を立ち去ろうと後ろを振り返ると、開いてる窓から綺麗な顔立ちをした奴がニヤニヤしながらヒロトを見ている。
「なっ・・・」
そいつは窓枠に肘を置いて頬杖をつき、依然ニヤニヤした顔で、
「どぉおおんまぁあああい」
「————っ!」
「いやぁ、見事な振られっぷりだったねぇ!!」
「いつから見てたんだ?」
ヒロトのその質問にそいつは「ふっ」と笑いながら両方の掌を上に向けて、
「最初っから!学園のアイドル、みんなの憧れカオリ先輩に告白した大久保ヒロトくんは見事に散ったのでしたとさ・・・。」
「うるっせーなー!いいだろ!!だいたい!!覗き見なんて趣味が悪いぞ!!」
「僕はここで外を眺めていただけだよ。そしたら僕に気付かず、君はここで愛の言葉を語り始めたというわけさ。——といってもカオリ先輩のほうは気付いていたみたいだけどね。」
「なぁああにぃいいい?!それじゃ、俺が断られた理由って・・・」
今のヒロトは自分の思考回路を都合のいいようにしか回せなくなっていた。振られたショックとさらにそれを誰かに見られていたショックで正常な判断力を失っていた。
——しかし、彼のそんな淡い期待とも言える希望は覗いていた男によって打ち砕かれることとなる。
「いや、そんなわけないでしょ。僕が見ていようと見ていなかろうと君は振られていたよ。」
「うぐっ・・・。だいたい、てめえは誰なんだよ!名前くらい言えよ!」
「全く、何度僕は悪くないと言ったら分かるのか・・・まあいい。——おっと、僕はもう行かなくては、じゃあね!失恋王子!」
いっそ清々しいくらいの笑顔を残して彼は言ってしまった。一方ショックが重なりすぎたヒロトは動けずに再びその場に取り残されていた。そこには敗北した彼を嘲笑うかのようにカラスの鳴き声が響いていた。
————
次の日、前日に失恋したヒロトはそれのせいで周りからクスクス笑われているようなそんな感覚に陥りながらも登校する。重い足取りで手に取った扉はいつもより重かった気がする。
ドアの音を立てて教室に入ると、そいつはそこにいた。誰かの机に座りながら何人かの女子と談笑している。
——ヒロトは言葉を失った。そいつがそこにいるというのもあったがそれだけではない。そいつが、スカートを履いているのが目に入ったからだ。昨日は窓から覗かれていたため、上半身しか見えなかったのだ。
呆然と立ち尽くしていると、そいつはこちらを振り返り、昨日と同じニヤニヤした、それでいて見下したような目で、
「やぁ、これはこれは、昨日ぶりだねぇ」
「お、おまえ、女だったのか・・・?」
「昨日僕は一言も女だなんて言ってないよ。それに今まで同じクラスにいて気付かなかったのかい?呆れたもんだ。」
やれやれといった顔でため息まじりに小首を傾げる。いまの「呆れた」というのは俺がカオリ先輩を好きになった時点でその他の異性には一切目もくれず、追いかけていたことに対する言及だろう。全くもってその通りだったのでヒロトは返す言葉もなかった。
——こいつ、誰にも昨日のこと言わなかったのか?
そんな不安がよぎったヒロトはそいつの腕を掴み「ちょっとこっちに来い!」と教室を出て、人通りの少ない階段の踊り場まで連れて行った。
「お前、昨日のこと誰にも言ってないよな?」
「さぁね、どうだろうねぇ・・・」
「おいおい、勘弁してくれよ・・・。頼むから誰にも言わないでくれよ。」
「だいたいヒロトはいつまで僕のことを『お前』って呼ぶつもりだい?僕には『青峰ユウ』っていう名前があるんだよ」
こいつ、そんな名前だったのかと認識しつつ、
「おっと、すまん、青峰。・・・って名前呼びだと?!」
いきなり下の名前で呼ばれたことに驚いて後ずさってしまった。
「——だって苗字より名前の方が呼びやすそうだしいいじゃないか。ヒロトも僕のことはユウって呼んでくれていいんだよ〜?みんなにもそう呼ばせているしねぇ。」
「そ、そうか・・・じゃあ、ユ、ユウ」
モジモジしながら女子の下の名前を呼ぶヒロトを見てユウは「ぷっ」と吹き出し腹を抱えて笑い始めた。
「あっはっはっは!僕が女だと分かった瞬間、意識しちゃうのかい?ヒロトも多感な年頃なんだねぇ。」
「うるせーよ!ああ!とにかく!昨日のことは誰にも言うんじゃねえぞ!それだけだ!」
そう言ってクルッとからだを回転させて教室に戻ろうとするヒロトを呼び止める。
「待ちなよ——協力、してあげようか?」
突然のユウの提案に動揺を隠せなかった。こいつ何言っちゃってんの?協力?え?協力してくれんの?いや、でも俺昨日振られたばっかりだし
あれこれと頭を回転させていると、
「説明が足りなかったようだから言っておくけど、僕はカオリ先輩と同じバド部だよ」
「なん・・・だと?!」
しかし、ここでヒロトの頭は冷静に回り始めた。こいつ何か裏があるんじゃないかと。昨日の様子からして完全に傍観者を決め込んで、振られた俺を冷やかすだけ冷やかして、タチが悪いやつだ。きっと何か裏があるに違いない。
「——なにを企んでるんだ?」
「いやいや、なにも企んでなんかいないよぉ。ひどいなぁ。僕は振られて落ち込んでいるヒロトがかわいそうで見ていられないから協力するのだよ。——ただ、ちょこぉっとだけ見返りを求めるけどねぇ。」
「普通に企んでるじゃねぇか!・・・で、見返りってのはなんだ?」
「いやぁ、話が早くて助かるねぇ。なに、別に普通に生活していればいいだけのことさ。いずれわかるよ」
ここでようやく気づいてしまった。俺は一番見られてはいけない人物に現場を見られたことに。こんなに人をおちょくるために生まれたようなやつが窓から覗いていたことを気付かなかったことにヒロトは猛烈に後悔している。——しかし、自分の中での葛藤は当然協力関係になることを望んでしまっていた。
「わぁーったよ!協力してくれよ、ユウ」
その言葉を聞き、ユウはニヤリとしながら、
「ふふふ、楽しい高校生活になりそうだねぇ」
——今日ここに爆弾を片手に抱えた協力関係が成立した。