アフラムの決意
スメルディスが死去し、王都の奪還に成功したカンビュセラが最初に行なったのは玉座の新調だった。
帝国各地には今だに反乱軍の残党が活動しており、それ等の討伐も急ぎ行なう必要があるというのに。
「地蟲に1度奪われたような玉座は妾には必要ありません。早々に作り替えなさい」
そう言ってヒュダルネスなどの臣下を驚かせた。
とは言え、カンビュセラも王としての責務を果たさないわけではない。
抵抗を続ける各地の反乱勢力を殲滅するための討伐軍を組織し、ペルシア帝国の秩序回復のための策も実施している。
「あの少年は帰ってきませんね」
ヒュダルネスが、新しい玉座に座るカンビュセラに話し掛ける。
「フフフ。まったくどこで遊んでいるんでしょうねえ。まあ、もう少しは待ってあげますけど」
そう言ってカンビュセラは笑う。
王都を奪還してから数日経つというのに、アフラムはまだ彼女の下に帰って来ない。
「もしこのまま逃げようとしていたのなら、死ぬより苦しい目に合わせて差し上げます」
カンビュセラは不敵に笑う。
「誰が逃げたって!?」
幼い少年の声が玉座の間に響き渡る。
次の瞬間、カンビュセラとヒュダルネスの前にアフラムが姿を見せた。
衣服はボロボロになっていて、見ただけで大変な目に会ったことが窺える。
「あら。帰ってきましたの」
「当り前だ。お前に尻尾を巻いて逃げたなんて思われるのは嫌だからな」
「それにしても、随分と汚い恰好ですわね。大方、深追いし過ぎて砂漠で迷っていたのでしょう」
「・・・」
アフラムは何も答えずに、視線をカンビュセラから逸らす。
どうやら図星のようだ。
そして2人の間には沈黙が流れる。
「と、とにかく彼を風呂に入れましょう」
ヒュダルネスが沈黙を破って口を開いた。
「そうですわね」
「分かりました」
カンビュセラの了承も得たヒュダルネスは、アフラムを連れて大浴場へと向かう。
─ペルセポリスのとある邸─
この邸には神官のガウマタと彼と同じ神官が数人集まっていた。
彼等は全員スメルディスの反乱に参加したものの、敗戦後はカンビュセラに従う意思を見せたため見逃された者達である。
しかし、今回の反乱に彼等を初め宗教勢力が大きく関わっていたことを口実に、カンビュセラは神官の地位権限を縮小しようと図るようになった。
反乱勃発以前からカンビュセラは、宗教勢力に対して高圧的な態度を取っていたが、積極的に弾圧しようとはしなかった。それが今回の反乱をきっかけに一気に締め付けが強くなり出したのだ。
「ガウマタ殿、我々はあなたが絶対に勝てると言われるからスメルディス様のクーデターに参加したのですぞ!この責任をどう取られるおつもりか!」
「そうです!私の神殿にもカンビュセラの手が回って奉納品の財宝がごっそり持っていかれてしまうし」
「私の所も似たようなものです」
神官達はガウマタに責任を追及する。
「まあ落ち着け。流石にこれほど早くスメルディスが倒されるとは思わなかったが、ここまでは私の計画通りだ」
不気味な笑みを浮かべながら言い放つガウマタ。
「計画通りだと?」
「そうさ。元よりあのカンビュセラを、あれぐらいで崩せるとは思っていない。今回の反乱で帝国中に反逆の火が飛び散り、各地の治安が悪化している。この混乱を利用しない手はない」
「・・・それはそうかもしれんが、こちらの戦力もだいぶ限られたんだぞ。そう何度も短期間にクーデターを起こす余力があると思うのか?」
「大丈夫だ。辺境の蛮族を傭兵として雇えば良いし、エジプト人やポルクラテスの戦力もまだまだ期待できる。私達はまだまだ戦えるのだ」
ガウマタの目には今でも確かな戦意に満ちている。
それは神々を冒涜するカンビュセラに神罰を下そうという信仰心だけではなく、ペルシアの国権を握らんという野心が見え隠れしていた。
─ペルセポリス大宮殿 大浴場─
「や、止めろー!1人で洗えるって!」
広い大浴場でアフラムは大声を上げる。しかし、それは大浴場にテンションが上がったからではない。
数人の侍女によって身体中の隅々まで清められているためだ。
いくら子供とはいえ、流石に多数の女性に全裸を晒すのは流石に恥ずかしい。
「なりません。汚い姿で陛下の前にお出しするわけにはいきません」
侍女の1人がアフラムの頼みを一刀両断にし、そのまま身体を洗っていく。
しばらくして、身体の汚れを洗い流されたアフラムがカンビュセラの下に戻ってきた。
「だいぶ綺麗になりましたわね。さっきまでとは見違えましたわ」
「そりゃどうも」
侍女たちの手によってアフラムはペルシア貴族の衣装を着せられている。
慣れない格好に、若干動きづらそうにしていた。
アフラムがそんな恰好をしているのは、カンビュセラが命じたからではなく、侍女たちが勝手に着せ替え人形のように宮殿にある色々な衣装を着せた結果である。
しかし、カンビュセラもまんざらではないようで、野蛮な山猿も化けるものだと感心した。
「そういえば、さっきヒュダルネスのおっさんに聞いたけど、捕まえた反乱者を殺してないらしいな」
徐にアフラムが問う。
「ええ。そうですわよ。それがどうかしましたか?」
「いや。ただ、お前ならてっきり皆殺しにしてると思ったから」
「抵抗を止めて妾に尽くすというのなら、1度くらいは大目に見て上げますわ。命を惜しがるような意志の弱い地蟲に、私は興味ありませんの」
「そ、そうかい」
どこまでも尊大な態度をするカンビュセラに、アフラムは一瞬イラッとする。
ちょっとは良い所もあるのかもと思った俺が馬鹿だったと内心で思った。
「我が愚弟のおかげで妾の僕が幾らか失われてしまいましたし、エジプト遠征も仕切り直しです。全く忌々しい」
身から出た錆だろうと思いつつもアフラムは何も言わなかった。
ハッキリ言ってやりたいとは思ったが、変にカンビュセラの機嫌を損ねて無駄に主従契約の苦痛を受けたくない。
会ってまだ1ヶ月も経っていないが、アフラムも彼なりにカンビュセラの行動パターンや思考回路などを徐々にではあるが、本能的に理解してきている。
これ以上言ったら痛い目に会わされる、と身体が学習し出していたのだ。
とは言え、元々理解することの困難なカンビュセラの思考回路に、アフラムがついていけるはずもなく、時折暇潰しにと主従契約の苦痛を与えられることもあるが。
「1つ提案ですが、あなたもう1度エジプト人と戦う気はありませんか?」
「はあ?何で俺がそんな事を!お前の悪事の片棒を担ぐのはご免だね。・・・ぐわああああッ!」
身体に刻まれた主従契約の黒い刻印が赤く点滅し、アフラムを激痛が襲う。
痛みに耐えられずその場に倒れ込む。
やがて激痛が治まると、アフラムは全身から大量の汗を流しながら呼吸を整える。
「はぁ、はぁ。な、何しやがるんだ!」
「悪事とは聞き捨てなりませんわ。妾の為すことは全てこの世の法であり、この世の理。悪事などと言われる謂れはありませんことよ」
「あー分かったよ!」
こうしてまた1つカンビュセラの思考回路を学んだアフラムは、激痛の余韻が残る身体を庇いながら起き上がる。
「それはそれとして、聞けば先のエジプトでのあなたあの戦いぶりは、将軍達の間でも随分と評判が良いようです。流石は妾の玩具、と褒めて遣わしますわ」
「そりゃどうも。だからって何でまた俺がお前のために戦わなきゃならないんだ!」
「誰も妾のためだなんて言っていません」
「は?どういうことだ?」
「エジプト人と戦う褒美として妾が直々にあなたを鍛えて差し上げます。そうすれば、あなたの実力も少しは妾に近付くことでしょう」
「そんなことをしたら、俺はお前を殺すかもしれないぞ」
「心配要りませんわ。あなたがどれだけ強くなろうと、妾には遠く及びません。それもまたこの世の理です」
カンビュセラの言葉にアフラムは眉間に皺を寄せて機嫌を悪くする。
たしかに今のアフラムでは、たとえ主従契約の呪縛が無いとしても、絶対にカンビュセラには勝てないだろう。
そのことは、アフラム自身もよく理解している。カンビュセラに鍛えられて強くなったとしても、彼女と同等の力を得られる可能性は低い。というのも内心では分かっていた。
だが、だからと言ってそれを面と向かって言われると何だか無性に腹が立つ。
初めはきっぱり断ろうと思った。
仇に教えを乞うなど、ワルフラン族の戦士の風上にも置けない。
しかし、声に出そうとした直前に別の考えが脳裏をよぎり、言葉を詰まらせた。
今のままで挑み続けても、勝てる見込みはない。そんな戦いをこれからさっきずっと続けて、あの女の玩具にされ続けることは果たして正しい道かと。
どんなに惨めになろうとも、勝つために最善の努力をすることも、戦闘民族として必要なことなんじゃないか。
「・・・」
アフラムは何も言わずに仁王立ちしている。
「どうしましたか?やはり妾の申し入れは聞き入れられませんか?であれば、少々お仕置きをしなくてはなりませんが」
意地の悪い笑みを浮かべるカンビュセラ。
「待て。・・・分かった。お前の言う通りにする」
「あら、そうですか。少し意外でしたわ」
一瞬驚いたような表情になるも、すぐにそれは笑みへと変わる。
「正直に言いますと、あなたには少し期待しているんですよ。妾が生涯出すこともないだろうと思っていた本気を出すに値する素質を持っているんですからねえ」
それはカンビュセラにとって最大の称賛の言葉と言えよう。
しかし、その言葉に込められた重さにアフラムが気付くことはない。
「へッ!今のうちに余裕ぶってな!いつか絶対にお前を超えてやる!」
「ま。精々頑張って下さい」




