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女王と奴隷  作者: 右近橘
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クーデター

海から大艦隊を率いてエジプトを攻めるはずだったポルクラテスが、エジプトに寝返って逆にペルシア軍の補給線を断とうとしていたのだ。

つまり、今回のエジプト軍の攻撃は、ペルシア軍をこの地域に足止めすることが目的だったということになる。カンビュセラはまんまとエジプト人の策に乗せられたのだ。

何も無い砂漠を進むペルシア軍にとって、食糧や水を兵士達に届ける補給線は正に生命線である。

ポルクラテスの動きをこのまま放置しては、10万の大軍もあっという間に飢え死にしてしまう。

これで仮に戦に勝って、ペルセポリスに凱旋してもほとんどの兵士は死に絶えているだろう。

そんな無様な醜態を晒すことは、カンビュセラのプライドが許さなかった。

何より自身を裏切ったポルクラテスの思い通りに事が運ぶのをカンビュセラは良しとしない。


ポルクラテス裏切りの報を受けたカンビュセラは、勝利を目前にしながらも全軍に撤退を命じた。

これに合わせて壊滅寸前だったエジプト軍の生き残りも後退して何とか全滅を回避する。


後に「ペルシウムの戦い」と呼ばれるこの戦いは、最後の最後で終了してしまったため、ペルシア軍の決定的勝利とは言えない。

しかし、引き分けというわけでもないので、一応ペルシア軍の勝利ということで歴史に刻まれる。


「陛下、斥候がポルクラテスの精確な所在を掴みました。如何致しましょう?」

ヒュダルネスがそう報告する。


「勿論、粉砕してくれますわ。わらわをコケに罪を、その身を持って償わせて差し上げます」

いつになくカンビュセラは戦意に燃えている。

単に苛立っているだけのようにも見えるが。




─王都ペルセポリス─

王都にてクーデター派が、エジプトの状況に関する情報を耳にするとすぐに全員に招集が掛けられた。

「殿下、ポルクラテスはこちらの作戦通りに動いてくれました。これでカンビュセラもしばらくはエジプトに釘付けです」


「そうです!今こそ我等が立ち上がる時!」


集まっている者の中で一際豪華な装飾を身に着けていた青年は、周囲にいる貴族達の視線を一身に浴びる。

「皆の言う通り、今こそが国を救う時だ!」


「「おおッ!」」


カンビュセラの弟にして彼等のリーダーであるスメルディスは遂に行動を起こした。

密かに王都に集めた傭兵部隊を動かして、宮殿を初め王都の主要施設を押さえ、街の出入り口を封鎖する。

そして、カンビュセラの力を恐れてこのクーデターを支持しない貴族を次々と捕えた。

長い時間を掛けて準備してきただけあって、王都の掌握はスムーズに運んだ。

わずかな抵抗を廃して街を完全に掌握したクーデター派は、王都に住む民衆に対してカンビュセラの廃位と新たにスメルディスの即位を発表した。

このクーデターに王都の民衆は、あまり好意的ではなかった。

カンビュセラの治世は、少々横暴な所もあるが、民衆には一定の生活水準が保たれているし、決して悪いものではない。

それにこのままでは、カンビュセラの軍隊がエジプトから引き返してきたら、王都が戦場になることを不安がる者が大勢いたのだ。


「しかし、姉上はエジプトで逃げ場を失い、砂漠の砂に呑み込まれるだろう。そうなれば、民衆も我々を支持するのは明白だ」

スメルディスは、このクーデターの主要メンバーだった貴族、さらにクーデター後に味方に付いた貴族等の前で宣言する。

「ヒスティアイオス、君には約束通りバビロニアの太守サトラップを任せる。それにマルドニオスにはリュディアの太守サトラップ。他の者にもそれぞれペルシアの重要な官職を与える」


貴族達は次々と感謝の言葉を述べる。

いくらカンビュセラに不満を持っている者達とはいえ、カンビュセラに対して反乱を企てた以上は彼等の願いを出来る限り叶えてやらねば、いつ裏切ってカンビュセラの下に走るか分からない。

スメルディスは彼等の支持を常に失わないように細心の注意を払う必要があった。


「だが、それも全てはカンビュセラを討たねば始まらない。皆の奮闘を期待する」




ペルセポリスから遠く離れたエジプトの地にいるカンビュセラは、今だにスメルディスのクーデターを知らない。

ポルクラテス討伐のために移動をしているカンビュセラは、戦車チャリオットの上に乗りながら、彼女のすぐ横で乗馬しているヒュダルネスに指示を飛ばす。

「もう少し進んだら、妾は別行動を取ります。全軍の指揮と後ろの玩具はあなたに一時任せますわ」


「は、はい。承知しました。しかし、陛下はどうなさるのかお教え頂けないでしょうか?」

戦車チャリオットの後ろで手枷の鎖に引っ張られて走っているアフラムをチラッと見ると、ヒュダルネスはカンビュセラに顔を向けて問う。


「別に大したことではありませんわ。ただ、地蟲シャラートが思い上がるとどうなるかを思い知らせて差し上げるだけです」

カンビュセラは不気味な笑みを浮かべる。その笑みには明らかに苛立ちも含まれていた。

「今回の妾は手加減抜きでいきます。巻き込まれないようせいぜい気を付けて下さいね」


「・・・わ、分かりました」

ヒュダルネスはカンビュセラから発せられる殺気に、思わず冷や汗を流す。

指示を聞き終えると、ヒュダルネスはカンビュセラの下を逃げるように離れた。


「妾はしばしここを離れますので、大人しくして下さいね!」

後ろに振り返ってアフラムに向かって叫ぶ。


「ああ。分かったよ」

少し元気が無い様子に見える。

それも無理はない。大勢の神官団を相手に1人で戦い、その後休む間もなく走らされ続けているのだ。

流石に疲れたのだろう。大人しくカンビュセラの指示に従ってる。




─エジプトのとある海岸近く─

ポルクラテス軍は6万という大兵力でペルシア軍の背後を取ろうと動いている。

しかし、ポルクラテス軍の戦力の要はあくまで艦隊であり、陸上に上がっているこの6万の兵士は各地から募った傭兵が大半を占めていた。

それだけに指揮系統がバラバラで、軍勢は統一性を欠いていると言わざるを得ない。

「計画だと、そろそろペルセポリスはクーデター派が占拠している頃か」

大柄の体格に髭面の顔をした男が言う。この男こそポルクラテスである。


「そのはずです。あとは我々とエジプト軍でカンビュセラのこの砂漠に閉じ込めるだけですな」


「まあ、それもスメルディスがペルシア帝国を掌握して援軍を連れてくるまでだ。何としても踏み止まるぞ」


「しかし、本当に大丈夫でしょうか?あのスメルディスという男を信用して・・・」

ポルクラテスの部下の中には、スメルディスが本当にエジプトに増援を送るのか不安がる者もいた。

スメルディスはカンビュセラ共々自分達もこの砂漠で消耗し切るのを、ペルセポリスで待つつもりではないかと。もしそうなら、ポルクラテス軍はカンビュセラの前に全滅。運が良くても共倒れである。


「まあ心配するな。もしもの時は我々は艦隊に駆け込んで逃げるだけのこと。如何に諸王の王(シャーハンシャー)と言えども海の上では我等が最強だ」


スメルディスの手は、ポルクラテスやエジプトにまで及んでいた。

エジプトがカンビュセラの意に背いて、彼女がエジプト遠征を決意したその時点で、今回のクーデターはスタートしていたのかもしれない。

ここまでは全てスメルディスの計画通りに事が運んでいるが、本当の修羅場はここからだった。

なぜなら、カンビュセラはもうカンカンに怒っていたのだ。

彼女が本気を出したらどうなるか。それは誰も見たことがない。

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