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女王と奴隷  作者: 右近橘
5/12

戦闘民族

10万人のペルシア軍が「王の道」を通って進軍している。

その姿はカンビュセラの威容を誇るのに十分過ぎるほどだった。

「どうですか?ここにいる兵士達は妾の命令さえあればどこへだって行きます。流石のあなたでもわらわの威光が身に染みるでしょう?」

戦車チャリオットに乗っているカンビュセラは、自分の後ろを歩いているアフラムに問う。


両手に手枷を嵌められ、奴隷のように無理やり歩かされているアフラムは不機嫌そうに声を上げる。

「どうせ俺の一族を滅ぼしたみたいに、大勢の人を殺しに行くんだろうがッ!」


「妾に逆らうからですわ。地蟲シャラートは全て妾に従っていればいいのです」


「ったく。本当に身勝手な女だ」





何日にも及ぶ行軍の末、ペルシア軍は帝国の支配地域の外へと出た。

「王の道」も無くなり、10万の大軍は何もない荒野をひたすら進む。

やがてエジプトの領土へと足を踏み込み、斥候からカンビュセラの下に報告がもたらされた。

「ここより約1日の距離にエジプト軍を発見しました!」


斥候の報を聞いたカンビュセラは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「つまり、あくまで妾に従う気はないということですか。その不敬不遜は死罪に値しますが、そうこなくては面白くありませんわ」

次にカンビュセラは敵軍の詳細について説明を求めた。


「エジプト軍の戦力はおよそ5万程かと」


「ふ。こちらの半分の数ですか。分かりました。ご苦労様です」

カンビュセラの労いの言葉を聞くと、斥候は彼女の下を離れた。

そして彼女はヒュダルネス将軍を呼び出した。


馬を駆け、軍隊の中を掻き分けてヒュダルネスは現れた。

老将は老いの影など微塵も感じさせない身のこなしである。

「何事でしょうか、陛下?」


「ポルクラテスは予定通りに動いているのでしょうね?」


カンビュセラの言ったポルクラテスとは、アナトリア半島沿岸に位置するサモス島の王である。

彼は世界最強と評される大艦隊を保有しており、今はペルシア帝国の傘下に下っていた。

このエジプト遠征では陸からカンビュセラが攻めるのに対して、ポルクラテスは海からエジプトへと攻め込む作戦になっている。


「はい。数時間ほど前に届いた知らせでは、作戦に支障はないとのことです」


「そうですか。分かりました。では、このまま正面に立ち塞がるエジプト軍を蹴散らしますか」


「承知いたしました!」

ヒュダルネスは馬を走らせてカンビュセラの下を離れる。




ペルシウムという町の近くでペルシア軍とエジプト軍が対峙した。

ペルシア軍は10万の兵力を有しているのに対し、エジプト軍は5万と数の上ではペルシア軍の方が圧倒的に優勢だった。

しかし、エジプト軍の抵抗も激しく戦いの模様は意外にも五分五分の状態に陥る。

激闘が繰り広げられる中、カンビュセラは軍の後方の陣営に腰を下ろして自軍の戦いぶりを眺めていた。

何も無い荒野に豪華に装飾された大きなソファを持ち込んで、その上に寝そべりながらフルーツを摘まんでいた。

その様を見て、流石にアフラムも呆れて思わず口が開く。

「お前、皆がお前のために戦ってるのに、何1人で寛いでんだよ」


地蟲シャラートが妾に尽くすのは当たり前のことですわ。害虫駆除は同じ虫の仕事です」


「・・・」

何でこんな暴言をさらりと言えるのか、アフラムはカンビュセラの思考回路が本当に理解できなかった。

そして戦場の方に視線を向ける。

するとアフラムは、身体が疼き欲求不満のような感覚に襲われた。

それが一体何なのか、本人にも分からなかったが、身体が疼いて次第に落ち着きが無くなり出す。


「どうかしましたか?」

アフラムの様子に気付いてカンビュセラが問う。


「べ、別に何でもない」


「難でしたら妾が教えて差し上げましょうか?」


「は?何を?」


「あなた、戦いたいんじゃないです?」


「ッ!!」

核心を突かれたような感覚に、アフラムは目を見開く。


「違うかしら?」

全てを見透かすような澄んだ緑色の瞳でアフラムを見ながら、カンビュセラは不敵に笑う。

「戦闘民族の名は伊達ではありませんね。血が戦場を求めるなんて。生粋の戦士ですわ」


「ば、馬鹿言うんじゃねえ。俺はそんな野蛮じゃ、」

ハッキリ否定したかったが、最後まで言い切る前に声を呑んでしまう。

それはカンビュセラの言うことが事実だと、アフラム自身も納得してしまったからだ。

たしかにアフラムは戦場の空気に高揚しているし、その渦中に身を投じたいとも感じている。

でもそれは殺し合いがしたいというわけではない。

持てる力の全てを出し切って、強敵と戦いたい。


「戦いたいですか?もしそうなら、」


「どうせお前のために戦えっ言うんだろ。だったらお断りだね」


「それは残念。主従契約アラースムの呪縛を緩めて、魔法を使えるようにして差し上げようと思いましたのに。あなたの実力がどんなものなのか、エジプト人を使って測るのも一興でしたが」


「俺を戦わせたいんなら、その主従契約アラースムで命令するんだな」


そこへ1人の若い兵が慌てて馬を走らせて来た。

「陛下!敵の魔導士と思われる集団に左翼部隊が強襲を受け、戦線を維持するのが困難な状態になりつつあります!このままでは全軍の崩壊にも繋がりかねません!」


「それで?」


「え?あ、いえ。ここは陛下のお力で、」


「あなたは妾に戦えと言うのですか!?」

若い兵の言葉が終わるより早くカンビュセラが声を荒げた。


「そ、それは、その・・・」


「敵を狩り尽すのが、あなた達の仕事でしょう?違いますか?」


「・・・も、申し訳御座いません。私どもの手には余る敵でして」


「まあ、いいでしょう。分かりました。すぐに向かいますわ」


「あ、ありがたき幸せ!では、私はこれにて!」

そう言い残して、自分の下の持ち場へと戻っていく。


「あなた、妾の代わりに戦うのはどうです?」

徐に顔をアフラムの方に向けて言う。


「さっきも言っただろ。お前のために戦うのはごめんだ!」


「あら。そうですか。つまり、10万のペルシア兵がエジプト人に殺されるのをあなたは黙って見ている、ということですわね?」


「な、何でそうなるんだ!?」


「違う、と言えますか?妾は敵を殺せ、とは一言も言ってませんわよ。ただ、左翼をかき乱しているという魔導士の集団を蹴散らしてくれればいいのです」


「・・・」

アフラムは言い返せなかった。

そして1度深呼吸をすると「分かったよ」と呟く。

「お前の言う通りに戦ってやる。でも、俺はお前のためなんかに戦うんじゃねえぞ!お前のせいで大勢の兵士が死ぬのが我慢ならねえからだ」

紛れもない本心からの言葉だが、アフラム自身も戦いたいと戦闘民族の血が騒ぎ立てていた。

本人にその自覚はないものの、それは紛れもない事実である。

結局のところアフラムはカンビュセラの口車に乗る形となった。



ペルシア軍の左翼部隊を圧倒しているというエジプト軍の魔導士集団は、エジプトの君主であるファラオの傍で国政を牛耳っている神官団のメンバーだった。

彼等は1人1人が魔法の才に溢れた優秀な戦士でもあり、一般兵では歯が立たない。

「太陽神ラーの子、天空神ホルスの化身たるプサムテク3世の名の下、神聖なるエジプトの地を穢すお前等ペルシア人を排除する!」

神官団の凄まじい猛攻に、ペルシア軍は次々と撃退されていく。

そんな中、突然空から黒い人影が降って来た。

人影は太陽を背にしながら、矢の如く神官団の1人に迫り、右手に作った握り拳を神官に叩き込んだ。

「ぐわぁ」

落下の勢いも手伝って、その拳は凄まじい威力を発揮した。

神官は意識を奪われ、遠くへと吹き飛ばされる。

そして人影は地に足を付けた。


「な、何だこのガキは!?」


人影の正体はアフラムである。

丸腰で武器を何1つ持たないアフラムの姿を見た神官達は思わず笑い出す。


「何だよ丸腰じゃないか」


「そんなんで私達に戦いを挑もうと言うのか。まったく馬鹿なガキだ」


「多少は戦えるようだが、しょせん俺達の敵じゃないぜ!」

神官達は一斉に動き出す。

ある者は魔法で炎や水の塊を放ち、ある者は剣を手にアフラムへ迫る。



「左翼には陣営護衛の魔導士部隊を少し送りなさい。それと傷付いた兵士は足手まといです。無理をさせないで、後方の医療部隊にどんどん回すように」

アフラムを最前線に送ったカンビュセラはその間遊んでいたわけではなかった。

的確な指示を出して、10万の大軍を見事に統率している。

色々と問題は起きたものの、本腰を入れたカンビュセラにとっては些細な問題でしかない。

わずかな時間で各戦線は持ち直し始めた。それはカンビュセラの指揮能力の高さもあるが、各部隊の将軍達も優秀だったからこそ、迅速に彼女の命令を実行でき各部隊が秩序を取り戻すことができたのだ。



ペルシア軍が戦線を持ち直す中、アフラムは素手で神官団を次々と倒していた。

「く、くそ!何をしている!ガキ1人ぐらい、一気に狙い撃ちにしろ!」

5人の神官が一斉に右手を前に突き出して、炎の魔法を放つ。

迫り来る炎を、人間離れした身のこなしで避け、馬のように素早く地を駆け、神官の1人を殴り飛ばして気絶させた。

ここまでアフラムはたった1人で10人以上の神官を倒しているが、1人も殺さずに戦っている。

たとえ敵でも命を奪わないように配慮しながら戦っているにも関わらず、神官団はアフラムの力に歯が立たなかった。

これが戦闘民族ワルフラン族の実力である。

そして最後に残った神官が戦意を失って逃げようとすると、その背後から飛び蹴りを食らわせて倒した。

「ふう。これで全員か」

久しぶりの戦闘のためか、アフラムは若干身体の鈍りを感じるが、思う存分戦えて満たされた気持ちになったアフラムは絶好調である。


「へえ。想像以上の戦果ですわね」

背後から聞こえた女の声に、アフラムは溜息をつく。

振り返ると、せっかく好調だった気分も一気にぶち壊されたような感覚がアフラムを襲う。

そこにいたのはカンビュセラだった。

「人に戦わせておいて、終わってから登場かよ」


「状況が変わりました。1度撤退しますわ」


「え?どういうことだよ?」


「玩具は黙って妾の言う通りになさい」

余裕の表情を浮かべているカンビュセラだが、そこには若干の焦りがあるのをアフラムは見抜いた。

一体何があったのか、気にはなったがここはとりあえず彼女の言う通りにする。

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