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女王と奴隷  作者: 右近橘
3/12

主従関係

─ペルセポリス大宮殿─

世界を我が物にせんとする諸王の王(シャーハンシャー)が住むに相応しい豪華さを持つ宮殿の一角。

ここは宮殿の所有者であるカンビュセラの寝室である。

夜明けになり、窓から朝日が寝室へと光を届けた。


「カンビュセラ!覚悟ッ!」

気持ちの良い朝を台無しにするような叫び声が寝室に鳴り響く。

それと同時に、寝室の奥にある大きなベッドに、腰に黒い布を巻き付けただけの少年が短剣を突き立てながら飛び掛かる。

しかし、今だベッドの上で両目を閉じている赤髪の美女に、その刃が届くことはなかった。

その少年のほど良く鍛えられた上半身に刻まれている縄状の黒い文様が赤く点滅し出し、少年は突然苦しみ出して床に倒れ込んでしまう。

「ち、ちくしょう・・・」

少年は自分の身体を抱えるように胸を両腕で抑え付けてうずくまり、全身を襲う苦痛に耐えようとしていた。


すると、ベッドの上で寝ていたはずの美女が突然目を開けて起き上がる。

「フフフ。残念でしたわね、玩具。これで妾の暗殺に失敗したのは何回目かしら?」


「く、くそぉ。覚えてろ。次こそは必ず・・・」


「その台詞。流石にもう聞き飽きましたわ。もっと気の利いた台詞は言えないのですか?それに今のあなたでは、何年経ってもわらわを殺すことなんてできませんことよ。いくら寝込みを襲おうとしても、あれだけ殺気を立てながら来られては、部屋に入られる前にはもう目が覚めてしまいますもの」

そう言いながらカンビュセラは、ベッドから降りて目の前で苦しむアフラムを嘲笑するように見下ろす。


「うるせえ!今に見てろよ」

苦痛に身体を蝕まれながらもアフラムの心は決して挫けることはない。

その様を見て、カンビュセラは徐にアフラムの前でしゃがみ込む。

「1つ聞きます。あなたはなぜ、こんなにも苦しい思いをするのを分かっていて、何度も妾に挑もうとするのです?どの道魔法は使えないんですから、勝敗は明らかではありませんか」


「俺は一族の皆を殺したお前を絶対にぶっ殺して復讐してやる!そう誓ったんだ!」


「たとえ自分自身が死ぬことになってもですか?」


「当り前だ!」

苦痛に耐えながらも真剣な眼差しで語るアフラム。

一方のカンビュセラはどこか冷めたような表情をする。

そして右手を軽く振った。それと同時にアフラムの身体の文様の点滅が治まった。

苦痛から解放されて、アフラムが全身の力を緩めて身体を休ませる。


「理解できませんね。しょせんあなた達は地蟲シャラート。妾に従う以外に生きる価値の無い存在ではありませんか」


「ったく。どんだけ身勝手な奴なんだよ」


「これが世界の真理ですわ。妾がいなければ、あなた達のような低能な地蟲シャラートはバラバラに散って下らない争いを繰り返すだけでしょう。だから妾が地蟲シャラートどもを導いてやるのです」


「けッ!何偉そうに言ってるんだ!お前は俺の一族を滅ぼしたじゃねえか!」


「抵抗するからです。己の無能さも弁えずに、いい気になっているから妾が身の程を分からせて差し上げたのですわ」


「一体誰がお前にそんな権利を与えたってんだ!俺の父ちゃんは、母ちゃんは、とっても強くて、優しかった!それをお前はッ!」

勢いよく飛び上がり、カンビュセラに襲い掛かろうとする。


「まったく。本当に元気の良い玩具だこと」

右手をアフラムの腹の前に突き出すと、凄まじい突風が右手の掌からアフラムを襲い、彼の身体を吹き飛ばした。

アフラムは突風に攫われ、身体を壁に打ち付ける。

その衝撃は石でできた壁にヒビを入れてしまうほどだった。

「くはッ」

アフラムはその場に膝をつき、そのまま床に倒れる。


「フフフ。権利ですって?低能なあなたには理解できないでしょうけど、この世を治める権利とは誰かから授かるものではなく、生まれながらに持っているものです」


流石に逆らう気力もないのか、アフラムはカンビュセラの話を聞くだけで何も言い返そうとしなくなった。


「さて。話はもう終わりです。玩具ふぜいが妾に手を上げようとしたことは重罪。よって今日もあなたは餌抜きですわ。フフフ。これで4日目ですわね。このままですと、妾を殺す前にあなたが飢え死にするんじゃなくて?」


カンビュセラが暇潰しと称して、主従契約アラースムを結んでアフラムを奴隷にしてから今日で4日目になる。

魔法が使えないアフラムは何とか隙を見つけては彼女に奇襲を仕掛けようとするも、その全てが失敗に終わっていた。

そしてその罰として1日の餌こと食事を抜きにされていたのだ。

主従契約アラースムは1度結ぶと、奴隷は主人の命令に対して本人の意思は関係無しに絶対服従の呪いが掛かる仕組みになる。

これでアフラムはカンビュセラの目を盗んでこっそり何かを食べるといった行為もできない。

尤もアフラムには元からそんなことをするつもりはない。

自分の敵討ちの相手であるカンビュセラが、躾と称して自分に苦行を与えるというのなら、それに真っ向から立ち向かってやる。

それは戦闘民族ワルフラン族の生き残りとして、今できる最後の意地でもあった。




カンビュセラは、衛兵に気絶したアフラムを彼の部屋に運ぶよう命じると、まずはいつもの日課として大浴場で朝風呂に入る。

入浴を終えてドレスに着替えると、朝の御前集会に向かった。

玉座の間に入った瞬間、大勢の貴族達が頭を下げてカンビュセラを迎える。

「ご苦労様です」といつも通りの挨拶をして玉座に座った。

まずカンビュセラは目の前に平伏している貴族達に問いを投げ掛ける。

「それでエジプト遠征の準備はどうなっているのですか?」


諸王の王(シャーハンシャー)の質問に答えたのは、臣下達の中で最も玉座に近い列に並んでいた老齢の男ヒュダルネスだった。

「申し訳ございません。軍勢の招集が予定よりも遅れておりまして。あと2日は掛かるかと」

ヒュダルネスは3代に渡ってペルシア王家に仕えてきた老臣でもある。

今では諸王の王(シャーハンシャー)の側近でもある彼が今、命の危険を感じていた。

自身の命令が迅速に処理されないことを、玉座に座るこの女王は何よりも嫌っている。

これまでにも、カンビュセラが出した勅命を果たすのに、必要以上に時間を掛けてしまった臣下を殺したという話は幾度かあったのだ。

それは決して難しい命令ではなかった。あくまで実行者の不手際によるものである。

しかし、死刑に値するような失態であるとは誰も思えなかった。


今回の軍勢の招集を任されたのはヒュダルネスだ。

もし、この不手際をカンビュセラが許さないとしたら、彼が罰を受けることになるだろう。

ヒュダルネスは額に汗を流しながら、目の前の女王の反応を窺う。


「そうですか。まあ、焦る必要もないでしょう」

何とも興味の無さそうな素っ気ない言葉である。

ヒュダルネスは一瞬、もう歳なのかと自分の耳を疑った。

それは彼だけでなく、玉座の間にいる臣下のほとんどが彼女の発言に驚き、目を見開いたことだろう。



その後も色々な話が展開され、やがて朝の御前集会が終わるとカンビュセラは玉座の間から去っていく。

彼女を見送ると、広間に残った臣下達もゾロゾロと出口に向かい始めるが、その中で一部の臣下はその場に留まってひそひそと何やら話を始めた。

「いやはや、この前のナウル祝祭の廃止には驚かされたが、今日も負けず劣らずだな」


「たしかにな。ヒュダルネス殿の失態に何のお咎めも無かったことが驚いた」


「まったくだ。陛下のご気性であれば、何らかの罰を与えると思っていたが。やはり例の噂は本当だったのか」


「噂?何のことだ?」


「知らぬのか!最近、宮殿ではその話題で持ち切りだぞ。何でも陛下が遂に気に入った男を見つけたらしい」


それを聞いた男は突然笑い出す。

「ふははは。何を馬鹿な。あの陛下が男に興味を持つはずがあるまい。そもそも陛下の自尊心の高さからして、夜の営みが恙なくなされるとはとても考えられん」


「それが今回は本当らしい。詳しくは知らんが、何人もの目撃情報がある」


「も、もしそれが本当ならペルシア王家も跡継ぎが出来て安泰となるが。・・・もしや陛下がヒュダルネスを罰しなかったのはッ」


「きっとその男との逢瀬が恋しくて、そんな気も失せたんだろうよ」


カンビュセラはアフラムの特に隠していたわけでもないが、あえて臣下達に紹介することもしなかった。

それ故に徐々に妙な噂が形成されて、勝手に1人歩きを始めていくのだった。

これまでにもカンビュセラは度々、夫は迎えないと皆の前で公言している。彼女の自尊心の高さもあって誰かと肌を合わせてベッドを共になるなど、カンビュセラにはとても考えられない事なのだ。

だがしかし、このままカンビュセラに跡継ぎとなる子が生まれなければ、ペルシア帝国の崩壊に繋がりかねない。

そうさせないためにも、臣下達はカンビュセラに子を作る努力をすることを期待していた。

その願望が噂に尾ひれをつけたのかもしれない。

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