最期
ゴリアテが背中の大剣を両手で構えると、アフラムも丸腰ではあるが戦闘態勢に入る。
その構えはゴリアテにしてみれば未熟で隙だらけでしかなく、ゴリアテは思わず笑い出してしまう。
「本気で俺と戦う気か?やめておいた方が身のためだと思うがな」
アフラムの今の実力は知らないが、未熟な構えからして自分の想像を超える程ではないだろう、とゴリアテは高を括っている。
「煩い!ワルフラン族ならごちゃごちゃ言ってないで、さっさと掛かってきやがれ!」
「ふん。なら遠慮せずに行かせてもらおう」
大剣を振り回しながら砂の地面を駆ける。
俊敏な身のこなしで間合いを詰めると、大剣で攻撃すると見せかけて右足で強烈な蹴りをアフラムの腹に叩き込む。
「うッ!」
あまりの衝撃にアフラムは宙を舞って後ろへと吹き飛ばされる。
しかし、空中で体勢を整えて、ゆっくりと地面に着地した。
すぐアフラムの居場所を確認すると、ゴリアテは小馬鹿にするかのような笑みを浮かべている。
「おいおい!そんな程度か!俺をがっかりさせてくれるなよ!」
「分かってるよ!まだまだこれからだッ!」
アフラムは全身に魔力を循環させて、身体能力を極限まで高めるとゴリアテに向かって走る。
ゴリアテが大剣を自由自在に操る以上、接近戦はアフラムにとって不利なはずだが、実はアフラムは遠距離攻撃系の魔法が得意ではない。中途半端な魔法を使ってもゴリアテに通用するはずないと分かっているアフラムには危険を承知の上で接近戦を挑むしかなかった。
しかし、ゴリアテの方はそうでもなさそうだ。
大剣の切っ先に小さな魔力の塊を作り出すと、大剣を振り回してアフラムに向かって投げ付ける。
1発目を放つと、すぐ2発目を生成する。
迫り来る魔力の塊をアフラムは、速度を落とすことなく難なく避けた。
標的を外した魔力の塊はそのまま地面に着弾して激しい爆発を起こし、周囲の砂を火山の噴火のように巻き上げる。
ゴリアテも特に命中させる気がないのか、一見遊んでいるようにも見えた。
降り注ぐ魔法攻撃の中を掻い潜りながら、アフラムは一気にゴリアテの目前にまで迫る。
だがその瞬間、ゴリアテは両手に握る大剣を手放して右手に握り拳を作り、アフラムの左頬に強烈な一撃を叩き込む。
そのあまりの衝撃にアフラムは、吹き飛ばされそうになるのを反射的に堪えてしまう。
そうして生じた隙をゴリアテが見逃すはずがない。地面に突き刺さった大剣を再びその手にして振り上げた。
これで俺の勝ちだ、とゴリアテは自分の勝利を確信した。
しかしその瞬間、アフラムは右手を前に突き出して魔法で小さな旋風を巻き起こす。
いくら苦手な分野でも、要は使いようである。旋風で周囲の砂を巻き上げて目暗ましをしたのだ。
「くッ!」
巻き上がった砂にゴリアテは思わず目を閉じてしまう。
その間にアフラムは柔軟な身のこなしで後ろで下がって体勢を立て直す。
「はぁ、はぁ。く。畜生・・・」
後1歩の所まで行けたのにと悔しがるアフラム。
「今の風魔法は中々良かったぜ。だが、やっぱりまだまだだな。さっきの魔法、俺ならこうやる」
そう言ってゴリアテは大剣を大振りに振り回す。
激しい旋風が起きたかと思えば、周囲の砂を巻き込んで一瞬にして局地的砂嵐へと変わる。
この砂嵐でアフラムは目も耳も奪われて、周囲の状況が確認できなくなり、身動きが取れなくなってしまった。
しかしゴリアテの魔法はこれで終わりではない。
「次はこいつだ!」
大剣の柄を強く握り、両腕に力を込める。
そしてゴリアテはゆっくりと大剣を上に振り上げた。
大剣に光が集い、膨大な魔力が渦を巻く。
やがて圧縮されたエネルギーは、大剣が振り降ろされると共に解き放たれる。
光が奔り、閃光と化す。一瞬にして砂嵐ごとアフラムの身体を呑み込んだ。
閃光が周辺の砂漠の砂ごと全てを焼き尽くすも、アフラムは辛うじてその場に踏み止まっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
荒い息をして、既に満身創痍になりながらもまだその目は戦意を失っていない。
その姿を目にしたゴリアテは満面の笑みを浮かべていた。
「ふーん。今の攻撃をまともに食らって生きてるとは。随分成長したなアフラム」
「こ、このぐらい、どうってこと、ねえよ」
「よく言うぜ。もうボロボロじゃねえか」
ゴリアテがそう言うと、アフラムは力尽きてその場に倒れてしまう。
そのまま意識を失って、一切動かなくなった。
「戦場で気絶とは随分と呑気な奴だ。まあ、戦場で死ぬだけワルフラン族らしいと言うべきか」
アフラムの前に立つと、剣の切っ先をアフラムの首へと向ける。
そして剣を一気に下ろして、アフラムの首を突き刺そうとしたその時、
「ッ!!」
突如背後から感じた強烈過ぎる魔力の反応とそれに引けを取らない殺気。
ゴリアテは思わず手を止めて身体を反転させる。
その瞬間、魔力で形成された矢が、無数にゴリアテ目掛けて飛んできた。
「くッ!」
瞬時に地面を蹴って、ゴリアテは向かってくる矢の針路から外れる。
矢の襲来から回避すると、矢が飛んできた方角に視線を向けた。そこにいたのは、不敵な笑みを浮かべている燃えるような赤髪をした美女である。
「・・・お前がペルシアの女王か?」
「あら?口が聞けましたの?あまりに無作法者なのでてっきり言葉も話せない野蛮人かと思いましたわ」
「無作法者だと?」
「ええ。妾の所有物を、誰の許しを得て壊そうしているのです?それに今の言葉遣いも頂けませんね。このどちらか1つだけでも死刑に値する大罪ですわよ!」
右手を大きく振り、掌から緑色の魔力が閃光となる。
緑色の閃光は、真っ直ぐゴリアテの身体を直撃して大爆発を巻き起こす。
立ち上る爆炎の中からゴリアテが逃げるように姿を現した。
「く、くぅ。この俺が、あんな単純な魔法も避けられなかっただと?・・・ば、馬鹿な!」
全身傷だらけになり、ゴリアテは脅えたような表情をカンビュセラに向ける。
その間にカンビュセラは気絶しているアフラムの下まで歩いていく。
「妾を最前線まで来させておいて、いつまで寝ているのです?」
怒気を含んだカンビュセラの声と同時に、露わになっているアフラムの上半身に刻まれている縄状の黒い文様が赤く点滅し出した。
「く、くわあああああッ!」
主従契約による激痛が、アフラムの意識を一瞬にして覚醒させる。
悲鳴が上がると、カンビュセラはクスリと笑って黒い模様の点滅は消えた。
「はぁ、はぁ、はぁ。な、何て起こし方しやがるんだ?」
「妾を最前線にまで来させた罰も一緒にできるのですから効率的でしょう」
カンビュセラの言葉に若干呆れながらアフラムは身体を起こす。
「ったく、相変わらず滅茶苦茶な女だな。・・・うわああああッ!」
主従契約の呪縛がアフラムに激痛を与える。
全身を引き裂かれるような痛みにアフラムは耐えられず、その場に再び倒れてしまう。
「生意気な口を聞く地蟲にはお仕置きあるのみです」
カンビュセラがアフラムに苦痛を与えて戯れていると、ゴリアテが最後の力を振り絞って立ち上がる。
「うおおおおおッ!」
「まだ動け、」
完全に油断し切っていたカンビュセラの反応は1歩遅れたものになった。
ゴリアテは一撃必殺の魔法を今にも放とうとしている。
これにはカンビュセラも回避のしようがない。
ゴリアテの右手に収束していた膨大な魔力の束が閃光となって放たれた。
しかし、閃光が一瞬にして貫いたのはカンビュセラではない。彼女の前に出て、その盾となったアフラムの身体であった。
「ちぃ」
「なッ!」
カンビュセラを仕留め損なったゴリアテは舌打ちをし、カンビュセラは人生で初めて感じる衝撃に襲われた。
両者の間に立つアフラムはその場に糸が切れた人形のように地面の上に倒れる。
そしてゴリアテも力尽いて倒れ、もう2度とその身体が動く事はなかった。
カンビュセラはゆっくりと前へ進み、アフラムの前に立つ。
「あなた、どうして妾を庇いましたの?」
「し、知るかよ。お前が危ないって思ったら、身体が勝手に動いたんだ」
急所を撃ち抜かれ、もういつ死んでもおかしくない状態にあるアフラムは、既に虫の息である。
「分かりませんね。何もしなければ、あなたも自由の身になれたものを」
「助けて、もら、っておいて、それかよ」
いつもなら無礼な言葉遣いをした罰とでもいって主従契約で苦痛を与えていそうなものだが、カンビュセラには特にそのような気はないようだ。
「あなたの考えはどうあれ、あなたはその身を犠牲して妾の尊い命を救ったのです。その功に報いましょう。あなたは今日より妾の至高の臣下。そして、あなたはこの世で最も名高き戦闘民族の戦士。それはこのさき未来永劫、妾の記憶に留めましょう」
程なくしてアフラムは息を引き取りこの世を去った。
彼の死を看取ったカンビュセラは、自らの炎魔法でアフラムの身体を焼いてその場を後にする。
後にヒュダルネスがアフラムの亡骸を砂漠のど真ん中に置き去りにしたままでよかったのかを問うと、カンビュセラは「この世界は全て妾のもの。どこに骨を置こうと同じ事です」と答えるのみであった。
この後、カンビュセラはエジプト征服を達成して、エジプトを自らの威に伏させた。
これによってオリエント世界は尽くがペルシア帝国の支配下に下ったのだった。
名実ともにオリエント世界を統べる覇王となったカンビュセラは、王都ペルセポリスへと凱旋してペルセポリス大宮殿へと入る。
そこでカンビュセラを待っていたのは、戦勝の祝いに訪れた諸侯やエジプトを征服したカンビュセラに恐れを成して従属を誓いに来た諸国の王達であった。
「しょせん人は甘い蜜を欲して、我先にと利のあるところに群がる虫」
それはかつてカンビュセラがアフラムに告げた言葉である。
こうした者達を見ていると、その言葉が脳裏を過る。
カンビュセラは表面上は傲慢で尊大ながらも大帝国の王として威厳ある振る舞いをしていた。
しかし、内心では勝ち馬に乗ろうとする彼等に呆れ果てている。
つまらない虫どもの相手を終えた夜中。
大宮殿からカンビュセラは、火を灯して美しい夜景が広がっているペルセポリスの街を眺めていた。
「しょせんは地蟲。誰も彼も我が身が大事。その貪欲さは醜悪極まりない。見るに堪えません。ですが、それを受け入れて、愛でて差し上げられるのは古今東西広しと言えども、この諸王の王カンビュセラただ1人。妾の進む王道を歩むは、後にも先にも妾をおいて他に存在しはしません。それは妾の臣下もまた同じ」
アフラムとの一時は、カンビュセラからその考えを忘れさせかねないものであったが、彼が死んだ事でそれは儚くも幻となって消えた。
孤高の王。それこそがカンビュセラにとっての王のあるべき姿である。