同胞
スメルディスが死んでから既に2ヶ月が経過しているが、広大な帝国に1度ばら撒かれた反乱の火種を全て刈り取るのは容易ではない。
今だ地方では、反乱勢力の残党が都市を牛耳っていたり、盗賊と化して街道を封鎖したりと問題を起こしていた。
カンビュセラはこれ等に対処すべく討伐軍を組織しているが、混乱の収束は思うようにいっていない。
そんな中で王都ペルセポリスの貴族達は反乱勢力の残党に裏から支援をしている者がいるのではないかと唱え始めた。
その最有力候補に上がったのが、スメルディスの反乱にも協力していたエジプトである。
同じく反乱の協力者だったポルクラテスと違って、エジプトは国力も強大で軍事力も侮れない。
だからこそカンビュセラは、反乱勢力鎮圧に兵を四方に展開しているこの情勢下で、エジプトへの再遠征を決断したのだ。
「諸王の王よ。やはりこのような状況では集められる兵も限られており、総兵力は6万といったところです」
「構いません」
下級官吏の言葉に、玉座に座るカンビュセラは即答で返す。
「それで出陣はいつできますの?」
「ご命令さえあれば明日にでも」
「では明日にペルセポリスを発ちましょう」
「仰せのままに」
翌日。カンビュセラは6万の軍勢を率いて王都ペルセポリスを発った。
こうして、ペルセポリスの守りがほぼ空になると、神官達がガウマタの下へと集まり出す。
「カンビュセラがペルセポリスから離れた今こそ、我等が立ち上がる好機ではありませんか、ガウマタ殿?」
神殿の奥にある薄暗い部屋に集まった神官達がガウマタに詰め寄る。
「そうだな。2か月前の反乱では、我々は王都に座したまでいたから負けてしまったが、今回は違う。持てる全ての兵力を使ってカンビュセラを砂漠の只中で包囲して飢え死にさせてくれる」
ガウマタはスメルディスの反乱の反省から新たな作戦計画を練っている。
「傭兵として雇った蛮族どももカンビュセラには気付かれないようにこのペルセポリスに集めつつあります。ガウマタ殿の一声で、ペルセポリスは我々のものです」
スメルディスの反乱の際に、カンビュセラに反感を抱く神官の中でも優秀な戦士とされる者達のほとんどは死亡してしまっている。
そのため、ガウマタ達は武力を各地から集めた傭兵集団に頼るしかなかった。
ガウマタが挙兵に向けて動き出そうとしたその時、勢いよく扉が開き武装した兵士達が中へと突入した。
「な、何事だ!?」
状況が理解できずにガウマタ達は困惑している間に、兵士達は彼等に剣を突き立てて身柄を拘束しようとする。
「ま、待てお前等!我等を神にお仕えする神官と知ってのことか!」
「勿論ですとも」
そう言いながら、兵士達の後に部屋へ入ってきたのはヒュダルネスだった。
「あなた方には、諸王の王への反逆罪の容疑が掛けられています」
「なッ!言い掛かりだ!我々がそのような・・・」
必死に弁解しようとするガウマタだが、ヒュダルネスは聞く耳を持たなかった。
「残念ながら、神官も一枚岩ではないらしく密告がありました」
「何!?・・・くそッ」
ガウマタは抵抗するのを止めて、兵士達に大人しく連行されていく。
「ヒュダルネス様、密告にあった人物の確保は全員完了致しました」
兵士の1人から報告を受けると、ヒュダルネスはそうか、と答えた。
「宮殿に連行して尋問し、他に協力者がいないか聞き出せ。神官だからと言って容赦する必要は無いぞ。多少手荒でも構わん」
「了解しましたッ!」
兵士は一礼してヒュダルネスの下を離れた。
「カンビュセラ陛下に早馬を出せ!王都に蔓延る害虫は駆除しました、とな」
まだペルセポリスを発って間もないカンビュセラの下へと早馬が到着するのに、さほど時間は掛からなかった。
早馬が届けたヒュダルネスからの報告書を一読すると、カンビュセラは興味が無いかのように魔法で報告書を焼き始める。
戦車の上に乗るカンビュセラは、手に残った灰を払って優雅にその赤い長髪を風に靡かせた。
「おい!何で俺はまたこれ何だよ!」
背後から聞こえた声に反応して、カンビュセラは後ろへ振り返る。
そこには前回のエジプト遠征と同じように手枷を嵌められて戦車に引かれているアフラムの姿があった。
「そこが玩具の特等席です!ありがたく頂戴しなさい!」
「どこがありがたいんだよッ!せめてこの枷ぐらい外しやがれ!」
長時間歩かされ続けているというのに、元気そうに声を上げて叫ぶアフラム。
─エジプト王都メンフィス─
エジプトを治めるファラオ・プサムテク3世は、ペルシアの神官ガウマタと手を組んでカンビュセラを討ち果たそうと画策していた。
しかし、そのガウマタがカンビュセラの手に落ちたということを、ペルセポリスから遠く離れた地にいる彼には知る術が無い。
「ファラオよ。ペルシア軍が我が国の領内に入ったとのことです」
ファラオの下には、国政を牛耳る神官団のメンバーが集まっている。
「うむ。ガウマタ殿の計画通り、我々はこのメンフィスにて決戦に及ぶぞ。ポルクラテスはどうしている?」
「はい。もうじきここへ到着されるかと思われます」
「順調なようだな。今回はカンビュセラを倒すための切り札も用意している。今度こそあの女の息の根を止めてくれるわ」
プサムテク3世は不敵な笑みを浮かべる。
前回の戦いで、エジプトの主戦力である神官団のメンバーを大勢ペルシア軍によって殺されてしまったプサムテク3世は、彼等の代わりとなる手駒を用意していた。
プサムテク3世と神官団の前に、1人の男が姿を現した。
その男は藍色の衣装に身を包み、背中には身の丈ほどの大きさもある大剣を背負っている青髪の青年である。彼こそがプサムテク3世の用意した切り札だった。
「ファラオ、この男は一体?」
突然現れた青年に、困惑する神官達。
「ふふふ。こいつはゴリアテと言ってな。あの北方の戦闘民族ワルフラン族の傭兵だ」
ファラオの言葉に神官達は驚いて、ゴリアテの顔を見る。
「わ、ワルフラン族!?しかし、あの部族はたしかカンビュセラに滅ぼされたはずでは!?」
神官の疑問にゴリアテが答える。
「俺は7年前から故郷を離れて各地で傭兵をしていた。だから、故郷が滅ぼされた時、俺はそこにいなかったのさ」
「つまり、故郷を滅ぼされた敵討ちのために我等に手を貸すのか?」
「違う。そこの王様が、カンビュセラを討ち取れば大金をくれると言ったから俺は戦うのさ!」
「・・・」
本当にこんな野蛮な奴を信用して大丈夫なのか、と不安に感じる者もいた。
しかし、ワルフラン族の生き残りともなれば、その実力は確かだろう。
「言っておくが、俺はずっと戦場で戦ってきたんだ。故郷でぬくぬくとしてペルシア人に滅ぼされた連中とは一緒にしてくれるなよ」
そう言ってゴリアテは笑った。
数日後の時が流れ、カンビュセラの軍勢はエジプトの領内へと侵攻し、エジプト王都メンフィスまで後一歩というところにまで軍を進めていた。
しかし、エジプト軍の抵抗は皆無であり、余りに何もないのでヒュダルネスなどは何か罠があるのではないかと警戒心を強めた程である。
「まったく。エジプト人も歯応えがありませんわね。ここまで敵が入り込んでも、兵士1人すらも姿を現せないとは」
一方でカンビュセラは退屈そうにしていたが。
その横でヒュダルネスは馬を走らせている。
「ですが陛下。これはいくらなんでも妙ではありませんか?エジプト人は何らかの策を用意しているのではないでしょうか?」
「だとしても、我が軍の動きに変更はありません。このまま前進なさい」
そうヒュダルネスに命令を告げるカンビュセラだが、彼女も無策というわけではない。本隊の周囲に斥候を放って索敵を行なうなどの必要な処置も取っていた。
しかし、その警戒網の中をいとも容易く潜り抜けて、カンビュセラの軍勢に近付く1人の人影がある。
それはワルフラン族の生き残りゴリアテであった。
彼の視線の先にはカンビュセラの軍勢本隊があるが、一方の軍勢の方は距離があることもあってゴリアテ1人の姿を視認できずにいる。
「これほど近付いても気付かれないとは。チョロい相手だな」
そう言うと、ゴリアテは右手の掌を地面に付けた。
「暴砂震地!」
ゴリアテが声を張り上げると、膨大な魔力が地を震撼する。
辺り一帯の砂漠に無数の亀裂が生じ、砂がその中へと流れ込む。
やがてその地割れの波はカンビュセラの軍勢の進む地にも訪れた。
小さな地割れであれば避けて通ればいいだけだが、そう簡単にはいかない。
巨大な地割れに巻き込まれて1つの舞台が丸ごと地中へと引きずり込まれてしまったり、足元が突然崩れてしまったりと見るに堪えない惨状である。
これには流石のカンビュセラも冷静ではいられない。
「なんという醜態ぶりですか!」
「も、申し訳御座いません。すぐに後退を命じます!」
「何を馬鹿な事を言っているのです!?これは明らかに何者かの魔法によるものです。どこへ逃げようとつけられれば、また同じ目に会うだけですわよ!それよりも魔導士を集めて敵の正体をさっさと探りなさい!」
「は、はいッ!」
カンビュセラの感知魔法にも一切の反応がない。ということは、敵はこれほどの大規模な魔法をカンビュセラの索敵範囲外という遠距離から行なった可能性が高い。
もしそうだとしたら、敵は相当な実力者だということだ。
「おい!何でさっさと逃げないんだよ!」
カンビュセラの後ろを進んでいたアフラムが走って彼女の前に姿を現した。
「逃げてどうするのです?それよりもまずは敵の正体を掴む事が肝要でしょう」
「だったら早くそいつの所へ行けばいいだろう!」
「それができれば既にやっています。妾の感知魔法には何の反応もありません。こうなったら、部隊を広範囲に展開させて肉眼で索敵をさせるしかないでしょう」
「何言ってんだよ?向こうからすげー魔力反応がしてるじゃねえか!」
「ん?妾には何も感じられませんわよ」
「向こうからしてるよ!」
アフラムは軍勢の進行方向に向かって指を指す。
カンビュセラも一瞬信じられないといった表情をしていたが、すぐに薄らと笑みを浮かべる。
「では、あなたが倒してきなさい。この敵はあなたの方が相性が良いかもしれません」
「・・・分かったよ」
カンビュセラに命令されるのは癇に障るが、約束したからしている以上は仕方がない。
アフラムは両手に嵌められている手枷を外してもらい、主従契約による魔力封じを解除されると目にも止まらぬ速さで馬のように地面を駆け出した。
大勢の軍勢の中を、大地震で揺れる砂漠の中を、アフラムは一点の迷いもなく走る。
やがて軍勢から少し離れた場所に来ると、そこにはゴリアテがいた。
「ほお。隠していたつもりだったんだが、随分鋭い感知魔法が使えるんだな、小僧」
アフラムが目の前に現れる前から、何者かが近付いている事に感知魔法でも目視でも確認できていたが、ゴリアテはあえて逃げずに留まった。
感知されないように気配を消していたはずなのに、それをあっさりと見破ってここまで単身で乗り込んできた者がどんな戦士か気になったからだ。
「まさか、こんなガキが来るとは流石に思わなかったぜ。・・・ん?お前、アフラムか?」
「え?」
目の前にいる青髪の青年に突然名前を言い立てられて驚くアフラム。
唖然としているアフラムにゴリアテは一笑する。
「お前の従兄のゴリアテだ。お前がまだ小さかった頃に、何度か会った事があるが覚えていないか?」
「ゴリアテ?・・・あ!ゴリ兄か!」
「やっと思い出したか。その呼び方も懐かしいな。それにしても、こんな所で何をしている?」
「ま、まあちょっとな」
カンビュセラの奴隷になってるなんて恥ずかしくて言い出せないアフラムは、何と言っていいか分からずに言葉を詰まらせる。
「まあいい。俺は今、エジプトのファラオの下で傭兵をしているが、お前も一緒に来ないか?故郷を追われて、ワルフラン族も今や各地に散り散りになってしまったのだろう。お前1人ぐらいなら一緒に連れていってやってもいいぞ」
「・・・」
ここでもアフラムはすぐに言葉が出なかった。
ゴリアテはアフラムが幼い頃に故郷を出ていってしまったため、彼との思い出は朧げにしか覚えていないが、それでも同胞と一緒にいたいという思いは確かにある。
だがその気持ちに、カンビュセラとの約束がブレーキを掛けた。ゴリアテがエジプト人に味方するというのなら、アフラムはここでゴリアテを戦うことになる。同じワルフラン族の仲間を敵にしなければならないのは辛いが、約束を違えるようではワルフラン族の戦士の名誉に傷が付いてしまう。
「ゴリ兄、悪いけど一緒には行けないよ。俺はペルシアの諸王の王カンビュセラとの約束があるんだ」
アフラムの宣言に、ゴリアテは「ほぉ」と軽く驚いた様子を見せる。
「つまりお前は、故郷を滅ぼした国に雇われているというわけか。まさか俺以上の恥知らずが我が民族にいようとは。まあ、これも戦いを生業とする戦闘民族の宿命なのかもな」
ゴリアテはそう言いながら、背中に下げている大剣を右手で構える。