諸王の王
今年26歳になるペルシア帝国諸王の王カンビュセラは、20歳で即位してより6年間ひたすら戦いに明け暮れ、オリエント世界制覇まであと一歩というところまで来ていた。
そして今、カンビュセラは大軍勢を率いて北方で最大の抵抗勢力となっている戦闘民族ワルフラン族の殲滅作戦に乗り出している。
ペルシア軍はワルフラン族の20倍の兵力で戦いに臨むも、剣1本で縦横無尽に暴れ回るワルフラン族の兵士達の前になす術もなく返り討ちに会った。
「まったく。いくら相手が戦闘民族と称されるほどの者達だからと言って、これだけ兵力差でこの様ですか」
ペルシア軍の醜態ぶりに完全に呆れかえっている女の声が、逃げ帰ってきた最前線の兵士達に向けられた。
その声の主は、よく手入れがされた身の丈と同じぐらいの長さを誇る真っ赤な髪に、エメラルドのような緑色の美しい瞳を持ち、誰でも魅了されるほどの美貌を持つ。
露出度の高いその黄金のドレスの間からは透き通るような白い肌が見える美女である。
彼女こそペルシア帝国諸王の王カンビュセラ。
「も、申し訳御座いません、陛下」
最前線から命辛々逃げ延びた指揮官の1人が、諸王の王に謝罪の言葉を述べ、彼の後ろにいる部下達も申し訳なさそうにする。
「フフフ、別に構いませんわよ。あなたたち地蟲にそう多くは期待していません」
地蟲。カンビュセラは自分以外の全ての人間をそう呼ぶ。
世界を統べる王たる諸王の王にとって、自分以外の人間などしょせんは虫と同類でしかないと考えているからである。
「そんなことよりも、あなた達はいつまで妾の前にいるつもりですか?」
「はい?」
「敵に恐れをなして逃げ帰るような部下は妾には必要ありません。目の前にいられると目障りですわ」
右手を前に突き出し、軽く振った。
たったそれだけで旋風が起こり、風が彼等の身体を宙へと巻き上げる。
「か、カンビュセラ陛下ー!!」
風に攫われた彼等は空中にて、風の刃で身体を切り刻まれて斬殺されてしまう。
死体はそのまま風でどこか遠くへと飛ばされた。
「さてと。仕方がありませんから、妾が出るとしますか」
何事もなかったかのようにあっさりと言う。
カンビュセラはその気になれば腕の一振りだけで村1つを吹き飛ばすほどの魔法も扱える。
そんな彼女にとって目の前の虫を払うことなど造作もないことだった。
「陛下自ら最前線に立たれるのですか?」
そう問うのはカンビュセラの側近ヒュダルネス将軍。
「他の者の手に余る敵なら、妾が動くしかないでしょう」
カンビュセラは一部の兵のみを率いて本営から最前線となっている平原まで移動した。
彼女の視線の先にはペルシア軍の兵士を一方的に蹂躙するワルフラン族の姿がある。
ワルフラン族の兵士達は戦闘民族の名に恥じず、鬼人の如き戦いを披露していた。
「勇戦ぶりは認めますが、地蟲が調子に乗り過ぎるのは頂けませんね」
そう言ってカンビュセラは右手を前に突き出す。
それを見たヒュダルネスは慌てて彼女を制止しようとする。
「お待ちください!まだ最前線には味方が、」
「それが何ですか?」
殺気立った鋭い眼差しがヒュダルネスに向けられる。
「い、いえ。申し訳御座いません」
1歩2歩後ろに下がって深く頭を下げる。
カンビュセラは右手から巨大な魔力の束を纏めた緑色の閃光を放つ。
閃光は天を揺らせるような衝撃を纏いながら空を切る。
そして大地に命中すると、辺りにいるワルフラン族、さらにはペルシア軍の兵士まで巻き込んで全てを破壊するような大爆発を起こした。
「フフフフフ。北方最強の戦闘民族も妾の敵ではありませんねえ」
味方ごと攻撃したにも関わらず、カンビュセラは楽し気に笑っている。
「お見事です陛下!」
「敵の残存戦力も散り散りになって逃げていくようです!」
カンビュセラの勝利を将軍達も称える。
そんな中、ヒュダルネス将軍だけは落ち着いていた。
「追撃部隊を出しますか?」
問いに対してカンビュセラは一笑と共に答える。
「放っておきなさい。雑魚を必死に追い回して時間の無駄です」
「分かりました。では、すぐに撤退の用意を始めます」
「今回も退屈な出征でしたわね」
不満げに言うと、カンビュセラはその真っ赤な髪を振り乱して陣営の方へ戻っていく。
広大な領土をその手に収め、幾多の国を従属国として従えるカンビュセラが居を構えるのは王都ペルセポリス(現・イランのファールス州)。
王都ペルセポリスは、支配下にある属州の主要都市などを繋ぐ幹線道路「王の道」によって数多くの都市と活発に交流を行なっている。
「この道を利用したペルシアの旅行以上に速い旅は、世界中でも他にはない」と称賛されるなど帝国の交通と通信の高速化に大いに活躍していた。
ペルセポリスの繁栄ぶりは世界一の大帝国の王都に相応しいものであり、彼女の統治能力の高さを窺わせるのに十分過ぎる。
─ペルセポリス大宮殿─
豪華絢爛で壮大な造りのこの宮殿は、正に世界を統べる女王に相応しいものである。
彼女がいるのは、玉座の間。
広間の奥の一段も二段も高い場所にカンビュセラは座っていた。
彼女はよく手入れがされた身の丈と同じぐらいの長さを誇る真っ赤な髪をし、エメラルドのような緑色の美しい瞳を持つ。
露出度の高いその黄金のドレスの間からは透き通るような白い肌が見え、誰でも魅了されるほどの美貌を持つ。
そんな彼女が目の前の低い位置から跪いている臣下に向かって口を開く。
「それで、エジプトは妾に従う気はないと?」
尊大で威圧感を含んだ声が臣下に圧し掛かる。
臣下は脅えたように彼女の問いに答えた。
「は、はい。諸王の王よ、こうなったからには戦しかありますまい」
「地蟲如きが求めに無しに妾に意見をしようというのですか?」
王の威圧感でしかなかったものが、一気に殺気へと変わる。
「い、いえ!申し訳ございませんッ!どうか、お許しを・・・」
「まあ、いいでしょう。あなたの意見自体は間違っていません。それを持って、不敬の罪は赦しましょう」
「・・・ありがたき幸せ」
「軍勢の用意をなさい!自分の立場も弁えない地蟲どもには、妾が相応しい罰を下してあげますわ!」
臣下がカンビュセラの命令を受けて、玉座の間から去る。
すると、カンビュセラは玉座の間にいた近衛兵たちにも外に出るよう命じた
近衛兵たちはなぜ自分達が追い出されようとしているのか、理由も分かってはいないが、下手に命令の意味を聞いたりして彼女の逆鱗に触れたくはない。
それ故に彼等は何も言わずに、カンビュセラの命令に従った。
広い玉座の間に1人きりになったカンビュセラは、身体の力を抜いて天井を見上げる。
「大した力も無い癖に、妾に歯向かって。しょせんは地蟲。仕えるべき王もこの世の道理も弁えない低能な存在。戯れに付き合って上げるのも一興ですが、いつもいつも弱過ぎて話になりません。果たしてエジプトはどうでしょうねえ」