傷だらけの少女
セミの音が暑さを取り巻き始めた日のこと。
それは七月の半ば。
「やったああああああああああああ夏休みだあああああああああああああおわああああああああああ」
「落ち着け」
夏休み。最後に終業式という場で聞かされる校長の長ったらしい話を耐え抜いた者に与えられる素晴らしい知らせ。
期末考査でボコボコにやられて落ち込んでいた涼介もこれを聞くとすぐに元気になる。
「でも涼介くん、夏休みの宿題もちゃんとやらなきゃダメだよ??」
「もちろんだぜ!」
その満面の笑顔が逆に心配でもある。
「じゃあとでみんなで俺んち集まって、今日中に宿題終わらせちゃうか」
「え、清田んち行っていいの!?」
「もちろん」
こうして、三人は清田の家で勉強会をすることになった。
清田の家に行くといつも見たことのない珍しいお菓子がたくさん出てくるため、涼介と美香はいつもそれを楽しみにしていた。
1年ぶりかな。
涼介は家に帰り私服に着替えると、またすぐに家を出た。
ピンポーン。
インターホンを押すと、5秒ぐらいの時間差を置いてからドアが開く。
そこから清田が愛犬と一緒にひょっこり顔を出す。
「よお、宿題ちゃんと持ってきたか?」
「忘れるほどアホじゃねえよ」
中に上がって靴をそろえると、清田の部屋へ案内してもらう。
既に来ていた美香は出されたお菓子をあぐらをかきながらボリボリ食べていた。
「じゃ、ボチボチ始めるとしますか」
………………………
「ふぅ…数学はなんとか終わったぁ…」
「疲れた…」
「ちょっと散歩でもしながら外の空気吸いますか」
三人は一息入れるために、外に散歩に出た。
ここら辺に来るのも随分久しぶりで、立ち並ぶ店も同じようで少し変わっていた。
ドローン専門店、VRゲームセンター、カスタマイズカーショップ、どれも少し前の時代では想像もできなかったようなものばかりだ。
そう、時代は変わる。
昔のSF映画で描かれていたはずの世界に今自分たちは存在している。
時代の進歩はいつみても素晴らしいものだ。
しかし、科学というものは時に踏み込んではいけない領域に達してしまうことがある。
そして、「怪物」を生み出す。
…謎のUSBやスニーズの一件の中心にいるのはその「怪物」だ。
君たちはいずれその「怪物」と戦うことになる…。
これは、長官が言っていたことだ。
マンマガジンの件の直後あのUSBや過去に起きた不可解な出来事を調べてみると、今までなんの関連性も見られなかった事件にもつながりが見られるようになってきた。
複雑に入り乱れるこの町の闇と、戦うのが涼介たちだ。
「ん?」
美香が突然何かに反応を示す。
「今から10秒後に、私たちの目の前の曲がり角から出てくる少女…」
「少女…?」
美香の言うとおり三人の前に出てきたのは、金髪でちょうど小学5年生ぐらいの少女…。
そうだ、あのUSBの中に入っていた映像に映っていた少女だ。
「えっこれって…!?」
清田が目をまるくして涼介の方を見る。
「……どうする?」
「一応話しかけてみよっか」
「…おう、よろしく」
こういうのは同じ女の子である美香にお願いしよう。
でも、こんな外人ツラしてるのに、日本語通じるのか?
「ねぇねぇ、君ってここら辺に住んでるの?」
そう言いながら女の子の肩を叩くと、彼女は振り向いた。
「……いや、違うよ。お姉さんたち誰?」
なんだ、びっくりするほど日本語ペラペラだ。
「…えっと」
なんて答えたらいいのかわからず困ってしまう美香。
「俺たち、ちょっと君に訊きたいことがあってね。別に怪しい人じゃないから、お願いできるかな?」
必死に清田がフォローした。
「いいよ。ちょうど暇だったし」
そう答える彼女は年上の涼介たちよりもはるかに冷静だった。
彼女をコインランドリーの所まで連れて行くと、咲乱から渡されたコインをいつもの洗濯機に入れた。
目の前から浮かび上がってくる反重力エレベーターに彼女は喜んだ。
B50のボタンを押すと、司令室までエレベーターは降りる。
ドアが開くと、そこには例の研究員3人組…ではなく、その内の一人がなにやら作業をしていた。
涼介たちは挨拶をすると、研究員はすぐに横にいる彼女の存在に気づく。
「君たち、この子をどこで?」
「俺んちの近くです」
うーん、と唸る研究員の一人。
なにから訊いたらいいのか。
「君は、この男を知ってるかい」
研究員はコンパティからマンマガジンの立体映像を映し出す。
「知らないよ」
彼女は自分より背の高い研究員を見上げながらそう言う。
「君はどうしてあそこにいたのかい?」
「お姉ちゃんを探しに」
お姉ちゃん?この子、姉がいるのか。
その姉を探すのが目的であそこをうろついていたんだろうか。
スニーズたちはなぜその彼女の映像を持っていただんだろう。
「どこに住んでるの?」
もしものことだから、と思い切って涼介が聞いてみる。
「どこにも住んでないよ」
「え?」
「私、家も家族もアイツらに全部奪われたの」
アイツら?
「ある日、その日は日曜でいつものように家族みんなで家にいたの。そしたら突然何か煙のような匂いがして、なんだと思ったら、家が燃えてたの。
急いでパパとママを呼びにいったらそこに見たこともない変な人達がいて、その内の一人が、今すぐこっちに来ないとパパとママの命はないぞ、って言ったの。
それでもパパはそいつらに首をつかまれながらも私とお姉ちゃんに向かって、逃げろってずっと叫んでた。私とお姉ちゃんは怖くなってパパの言うとおりその場から逃げだした。」
彼女の語りには何か重いものを感じた。
「それからしばらくの後に、我が家があった場所に戻ってくると、そこには本当に何もなかった。薄汚れた灰とほこりばかり。近くには花束がそえてあった。それをみて私知ったんだ、パパとママはアイツらにころされちゃったんだって」
そうか、この子は今までずっと、お姉ちゃんと二人きりで生きてきたんだな。
「うぅ…」
そんな彼女の話を聞いていた美香が突然泣き出し、小さい彼女を拾い上げ思いっきり抱きしめた。
「長い間孤独でさびしかったね、でも今はそのお姉ちゃんともはぐれちゃったんでしょ?」
「そうなの…」
彼女も目に涙をためていた。
「おいおいこの子、このままほっとく訳にもいかないぞ」
「私がしばらく預かる」
美香が手で涙をぬぐうとそう言った。
「私の親ならたぶん許してくれるし、お姉ちゃんが見つかるまではこの子だって何も食べなきゃ死んじゃうもん」
「そうだな、美香の家に頼もう」
「え、お姉ちゃん家行っていいの?」
「そうだよ、しばらくは一緒に暮らすんだよ。お姉ちゃん探すのも手伝ってあげるからね」
「ありがとう」
彼女の笑顔は眩しかった。
「そういえば、まだ名前聞いてなかったな」
「私、アドル・サンコスモスっていうの。よろしくだよ!」
こうして、涼介たちはアドルの姉探しに付き合うこととなった。
彼女はどうやらスニーズたちからも狙われてるらしいし、放っとくわけにもいかない。
保護したのは正解だった、きっとそうだ。
基地からの帰り、みんなでファミレスに行った。
アドルのおかげでいつもより一段とにぎやかな夕食となった。
―――でも、この笑顔を、俺たちはこの先ずっと守ることができるのか?