4人目の超人間
なぜこんなことになったのか、科学者たちは言っていた。
この世界全てに働く力に数値を付けるとしたとき、涼介の左手に振り分けられていた力の数値を、あの装置が出す電磁波が異常化させたと。
つまり、涼介の左手の力は、普通じゃ考えられないものになったわけだ。
そう、やろうとすれば東京の大地を塵にするぐらいの。
聞いただけでも恐ろしくなった。
自分は、一生この「怪物」と共に生きていかなくてはいけないのだ。
しかし、覚悟は出来ている。
自分は進んでこの危険なプロジェクトに参加した。
強大な力を持った者は、それを使わなければいけない責任が生まれる。
それは、どうやっても避けようのないことだ。
まぁとりあえずそんなことより今は、次の期末テストに集中しなくてはいけないのだが。
「あぁもう!全然覚えられねぇよ!大切なところにマーカー引いてやれば簡単に覚えられるって言ってたじゃねえかあの番組よぉ!」
高校卒業できるか、それだけはこの左手を使ってもどうすることもできないことだった。
「くっそぉ!」ドゴォッ!
ド、ドゴォ…?
見てみると、そこには外の景色が一望できるほどの大きい穴が出来ており、その中心に自分の拳が存在しているのだった。
「…」
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次の日、昨日夜遅くまでたっぷりしぼられたせいで、寝不足で朝のテストをボコボコにやられてショックを受けた後、自分の机の上に何か書かれた紙が置いてあるのに気付いた。
放課後、4号館の裏へこい。
なんだこれ…なんかの果たし状?
よく分からないが、行っても別にろくなことがなさそうだ。
しかし、逆にいかないと後々面倒くさくなりそうだった。
仕方なく、放課後指定された場所に行くと、
そこには、服装の乱れた体つきのいい上級生、亀谷伝礼がいたのであった。
厄介なことになった。
こいつは空南学園で先生もお手上げなほどのすごい問題児で、いつも仲間たちと悪さをしては、警察のお世話になっている。
一刻も早くここから逃げたい。
一体こいつが俺に何の用なんだ。
「よぉ、お前が狩宮か」
「なんの用ですか…?」
「あぁ、ちょっとお前のその左手にようがあってね…」
薄気味悪い笑みを浮かべた亀谷は、右手を近くにあった缶専用のごみ箱に向けた。
そしてその手を一気に左へと振り切る。
すると、ごみ箱も手の動きに連動して涼介の方へすごい勢いで飛んできた。
グハッ!
それが腹に直撃した涼介は、そのままアスファルトの上を転がり、悶絶した。
「ハッなんだよ、なんもできねぇじゃねえか。変な研究員どもがお前のことを我が人類最強の希望だ!とかほざいてたが、とんだ期待外れだったぜ」
涼介は、全てを悟った。
「まさか、超人間化計画のもう一人っていうのは…お前だったのか…」
「ハハッ何が国のために戦えだ!こんな素晴らしい力を手に入れたからには、好き勝手やるしかないだろ!」
よりにもよってこんな人間のクズみたいなのが、こんな恐ろしい力を持っているなんて、とんでもないことだ。
涼介は腹を抱えながら立ち上がる。
「俺の力は念動力、サイコキネシスだ。対象の物に自由自在に物理的効果を加えられる。これほど便利な力があるかよ!」
「最初からその力を使って好き勝手やるのが目的でこのプロジェクトに参加したのか!?」
「その通りだよ、お前だって、この素晴らしい力が欲しくてあの変な装置に入ったんだろ!?」
思わず涼介は黙ってしまう。
そうだ、元はといえば俺だって、勉強も運動も苦手でなんも取り柄がない自分が嫌で、そんな自分が強大な力を手にすれば、この常時つきまとう劣等感から解放されると、今までの自分から変われると思ってこれに参加したんだ。
俺も、最初から力が欲しかっただけなんだ。
「図星かよ、とんだかませ犬だな」
亀谷はつまんなそうな顔をしながらそう言い放つ。
反論は出来なかった。
「…」
「でも…」
「…こんな恐ろしい力を手にしてしまった以上俺たちには、やらなければいけないこと、があると思うんだ」
「あぁ?なんだそりゃ」
自分がロボットたちの前であんなことをやった時、自分で自分の力が怖くなった。
でもそれは同時に、自分自身に向き合えってことなんだ。
「普通の人にはない力、それを持っているってことは、普通の人には到底できないようなことを進んでやらなくてはいけない。つまり、この力を手にした時から俺たちは一つの使命から逃れることはできなかったんだ」
「それは、国の偉い人たちに言われたことでもなく、誰かに強制されたことでもない」
「多くの人を、救えってことなんだ」
亀谷は首の後ろをボリボリ掻きながら涼介の話を聞いていたが、納得がいかないようだった。
「誰かに強制されるようなことじゃないなら、好き勝手やっていいってことじゃないのかよ」
「違う。俺たちは、自分は普通の人間じゃない、だから普通の人間にできないことをやらなきゃいけないという責任感を、いつも持ってなくちゃいけないんだ」
「まだこうなってから短いけど、それが俺の導き出した答えなんだよ」
亀谷はしばらく首をかしげて何かを考えていた。
すると、何かを理解したような素振りを見せた。
「あぁ分かったよ。じゃあ、今ここでお前が俺にその責任とやらを、お前自身のその拳でもって分からせてみろよ!」
「…それでいいんだな」
亀谷が片手を空に向けると、さっきのごみ箱の中に入っていた缶がたくさん出てきて、羽のように空中を舞った。
亀谷がその手を下すと、宙を舞っていた缶が一つずつ、四方から涼介にめがけて飛んでいく。
涼介はいくつかは避けることに成功したが、何個かは体に直撃した。
激痛が走る。
…負けられるものか。
涼介はすぐそこに停めてあった自転車を持ち、その左手で思いっきりぶん投げる。
ジェット機並みの速さで飛んできた自転車を、亀谷は後ろにあった自販機を動かして盾にした。
それは偶然防げたといっても過言ではなかっただろう。
ハンドルの曲がった自転車を見た亀谷の顔には、少し焦りの表情があった。
しかし、すぐに体勢を立て直すと、今度は盾代わりに使っていた自販機を涼介に向かって飛ばす。
涼介は、もう何も怖くなかった。
自分がするべきことがはっきりした今、やることは一つ。
「目の前の相手をぶっ倒すことだ!」
その叫びとともに自分の最強の拳を飛んできた自販機に叩きつける。
聞いたことのない金属音が響き渡り、自販機は涼介に向かってきたその何倍ものスピードで、今度は亀谷に飛んでいく。
が、それは亀谷の肩をすくめて通り過ぎていき、後ろの壁に激突した。
亀谷は思わず足がすくんで一歩も動けなかった。
「わかったか、俺達がやるべきことが」
亀谷はしばらく下をうつむいて黙っていたが、顔を上げると、急に大声で笑い出した。
「ハハハッ、もう降参だよ、お前には勝てない。男に二言はない、俺もこの力でやるべきことを、探すことにするよ」
「お前らにも協力する。だが、俺が出てくるのはお前が本当にピンチな時だけだからな」
負けたくせに臭い捨て台詞を吐いて亀谷はどこかに去って行った。
「まぁ、これでよかったのかな」
涼介はしばらく空を見上げていた。
そして横に置いてあった鞄を持ち、あのコインランドリーへと向かった。
そこが、次に向かうべき場所だ。