左手に宿った怪物
涼介は自分の部屋のベッドの上で、天井を見ながら考え事をしていた。
あれから俺は、何が変わったんだろうか。
「超人間化」が終わり、装置から出た涼介たちは、全てが成功し喜びに打ちひしがれる科学者たちに盛大に迎えられた。
「君たちは人間の第二段階、超人間へと覚醒したんだよ!これは本当にすごいことだ…」
研究員たちは自分でも信じられない、という顔をしている。
「君たち4人組は、たった今町を守る正義のヒーローとなったわけだ!」
「えっ今4人って言いました…?」
勘の鋭い美香がそう尋ねる。
「あっまだ言ってなかったね、君たち以外に後でこの装置に入るものが、もう一人いるんだ。いずれ会うことになるだろう」
一体誰だったんだろうな。
「今日はこれで帰っていいが、自分の身に起きた変化に気が付いたら、いつでも電話してくれ」
最後にそう言われ、電話番号の書かれた紙を渡された。
が、
それからというもの、特に変わった様子はない。
いや、無さすぎる。
おかしい。
国のすごい極秘の施設に入って、反重力のエレベーター乗って、
あんなに変な機械入って、危険そうな電磁波浴びて、訳わかんない話を延々と聞かされて…!
「どうして何も起こらねえんだよッ!!!」
怒りともどかしさに満ちた絶叫とともに、ありったけの力をこめ左手で壁に大きな拳をぶつけていた。
しかし、もちろん壁はビクともしない。
バリバリッ。
バ、バリバリ…?
ビクともしない。…はずだった。
その瞬間、拳を当てた場所を中心に、直径3mほどの穴が部屋の壁にぽっかり空いた。
外を歩いていた少女と目が合う。
「なんだこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
涼介は頭を抱えて走り回る。
少女は驚いてどこかへ行ってしまったらしい。
まず考えることはたくさんある。
自分の力がついに覚醒したこと、今すぐ科学者たちに連絡しなきゃいけないこと、
だけど、今一番真っ先に考えなきゃいけないことは…。
「うちの壁がああああああああああああああああああああああああ」
「なんだね騒がしいな」
と階段を上ってこっちに向かう母の足音がする。
「ヤバいヤバい、どうすりゃいいんだ!」
何かで隠そうとしたが、穴が大きすぎる。
だからといって何かで塞げるわけでもない。
そうしてる内に、ドアノブがくるっと右に回転し、母が部屋へと入ってきた。
母は壁に空いた大きな穴を見る。
沈黙が場を支配した。
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「本当にすみませんでした」
かれこれ涼介は、2時間ぐらい土下座をさせられている。
「あんた、責任とれるのよね」
母は仁王立ちをして鬼のような形相でそう言う。
「これにはワケがあって…」
説明しなきゃいけない。
俺はもうただの人間じゃないということを。
強大な力を手にした、超人間だということを。
しかし、そんな自分よりも母の方がずっと強そうに思えたのだった。
…それからさらに1時間が経ち、ようやく解放されると、すぐに渡された紙に書いてある電話番号を携帯に入力した。
呼び出し中…という表示を見つめながら、涼介は喜びでいっぱいだった。
土下座から解放されたというのもあるが、何より、ついに自分に未知なる力が目覚めたというその事実が、とても嬉しかった。
「…はいもしもし、あぁ狩宮涼介くんかい?ついに力が覚醒したのか!?」
「はい、どうやらそうみたいです。さっき部屋の壁に向かって思いっきり拳をぶつけたら、大きな穴が開いちゃったんです、でも、手の方に痛みは全く感じなくて…」
「そうか!じゃあ今すぐ例のコインランドリーに来てくれ、場所は分かるな!」
エーッ今夜中の12時ですよ!、と文句を言いたいのをグッとこらえ、両親が寝ているのを確認すると、涼介は言われた通りに荷物を持ってコインランドリーへ向かった。
中に入ると、黒いスーツの男が洗濯機の前で待っていた。
「まずはおめでとう、これから君が手に入れた力が一体どんなものなのか、検査させてもらう」
前と同じように見たことないコインを入れ、洗濯機が奥の溝の方に動いてはまり、そこから反重力エレベーターが上がってくる。
黒いスーツの男は、今回はB39ではなく、B23のボタンを押した。
ドアが開くと、そこにはなんと美香と清田の姿もあった。
「お前ら、なんでここに!?」
「分かるだろ、俺たちも「覚醒」したんだよ」
歯をニッと出して清田は笑う。
奥からあの研究員三人組が出てきた。
涼介たちを見ると、お互いに何かを確認しあい、何かのボタンを押した。
すると、横の壁にあった重そうな扉がゆっくりと開いた。
「この扉の奥には、何かしらの不具合が確認されて回収された警備ロボットを改良したものがおいてある。そして、彼らは君たちを襲ってくる。しかし、君たちのその力があれば、敵を殲滅することなんて簡単だろう」
「あったりまえよ!」
妙に清田がやる気だ。
本当に大丈夫なんだろうか。
第一、この時代の最先端の技術を駆使して作られた警備ロボットは、対象の人物を捕獲、もしくはそれ以上の傷害を与えるような危険なもので、これのおかげで東京の犯罪率は著しく下がったのだが、まだ不具合はたくさん確認されていて、一つの問題にもなっているものだ。
そいつらに大勢で襲われて、果たして勝てるのだろうか。
まだこの力も一回しか使ったことないっていうのに。
「清田…お前大丈夫なのか?」
「心配いらねぇぜ、俺の新しい力をよーく見てろよ」
なんか知らんがとても自信があるようだ。
一体どんな力を手に入れたのだろうか。
「美香は大丈夫なのか」
「私は…分かんないな。別に何か攻撃できるような力じゃないし…」
そういう美香の手には、最新式のプラズマ銃が握られていた。
きっと科学者たちがもしものために渡したんだろう。
「よし、入るか」
この扉の先に待っているのは、俺たちの最初の試練だ。
涼介はそう自分に言い聞かした。
中に入ると扉は閉められ、辺り一帯真っ暗になった。
しばらくすると、天井にずらっと設置されたライトが一斉に点灯する。
その時涼介たちを囲んでいたのは、30体ほどのロボットだった。
これらは足が三輪のタイヤになっていて、正確に早く対象を追跡できるようになっている。
胴体についた2本のアームの先にはスタンガンほどの威力を持った武器が取り付けられており、狙った対象は一瞬で気絶させられる。
なんだか、とっても危ない。
「来たぞ!」
清田は両手を前に突出し、手のひらをロボットたちに向けるように構えた。
そして次の瞬間、ロボットたちは何かのかたまりにぶつかったかのようにあちこちに吹っ飛んで行った。
「清田…お前…」
「俺が手に入れた能力、それは、空気を圧縮できる力。身の回りの空気をかたまりにして、対象に飛ばす。少し時間をかければ、辺り一帯の空気をすべて圧縮して、高層ビルも吹き飛ばせるほどの威力が出せる…」
「って科学者たちは言ってたぜ」
清田はそう言って親指を立てた。
「お前スゲェな」
想像以上にすごい能力だった。
と驚いていると、美香が急に叫んだ。
「涼介くん!今すぐ右に避けて!」
「はっ!?右に避けろって…」
慌てて体を右の方へ持っていくと、涼介の肩スレスレの所を吹っ飛んでいたロボットが横ぎった。
あともうちょっと遅かったら、金属のかたまりが直撃して大怪我じゃすまなかった。
「ありがとう…お前、どうしてわかったんだ…?」
「私が手に入れた力は予知能力。といっても明日、明後日のことが全て分かるとかじゃなくて、せいぜい10秒先ぐらいまでが限界なんだけどね」
「おいおい…お前らなんなんだよ」
涼介はなぜだか疎外感を感じた。
「んで…」
「涼介くんは何の力が使えるようになったの?」
二人の視線が涼介に集中する。
まただ。人を見下すような目つき。
疑心暗鬼かもしれない。でも、すごい嫌な感じに変わりはなかった。
残った20体のロボットが涼介に向かって一斉に走ってくる。
「俺は…俺は…」
「もう劣等感なんて感じたくないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
左手を持てるだけの力で地面に叩きつける。
美香はどうやらとても危ない未来を予知したらしく、遠くに離れようと駆け出す。
その部屋、いや、この国の極秘施設自体が大きく揺れたと同時に、すさまじい衝撃波が涼介を中心に円状に広がっていく。
金属片があちらこちらに飛び散り、衝撃を受けめちゃくちゃになったロボットたちから出る煙に涼介は包まれた。
しばらくして静かになると、涼介は自分の力の強大さに改めて気づいた。
「あっ美香!清田!大丈夫か!」
「…ったく、お前強すぎんだろ」
清田が怪物でも見るかのような顔をしながら姿を現す。
どうやら圧縮した空気の盾を作って防いだようだ。
美香も部屋の隅から出てくる。
安全な場所を予知し、そこに移動したんだろう。
「涼介くん、すごすぎるよ…」
美香は口をあんぐりと開けたままだ。
扉がゆっくりと開き、そこから研究員たちが慌てて何が起きたかを把握しようと部屋に入ってきた。
「さっきの揺れも、このロボットたちも、全部君がやったのかい?」
恐る恐る研究員の一人が尋ねる。
「…はい」
正直自分でも信じられなかった。
「どうやらとんでもない人材を私たちは引き当ててしまったようだ…」
研究員たちはお互いに顔を見合わせながら困惑しているようだった。
とりあえず、これで俺たちは真の超能力者となったわけだ。
これから様々な危険の中をかいくぐっていくことになるだろう。
しかしその前に、ある一人の人物と涼介たちは会わなくてはいけなかった。
そう、俺たち以外のもう一人の超人間…。