俺と連続女児誘拐事件【中編】
俺の生活が激変して7日目の朝。
俺は寝ぼけ眼をこすりながら起床した。この体になってしばらくたち、全身の違和感はほとんど無くなっていた。それは、元の体から遠ざかるようで、なんか嫌だった。
「部長、おはよう」
「おはよう恋次」
台所に立つ恋次に挨拶を返して、布団からもぞもぞと這い出した。ワンルームなので、台所、寝床、食卓が一体になっている。ある意味では機能的な空間だった。大量に飾れた人形は別として。
「……滑舌も良くなってきたね」
「俺の努力の賜物だよ」
「その姿と声で、部長の口調だと違和感が半端ないよ」
俺の努力に微妙な顔をする恋次。失礼な奴である。
『……被害者は増える一方で、市民の不安は増すばかりです。児童を狙った誘拐で……』
テレビのニュースを流し見ながら食卓に着く。勉強机も兼ねるちゃぶ台には、既に朝食が並べられていた。味噌汁の香りが食欲を刺激する。
「誘拐犯、捕まっていないみたいだね」
恋次が鮭の切り身を並べながら、俺の対面に座る。
「小さい女の子を狙っているんだろう。未来にも気をつけるように言っておかないとな」
「部長も気をつけないとダメでしょ」
「……? あ、そうか……そうだったな」
俺はお箸を握る小さな手に視線を落とし呟いた。俺の今の容姿は、女児そのものだった。
「……恋次、俺さ、このままでいいのかな?」
「いきなりどうしたのさ?」
「いや、だってよ。俺、迷惑かけてばかりじゃないか。匿ってもらうばかりか、こうして食事まで世話してもらって。お前に負担をかけすぎている気がするんだ」
いくら小学生の頃から腐れ縁とはいえ、ここまで依存するのはよろしくない。恋次にだって、学校生活があるのだ。俺もそろそろこの体と向き合って、動き出さないといけない。もう、俺の足は歩き出すには十分な程に回復しているのだから。
俺は真っ直ぐ恋次を見つめて口を開く。
「母さんに、全部話そうと思う」
「……今は、無理だよ」
目を伏せて恋次は絞り出すように言った。
「何かあったのか?」
お通夜みたいな雰囲気で、視線を逸らす恋次を問い詰める。
「部長には言うかどうか迷っていたけど、こうなった以上話すしかないか。実は部長の母さん、失踪というか、逃亡してるんだよ」
「はあ!?」
逃亡って、今度はなにやらかしたんだよ。
「ほら、部長のお母さん、色々やらかしてたでしょ。そのせいで捜査から外されたから、独自で捜査するために姿を暗まして行方不明ってわけ。まあ、そのおかげで現場から消えた少女、部長の捜索が遅れているんだけどね」
「あの人は事態をややこしくする天才だな。くっそ、どうすればいいんだよ」
「今のままでいいんじゃないの? 別に僕は迷惑しているわけでもないし」
「……」
悔しいが、恋次の言う通り現状維持しか思いつかない。この部屋を出たところで、警察に捕まるか野たれ死ぬかだ。それこそ恋次に迷惑がかかる。コイツのお人好し加減は俺がよく知っている。
恋次は時計に目を移して、鞄を担ぎ上げる。
「じゃあ、僕は学校に行ってくるよ。お留守番よろしくね」
恋次はひらひらと手を振りながら、部屋を出ていった。残された俺はとりあえず、朝食を平らげて食器を洗う。洗濯機をまわして洗濯物をベランダに干して、掃除機をかけて、
「って、俺は主婦か!」
綺麗に片付いた部屋で俺は一人で叫ぶ。いつの間にか俺の仕事になっていた家事全般。別に不満ではないのだが、この生活から抜け出せない気がする。
どうせしばらくしたら幽霊の声に追い出されるのだから、気分転換のために外に出ることにした。
■■■
「……雨、降りそうだな」
鉛色の空を見上げながら俺は呟いた。確か降水確率は50%だったか。日傘はさしているが、雨にはうたれたくないな。
ぼんやりと考えながら、適当に道を歩く。ふとあたりを見渡すと、かつて通っていた小学校が目に入った。
懐かしい。今ではただの風景の一部とか見ていなかった。だが視線が低くなった今は、自然と小学生時代を思い出す。確か、この辺の壁に学校に入れる抜け穴があって、遅刻しそうになるとそこを通っていたっけ。穴は小さく女性ならぎりぎり潜れるだろうが、成長した俺は潜れいないだろうな。いや、今の俺なら楽勝で潜れるのか。
今はどうなっているのだろうと気になって、茂みをかき分けて壁を確認する。
「ひゃ! キ、キララちゃん!?」
そこには穴から校内に侵入しようと試みる、未来が落ち葉塗れで四つん這いになっていた。どうやら抜け穴は修復されていないようだ。
「キララちゃん、こんなところで何やってるの?」
「未来こそ、何やってるの?」
「ちょ、遅刻しそうで、近道を……ね」
ね、じゃねぇよ。未来、見かけによらず、問題児なのだろうか。そろそろ朝の会が始まる時間だぞ。
「……学校頑張ってね」
悩んだ末に、未来をそのまま見送ることにする。彼女を咎めるにしても、俺だって同じことを小学生時代にしていたしな。
「うん、じゃあねキララちゃん」
未来は慣れた動きで穴の向こう側に消えていく。間違いなく常習犯だった。
未来について認識を改める必要がある。
視線を上げると、俺が通っていた頃に使われていた旧校舎が目に入る。
いいよな、今の新しい小学校は。聞いた話だとクーラーまでついているらしい。羨ましい限りだ。
ポツリと雨が一滴落ちる。
物思いにふけるのは、屋根のある場所に移動してからの方がよさそうだ。
俺は駆け足で、恋次の家へと向かうのだった。