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俺ドール  作者: 空乃下
8/9

俺と連続女児誘拐事件【中編】

 俺の生活が激変して7日目の朝。

 俺は寝ぼけ眼をこすりながら起床した。この体になってしばらくたち、全身の違和感はほとんど無くなっていた。それは、元の体から遠ざかるようで、なんか嫌だった。


「部長、おはよう」

「おはよう恋次」


 台所に立つ恋次に挨拶を返して、布団からもぞもぞと這い出した。ワンルームなので、台所、寝床、食卓が一体になっている。ある意味では機能的な空間だった。大量に飾れた人形は別として。


「……滑舌も良くなってきたね」

「俺の努力の賜物だよ」

「その姿と声で、部長の口調だと違和感が半端ないよ」


 俺の努力に微妙な顔をする恋次。失礼な奴である。


『……被害者は増える一方で、市民の不安は増すばかりです。児童を狙った誘拐で……』


 テレビのニュースを流し見ながら食卓に着く。勉強机も兼ねるちゃぶ台には、既に朝食が並べられていた。味噌汁の香りが食欲を刺激する。


「誘拐犯、捕まっていないみたいだね」


 恋次が鮭の切り身を並べながら、俺の対面に座る。


「小さい女の子を狙っているんだろう。未来にも気をつけるように言っておかないとな」

「部長も気をつけないとダメでしょ」

「……? あ、そうか……そうだったな」


 俺はお箸を握る小さな手に視線を落とし呟いた。俺の今の容姿は、女児そのものだった。


「……恋次、俺さ、このままでいいのかな?」

「いきなりどうしたのさ?」

「いや、だってよ。俺、迷惑かけてばかりじゃないか。匿ってもらうばかりか、こうして食事まで世話してもらって。お前に負担をかけすぎている気がするんだ」


 いくら小学生の頃から腐れ縁とはいえ、ここまで依存するのはよろしくない。恋次にだって、学校生活があるのだ。俺もそろそろこの体と向き合って、動き出さないといけない。もう、俺の足は歩き出すには十分な程に回復しているのだから。

 

 俺は真っ直ぐ恋次を見つめて口を開く。

 

「母さんに、全部話そうと思う」

「……今は、無理だよ」


 目を伏せて恋次は絞り出すように言った。


「何かあったのか?」


 お通夜みたいな雰囲気で、視線を逸らす恋次を問い詰める。


「部長には言うかどうか迷っていたけど、こうなった以上話すしかないか。実は部長の母さん、失踪というか、逃亡してるんだよ」

「はあ!?」


 逃亡って、今度はなにやらかしたんだよ。


「ほら、部長のお母さん、色々やらかしてたでしょ。そのせいで捜査から外されたから、独自で捜査するために姿を暗まして行方不明ってわけ。まあ、そのおかげで現場から消えた少女、部長の捜索が遅れているんだけどね」

「あの人は事態をややこしくする天才だな。くっそ、どうすればいいんだよ」

「今のままでいいんじゃないの? 別に僕は迷惑しているわけでもないし」

「……」


 悔しいが、恋次の言う通り現状維持しか思いつかない。この部屋を出たところで、警察に捕まるか野たれ死ぬかだ。それこそ恋次に迷惑がかかる。コイツのお人好し加減は俺がよく知っている。


 恋次は時計に目を移して、鞄を担ぎ上げる。


「じゃあ、僕は学校に行ってくるよ。お留守番よろしくね」


 恋次はひらひらと手を振りながら、部屋を出ていった。残された俺はとりあえず、朝食を平らげて食器を洗う。洗濯機をまわして洗濯物をベランダに干して、掃除機をかけて、


「って、俺は主婦か!」


 綺麗に片付いた部屋で俺は一人で叫ぶ。いつの間にか俺の仕事になっていた家事全般。別に不満ではないのだが、この生活から抜け出せない気がする。

 どうせしばらくしたら幽霊の声に追い出されるのだから、気分転換のために外に出ることにした。




■■■


「……雨、降りそうだな」


 鉛色の空を見上げながら俺は呟いた。確か降水確率は50%だったか。日傘はさしているが、雨にはうたれたくないな。

 ぼんやりと考えながら、適当に道を歩く。ふとあたりを見渡すと、かつて通っていた小学校が目に入った。

 懐かしい。今ではただの風景の一部とか見ていなかった。だが視線が低くなった今は、自然と小学生時代を思い出す。確か、この辺の壁に学校に入れる抜け穴があって、遅刻しそうになるとそこを通っていたっけ。穴は小さく女性ならぎりぎり潜れるだろうが、成長した俺は潜れいないだろうな。いや、今の俺なら楽勝で潜れるのか。

 今はどうなっているのだろうと気になって、茂みをかき分けて壁を確認する。


「ひゃ! キ、キララちゃん!?」


 そこには穴から校内に侵入しようと試みる、未来が落ち葉塗れで四つん這いになっていた。どうやら抜け穴は修復されていないようだ。


「キララちゃん、こんなところで何やってるの?」

「未来こそ、何やってるの?」

「ちょ、遅刻しそうで、近道を……ね」


 ね、じゃねぇよ。未来、見かけによらず、問題児なのだろうか。そろそろ朝の会が始まる時間だぞ。


「……学校頑張ってね」

 

 悩んだ末に、未来をそのまま見送ることにする。彼女を咎めるにしても、俺だって同じことを小学生時代にしていたしな。


「うん、じゃあねキララちゃん」


 未来は慣れた動きで穴の向こう側に消えていく。間違いなく常習犯だった。

 未来について認識を改める必要がある。


 視線を上げると、俺が通っていた頃に使われていた旧校舎が目に入る。

 いいよな、今の新しい小学校は。聞いた話だとクーラーまでついているらしい。羨ましい限りだ。


 ポツリと雨が一滴落ちる。


 物思いにふけるのは、屋根のある場所に移動してからの方がよさそうだ。 

 俺は駆け足で、恋次の家へと向かうのだった。




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