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俺ドール  作者: 空乃下
7/9

俺と連続女児誘拐事件【前編】

 その後三日間、俺は水だけの生活を余儀なくされた。理由は検証と洗浄である。

 ドライ焼きを飲み込んだ俺の内部がどうなっているかは不明である。なのでドライ焼きを洗い出す意味も含めて水を飲み続けることになった。体の容量を超えれば、自然と吐き出されると恋次は踏んでいたようだ。このとき俺と恋次は全身に水が溜まって取り返しがつかなくなる事態を想定していなかった。

 早計であり、馬鹿であった。

 しかし、俺は直感的に消化できると考えていた。だって、腹は減るし、ドライ焼きの味も食感も違和感なく美味しいと思えたからだ。

 なので、三日かけて俺の体積を超える分量の水を飲み干すことで、証明したのだ。


 俺がドライ焼きを食べれることを。


 恋次はからのペットボトルと俺を並べて頭をひねる。俺の二倍以上の体積の水を飲み干したので、万が一はありえない。


「魔法なのか。人形に備わった機能なのか微妙なところだね。ちなみに排泄は?」

「ない」


 尿意や便意は不思議と訪れなかった。昔のアイドルのようにトイレに行かない。いったい俺が飲んだ水はどこに消えたのだろうか。


「レンジ、もういい?」

「そうだね。検証は十分したし、部長が飢え死ぬ危険の方が高まって来たから……」


 ちゃぶ台には白いご飯に味噌汁。ベーコンエッグとサラダが並べられてある。この日のために俺が作った朝食である。立ち上る湯気から広がる香りが、胃袋を唸らせる。ああ、やっとでこの日が来たのだ。


「いただきます」「いただきます」


 人形になって四日目。初めて朝食を食べ、満腹まで食べられることに感謝した。





 大和 未来という少女がいる。

 小学校二年生。三月十五日生まれのB型。趣味は人形遊びで、嫌いのなものは乱暴な男の子。折り紙が尋常ではないレベルでうまい。ライオンとかキリンとかオリジナル要素を加えて立体的に折る。天才である。

 さて、何故小学校女児の事情にここまで精通しているのかと言えば、変態だからではない。ロリコンでもない。普通に毎日遊んでいるからだ。事案でもないので、通報しないでほしい。


「あ、キララちゃん。ヤッホー!」


 俺が自分のあり方に頭を悩ませていると、ランドセルを背負った未来が元気に駆け寄ってくる姿が見えた。たまに遊んであげる予定が、毎日に至った理由は恋次の部屋にある。

 いるのだ。幽霊が。

 声しか聞こえないのだが、恋次がいなくなるとあの悍ましい声で『許さない』だの『死ね』だのと叫び続けるのだ。登校準備をする恋次に一度は相談したが、取り合ってもらえず、泣く泣く外に避難するしかなかった。それで、あまり遠くには行けないので自然と公園のベンチを陣取ることになった。それで、ベンチを待ち合わせ場所にするように、未来が通い詰めて今に至る。ほら、事案じゃないだろ。


「今日も発音練習?」

「そう、おねがい」


 実は未来に発声練習を手伝ってもらっている。以外にも彼女のアドバイスは役に立つ。例えば『口の形に気をつけたほうがいいよ。先生が口の形をしっかりすれば、発音もよくなるって言ってたよ』とか、今まで意識していなかったが、口の形を整えて発音するだけでだいぶ良くなった。彼女曰く、小学校一年生で厳しく教えられたのだという。


「だ、じ、づ、で、ど」

「うん、だいぶ上手になったよ。やっぱりまだ舌足らずだけどね」

「っく」


 俺の喋りは舌足らずらしい。自分ではしっかり喋っているつもりだが、他から聞くと園児レベルだという。信じたくはないが恋次にも同じことを指摘された。

 しかし、俺は成長する。濁点、半濁点を自在に操れるようになったのである。素晴らしい成果だと思わないかね。


「ふう、きゅうけい」

「だったら、コンビニ行こうよ。あそこのコンビニ、珍しいアイスが沢山置かれてあるんだよ」


 一息つく俺に、未来が提案する。彼女が指さす先には俺がこの姿になる前に、欠かさず通ったコンビニがあった。実は今日のお昼代として、恋次からお小遣いをもらっている。元の体に戻った暁には、きちんと返さないといけない金である。しかし、これは三日前に食べ損ねたドライ焼きを手にれるチャンスである。俺はポーチからがま口財布を取り出して、500円玉を確認する。よし。


「いこう。ドライやきをかう」

「え、いきなりハードル高すぎない? 男子たちが度胸試しに食べてるやつだよ」


 不届きな奴らだ。ドライ焼きの美味しさを知らずに育ったのだろう。可哀想な奴らと言い換えるべきかもしれない。これを機会に未来にもドライ焼きの素晴らしを伝授してやろう。


 俺は恋次から借りた日傘を広げて、コンビニへと向かう。無駄にフリルのついたこの黒い日傘は、人形の装飾品らしい。恋次の家にはビニール傘しかなく、日差しを防げそうなものはこれしかなかった。服もゴシックロリータのままであり、激しく動きにくい。恋次には毎日お金は倍にして返すから、ジャージと無地の日傘を買ってきてとお願いしているのだが、いつも忘れてくる。微妙にポンコツなのが、恋次なので仕方がないのだが。


「ちょっと、待ってて」


 コンビニの前で未来が屈みこんで、店内の様子をうかがう。こんな狭い歩道で道行く人の往来を妨げるなよ。


「なにしてるの?」

「男子がいないか見ているの。だって会いたくないもん」


 そう言って、自販機の下の小銭を捜すような姿勢で店内の観察を続ける。コンビニの自動ドアはガラス製だが、三本三色の太い線と、ロゴマークが描かれている。それらの模様がちょうど子供の目線の高さにあり、視界を塞いでいるのだ。店内を見るためには未来がしたように屈むか、ジャンプするしかない。

 しかし、そこまでして男子に会いたくないのか。俺が未来と男子の間を取り持ってもいいだが、それは違う気がするし、うまくいかないだろう。


「よし、いないみたい。行こう、キララちゃん」

「うん」


 コンビニの中は冷房が効いていて、快適であった。


「いらっしゃいませ。あら、未来ちゃん。今日はもう学校終わったの?」


 店に入るなり、レジに立つお姉さんが話しかけてきた。俺もこのコンビニはよく利用していたので、彼女の顔もよく知っている。胸元には名札もついているので、名前も何となく憶えている。田中とか普通のやつだ。


「こんにちは絵美里(えみり)おねえさん」


 珍しい。人間嫌いで人を寄せ付けない性格と思われた未来が人懐っこい笑顔を向けている。


「キララちゃん。この人はね絵美里さん。私のお母さんのお姉さんの子供で……えっと、とにかく親戚の人」

「キララです。よろしく」


 紹介されたので、自己紹介をしておく。


「日本語が上手なのね。まさか未来ちゃんの友達に外国の娘がいるなんて驚きだわ」


 例のごとく外国人と間違われる。今更過ぎて否定する気にもなれない。それに、コンビニのバイトとは常に忙しい仕事なのだ。いくら親戚の子供とはいえ時間を取らせると悪い。


「ミク、おしごとのじゃましちゃダメ。はやくドライ焼きかってかえろう」

「あ、ごめんね。さっきドライ焼き売り切れちゃったの」


 レジからの声が、俺を絶望に叩き落す。


「ざ、ざいこは? ひとつくらいなら」

「……残念だけど」

 

 僅かな希望に縋ってみるも、お姉さんは申し訳なさそうな顔で最後通告。


 ドライ焼きを一口だけでお預けされてから三日我慢した。今まさに至福のひと時を味わうはずだったのに。なのにっ! ……帰ろう。そして、恋次に頼んで数キロ離れたコンビニに連れていってもらおう。


「ミク、やることができた。ここでおわかれだ」

「え、キララちゃん!? どこ行くの!?」


 すまない未来。男にはやらねばならないことがあるのだ。


 俺は未来を置き去りにして、颯爽とコンビニを飛び出した。待っていろ、俺のドライ焼き。


「……ぐふ」


 決意を胸に抱いて踏み出した一歩は、通行人と衝突する形で挫かれた。


「君、大丈夫かい?」


 見上げた先に、長身の男が立ちはだかっていた。スーツと厳格な雰囲気で身を包んだ男性だ。しかし、顔を見てみると意外と若く、二十代前半、大学生と言って差し支えない程だ。その第一印象との矛盾は、恐らく男性の瞳や表情が死んだように色がないからだろう。

 見れば、近所の小学校の校章がプリントされた『校区パトロール中』と書かれたタスキを肩にかけている。


「君は家の学校の子じゃないね。後ろにいる未来さんのお友達かな?」

「え、はい」


 誰だろうこの人は。未来の名前を知っているし、不審者ではないみたいだし。


「た、田中先生!」


 俺の後ろから未来の悲鳴じみた声が飛んできた。

 先生か、なるほど。未来の担任の先生あたりだろう。 


「未来さん。下校中は寄り道せず、真っ直ぐお家に帰りなさいと、帰りの会で伝えたはずですよね。最近事件が多発しているからすぐに家へ帰りなさい」

「……はい……すみません。キララちゃん、また明日ね」

「あした、ランドセルおいてきてね」


 俺はついつい高校生の感覚で未来と遊んでいた自分を恥じつつ、未来の背中を見送った。常識で考えれば、ランドセルを背負ってやってくる未来を注意すべきは俺であった。

 

「……君も早く帰りなさい。それと」


 田中先生は眼鏡をくいっとあげて、


「未来さんとこれからも仲良く遊んであげて下さい」


 そんな当たり前の言葉を付け加えた。

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